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北の森の魔女 第3シーズン  作者: 鉄猫


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12/14

街の造る人々

 魔女たちを乗せたHMMWV(高機動多用途装輪車両)が、ある都市の城門をくぐる。住民たちも、何度も見かける馬無し馬車には慣れ、同時に得体のしれない存在である「魔女」とその眷族を避けるようにしていた。対する魔女たちも勝手知ったとおりで、住民との接触をできる限り避けた。あまり調子に乗っていると、住民の蜂起などで寝首を掻かれる事も起こりかねないのだ。

 シュウジはボルトの後に車を降りた。レンチとラチェットが買い物に行くために、通りの向こうへと歩いていく。魔女は顔役との会談に、ナットはHMMWVの番である。

 ボルトは野戦服の前をはだけ、時折舌を出して息を吐く。暑い時期だからだ。シュウジは"転生"してから初めて見る「街」の様子を、興奮と不安がない交ぜになった気分で見ていた。木と石で作られた、赤いスレート屋根の家々。石造りの城壁と城門。石で舗装された道。行きかう馬車と人々。街道の中核として、この街は機能しているのだ。

「どうだ? 街の空気は」

 ボルトは小銭を弾いて店主に向けて飛ばすと、荷台から真っ赤に熟れた果物を手にとった。シュウジは一つ受け取る。

「これから死ぬまで吸う事になる空気だ」

「なんだか臭い」

 シュウジは手の中の名前も知らない果物を見て、ボルトに言う。

屎尿(しにょう)と煤煙と馬糞の匂いだ。確かに臭いが、この匂いが深いほど、その街は栄えているというわけだ」

 ボルトは果物を二口でたいらげると、プッと種を道端に吐き出した。

「ゴミをその辺に捨てていいのか?」

 シュウジの言葉に、ボルトは不思議そうな顔をする。

「なんだ? 要らなくなった種を持って帰れと? そんな面倒な事をするわけがない」

 ボルトは道端にいる粗末を通り越して、もはや布の切れ端の束をまとっている人物を指さした。

「ゴミを集めるのは、浮浪者の仕事だ」

「浮浪者?」

「ああ。住む家も家族も無く、農村での重い労働ができなくなった者たちは、町にやってきて、ゴミ拾いや、糞尿処理、死体の運搬などをして日銭を稼ぐ。それで生きているのが浮浪の者たちだ」

 街道に落とされた馬糞を、馬車が来るのを見ながら、小さな板切れで籠に移している者がいる。

「馬糞は集めて、近隣の農地に持って行く。それを専門にしている業者がいる。その肥えを吸ってできたのが、おまえが手にしているものだ」

 シュウジは果物をまじまじと見る。どんな味がするのかは予想もできなかった。リンゴなのかプラムのようなものなのか、想像できなかった。が、喉の渇きに押されて、思い切って噛みついた。

「なんだ、これ」

 口の中に甘いトマトのような味が広がった。中の果肉は充分な果汁があり、果肉の中には綿状のものに包まれた小さな種の塊がある。

「ピレーという果物だ。暑い時期にしか食えん」

 ボルトは馬の水飲み場の横の迷子石に腰を下ろした。ボルトとシュウジには特に用事は無い。小屋で留守番していてもよかったのだが、キッドに街の空気を吸わせようと魔女が言ったからの同行である。

 シュウジも所在なしげにボルトの脇の地面に腰を下ろす。道を行く人々は、ケイナイン(狗頭人)であるボルトをちらりと見るが、触らぬようにそそっと目を逸らして歩いていく。

「そういえば、さっきの浮浪者? の他にどんな人達がいるんだ?」

 ボルトはシュウジの問いに、少し驚いたような顔をした。

「そうさな──まずは領主だ。その土地を支配し、税金を集めるのと、その土地を守るために仕事をする。その下に、この街で言うと、主だったギルドの(かしら)や、教会や神殿の(おさ)がいる。それらが『顔役』と呼ばれる者たちだ。顔役が、領主に代わって、街を運営する」

 ギルド、という聞きなれた単語の登場に、シュウジはわくわくする。

「その配下に、さまざまなギルド──簡単に言えば、職人たちの組合だ。ギルドは、配下の職人達に仕事を割り振り、税金の徴収なども行う。それにめいめいが金を出し合って、互助の仕組みを作っている。誰かが病気やケガをした時には、ギルドが家族の面倒を見たりとかな」

「冒険者ギルドって言うのは知ってる」

 シュウジの言葉に、ボルトはへっと笑った。

「ニホンには冒険者のギルドがあるのかい?」

「いや、常識だろ? 冒険者が集まるところだ」

「あいにく、ここにはそんなものはない」

 その言葉にシュウジはえーっという顔をする。ファンタジー世界と言えば、冒険者ギルドであり、多くの主人公たちがそこから冒険に旅立つのだ。

「まぁ、さっきの話を続けるが、職人やその家族、小売り業、役人なんかが、街の主な住民だ。その下に『宿無し』と言う者たちがいる」

「やどなし?」

「決まった家と家族を持たない人らだ。そいつらは奉公人として、商家や職人の家で下働きや、家事をするのが仕事だ。奉公の対価として、雨露から逃れられる屋根の下に入ることができる。仕事が無くなれば、また外に出て、次の仕事を探すしかない。小金を稼いで、部屋を借りることができるようになれば、宿無しでなくなる」

「その下は、さっきの浮浪者、ということなのか?」

「ああ。浮浪者は街の仕組みに辛うじてぶら下がっている存在だ。幸運が舞い込む以外に、あの境遇から逃れることはできない。宿無しになろうにも、喰っていくのが精いっぱいだ。新しい服や靴も買えない。追い詰められれば、盗賊になる」

「もしかして、その下も……?」

「そうだ。街の底辺に居るのが『乞食』だ。病気がケガが原因で、もはや働く事ができなくなった存在だ。食い物を乞い、人のわずかな好意によって生をつないでいる。もはやどこにも行く事はできない」

 ボルトは少し悲しそうな顔をした。何を考えているかはシュウジにはわからなかった。

「それで、冒険者はどこに入るんだ?」

「どこにも入らん」

「え?」

「冒険者、まぁ傭兵の一つの形だが、奴らは街や荘園社会の仕組みの外にいる。誰にも仕えず、家も持たず、もちろん土地も無い。どこの誰だか、誰も知らない。街というのは、そういう存在に対して敏感だ。どこの誰とも知らない者に宿を貸す事も、本当はしたくないんだ。だが、冒険者は腕っぷしが強い。下手に触ると、走り回る火蜥蜴(サラマンダー)のように辺りをぶっ壊すからな。だから、街の連中は渋々裏通りにあるような宿を開け、口入屋(くちいれや)を通して仕事を斡旋する。一刻でも早く、街から追い出すためにな」

「なんか、イメージしてたのと違うな」

「ほう、日本の冒険者はどうなっているんだ?」

「冒険者は人々に認められていて、いろんな脅威から人々を守ったり、謎を解明したり、ダンジョンを攻略したり、魔王とか悪魔とかと戦ったりするんだ」

「そうか。まぁ、この世界の冒険者も同じことだ。ただ、認められていないだけだ」

「それはオカシイなぁ。強いんだろ? だったら認めてやればいい」

 シュウジの言葉に、ボルトは頬をかいた。

「冒険者はな。どこの誰だかわからんから問題なんだ。もしかするとどこかの密偵だったり、破壊工作者(テロリスト)かもしれない。そんな信用おけない存在なんだ」

「……でも、何か道はあるんだろ?」

「ああ。目端の利く冒険者は、領主に取り入るんだ。領主は自分の土地を守るための兵隊を欲しがっている。そんな領主に忠誠を誓い、領主の子分──傭兵になる。傭兵になって、どんどん偉くなれば、最終的には領主の持っている荘園の管理を任される『地頭(ちがしら)』に行きつく。一度傭兵になれれば、何かの理由で仕事を失っても、元の領主の印可があるから、街に入っても信用がある」

「そうか、傭兵と冒険者という、似てるけど違う職業があるわけか」

「俺たちはそのどちらでもない」

「どういう意味?」

「ありていに言うと、俺たちは魔物や怪物みたいなもんだ。人の言葉を話すが、その実体は全く違う生き物、という感じだな。それが、伝説に語られる『マリンコ』だ」

「マリンコ……海兵隊か」

「よく知ってるな」

「なんか、マンガで読んだ気がする」

「まんがってなんだ?」

「絵で描かれたお話というか、なんというか……」

 シュウジは身振り手振りをくわえて説明するが、ボルトはその様子を面白がっていた。

「……ああ、わかった。倉庫にそんなもんがいっぱいある」

「知ってるなら先に言えよ!」

「わりぃ、わりぃ」

 そう話している二人のところに、食料品を抱えたレンチとラチェットがやってくる。

「手が空いてるなら手伝ってよ」

「大の男がぼさっとしてるな!」

 ボルトとシュウジはわかった、と言って立ち上がり、差し出された生きた鶏とまるごと1頭の豚肉を受け取る。

「さて、帰りますかね」

 ボルトは通りを見渡しながら言った。街が少し変わって見えたような気がした。


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