ハンバーガー ハンバーガー
「ハンバーガーが喰いたい」
とある夜の食卓で、シュウジはぽつりとつぶやいた。その言葉に、食卓の皆が反応する。
「はん? ばーがー? ってなんだ?」
向かいに座っているボルトが不思議そうな顔をした。
「いや、パンにハンバーグを挟んである、あれだよ。あれ」
シュウジは説明するが、ボルトはきょとんとしている。
「はん? ばーぐ? なにか、あれか? 地球の喰いもんかなんかか?」
「そう! 牛肉とか豚肉をミンチにして、こねて、形を作って焼いたものだよ」
料理の話になったからか、ナットが給仕の手をとめて耳を傾ける。
「あー、わからないかな? こう、えーっと」
シュウジはハンバーグの作り方を伝えようとするが、本人が作った事が無いものを説明することはできなかった。
「なんだ? ここの飯は飽きたってことか?」
「いや、ただ、地球の食い物を喰いたいと思っただけだ」
ボルトはふんっと鼻を鳴らすと、シュウジをじとっとした眼で見た。シュウジは、ボルトのいつものお説教が始まるのだと、身構えた。
「いいか。ここでの食事は、この世界では王侯貴族でもしょっちゅう喰えないものばかりだ」
「え? ただ肉を焼いたり、スープだったりだろ」
ボルトが次の言葉を吐く前に、ナットがすっと間に料理を置きながらシュウジに説明する。こことこの世界の料理と大きく違うのは、「調味料」だと、いうことを。
この世界の料理の味付けはほとんどが「塩」であり、時にはそれすら「使う」ことができないのだ。あと使うものといえば、肉の臭み消しのための草や木の葉だけであり、海が近いところでかろうじて「魚醤」が使われているだけだった。他は、食材そのものの味しかなかった。
ナットは説明を続ける。魔女の小屋では、この世界に無い様々な調味料を使うことができるので、四季を通じていろいろな料理が作ることができるのだと。コショウやタバスコ、トマトピューレ、マヨネーズ、醤油など、"倉庫"に大量に備蓄されているマリンコの食材を使えるためだと。
「──おまえさんが、伯爵の家に戻ったら、喰えるのはパンと塩味の肉とスープだけだ。というわけだ」
「そんな……」
シュウジは愕然とした。様々な日本的な味付けを体験してきたシュウジの舌では、ナットが出すアメリカンな暴力的な味付けには辟易していたのだ。シュウジの舌は、日本的なうま味のある食事を求めていた。
「そうよね。私もここに来るまでは、砂糖なんて見たことなかったし」
レンチがふふっと笑いながら言う。
「甘いものといえば、蜂蜜ぐらいだったから。時々、麦芽で作る飴を食べられるだけだったなぁ」
「ウチらのとこでは、牛の乳を鍋に入れて煮たてて、それをひたすら混ぜ続けて作るものがあったなぁ」
ラチェットがスプーンで何かをかきまぜる仕草をする。
「乳が半分の半分ぐらいになって、半分固まった茶色の塊になるんだよ。それでも美味しいんだけど、それをさらに焦げないように煮詰めて作るものもある。樽いっぱいの乳が、手のひら大の塊にしかならないんだよ」
「ずっとかきまぜるって、どんだけ時間がかかるんだ?」
「そうだなー。三日ぐらいかな」
「三日!」
レンチが唖然とする。
「さすが長命種は気が長い。三日ぐらいは時のうちに入らないというわけか」
「そのおかげで、あたしはいまだに背が低いし、胸も大きくならないの──って、何言わせんじゃ!」
「おまえさんはそのままがいいんだろ」
「何だと?! 少し胸の大きな彼女ができたぐらいででかい顔すんなよ、この犬っころが!」
「なんだと、このチビが。表に出ろ」
いつものボルトとラチェットのじゃれあいを横目に、魔女が口を開く。
「そういうなら、自分で作るって言うのはどうかな」
「自分で?」
「そうさね。この前、頭にかぶる傘を作ったろ? あれと同じさ。幸い食材とキッチンはある。あとは、キッドの意志だけだ」
翌朝。
朝もやが立ち込める小屋の前に、ボルトとシュウジが立っていた。
「レギンスを確認しろ。ヒルやダニが入ったら事だぞ」
「わかってる」
シュウジは自分が普通の服を着て、くたびれた半長靴に、弓を持たされているのに不満だった。ボルトは海兵隊の野戦服に軽量ブーツ、そして滑車のついた複合素材の弓を担いでいる。
「あんたはズルするんだ」
「俺たちは世界の外側の存在だからな。それに」
ボルトはシュウジの方を見て、少し残念そうな顔をした。
「おまえはここから出て行ったら、今着てるような服を着て、今持っている武器を使うことになるんだ。俺たちのような装備とはおさらばだ」
「前から思っていたんだが、オレはどうなるんだ?」
「さぁ? な。少なくとも、伯爵の家には戻らにゃならん。それまでに、普通の人になれるかどうか」
「普通の、人だって?」
「料理の味にも、着てるものにも、文句を言わないような人だな」
シュウジはゾっとした。そうだった。自分の精神は、日本の高校生だったものだが、肉体と立場は、王国の伯爵家の長男のものだ。その生活に戻るという事は、慣れ親しんだものの多くを捨てねばならないということ、というのに気づいた。
「俺なら、手に技をつけて、戻ることにするがな」
「手に技?」
「そうだな。料理でも覚えるかな。いろいろと工夫をすれば、王国の食卓でも上手い飯が食えるかもしれん」
ボルトは考え込むシュウジを尻目に歩き出した。
「さっさと行くぞ。陽があがると、獣が出てくる」
シュウジはあわててボルトの後を追う。
二人は森の中の獣道を歩いていた。ボルトは時折立ち止まり、指を立てたり、匂いを嗅いだりしている。
「何をしてるんだ?」
「風向きと、何か居るかどうかを確認していたんだ。風向きにより、こっちの匂いがどう広がるかを予測できる。匂いを感知されなければ、こちらが不意打ちすることもできる。反対に、こっちが風上に立つと、相手に丸わかりになる」
シュウジは、目の前にいる存在が、今までいくどとなく待ち伏せをすり抜け、逆に待ち伏せを成功させてきた者であることを再確認した。生まれ持っても能力と、魔女の教室で叩き込まれた戦闘技術がそれを裏付けているのだ。
「まぁ、ここで長く生きれば、勝手に身体が覚える」
ボルトは弓を左手に持つと、矢を箙から抜き、軽く弦に噛ませる。シュウジもそれに習って、弓を用意した。
二人は姿勢を低くし、獣道を歩いていく。時おり、どんな姿かわからない鳥が、鳴きながら頭上を通り過ぎていく。
ボルトが立ち止まり、周囲を見回す。シュウジの耳に、何かの獣の鼻息が聞こえてきた。
「こっちにこい」
ボルトがシュウジに場所をあける。シュウジが見たのは、罠にかかった大きな猪だった。右の後ろ脚にロープがからまっている。
「殺れ」
ボルトはそれだけ言うと、二三歩さがった。シュウジは猪とボルトと弓を順番に見た。ボルトはただうなずくだけだった。
シュウジは覚悟を決めて、弓を構えた。弓は思ったより大きく、弦を引くのに力が必要だった。何とか引くが、ぷるぷると腕が揺れた。矢の先がぐるぐると円を描く。シュウジはままよ、と矢を打った。矢は猪の頭上を越えていく。
「大丈夫だ。相手はこっちまでは来れん」
シュウジに気づいた猪が威嚇の声を上げ、鼻先を向ける。前脚で地面を蹴るが、ロープを引きちぎることはできなさそうだった。シュウジは弓に矢をつがえ、弦を引いた。矢が揺れないために、力をセーブした。放たれた矢は猪の頭に当たるが、簡単に弾き飛ばされた。
「そんなへなちょこ矢で獲物が殺れると思ったか? 目いっぱいの力を入れろ」
シュウジは何度も矢を放った。力を込めると矢が揺れ、目標を捉えられない。狙いを定めようとすると、充分な力が出せない。やがて箙から矢が無くなった。
「よし。まぁ、最初はこんなもんだ。わかったろ? 弓は鍛錬が必要な武器だ」
ボルトはコンポジットボウを構えると、矢を放った。猪は一声鳴くと、地面に倒れた。
「今のは首の動脈を射貫いている。相手の弱点を覚える事も大事だ」
ボルトは手斧に持ち替え、猪に近寄る。死んでいるかを確認する。死んだふりや、最後の力を振り絞っての反撃をしてくる相手もいる。相手が戦闘不能かどうかを確かめるのも大事なことである。
ボルトはふっと息を吐き、猪の後ろに回り、ロープを解いた。そして、別のロープで後ろ足を縛ると、近くの木の枝を使って逆さづりにした。吊るされた猪の左耳を切り落とし、なにかの呪文を唱えると、大きく振りかぶって遠くへと投げた。
「今、なにを?」
「森の神への感謝のしるしだ。枝に刺す、というものあるが、俺はぶん投げるのが好きだ」
猪の喉元を切って血を抜く。その間に、シュウジは近くの窪みに穴を掘らされていた。たまった落ち葉をかきわけ、腐葉土にスコップを入れる。一掻きごとに、ミミズや小さな虫が辺りをはいずっていく。あんまり気持ちの良いものではなかった。
ボルトは血抜きした猪の頭を落とし、手慣れた手つきで皮をはいだ。内臓を破かないように慎重に抜き出し、シュウジが掘った穴に放りこむ。シュウジが何かを聞く前に、ボルトは答えた。
「小屋まで血を流して行くと、獣に道を知られるんでな。必要ない部分はここに埋める。匂いの問題もあるが、簡単に掘り出して喰われないようにする。森には頭の良い獣もいる。死体をその辺に放置すると、そいつらが簡単に獲れるエサ欲しさに、小屋までやってくるようになるからな」
内臓の上に毛皮を落とし、その上に頭を置く。そして土をかけて埋めた。
「さぁ、帰るぞ」
「もっと獲らないのか?」
「キッド。ウチの人数は何人だ?」
シュウジは、えっとと指折り数えた。
「6人……リベットを入れれば7人」
「この肉なら、3日は食える。必要な分だけ獲る。それが森に生きる者の掟だ」
ボルトは肉を背負うと歩き出した。シュウジは何度か振り返りながら後を追った。
その日の午後、シュウジはナットとともにキッチンに立っていた。キッチンはナットの主戦場であり、キッチンを使う事はナットの許可なくしてはできない、とされている。
シュウジはアーカイブからプリントアウトしたレシピをナットに示しながら、ハンバーグ作りをすることにした。
まずは、猪肉をひたすらキッチンナイフで叩いてミンチにするところからだった。他の料理にも使うことをナットが提案し、まるまる一頭分のミンチ肉を作ることになった。これには手が足りないため、ボルトやレンチ、ラチェットも手伝うことになり、キッチンはまるで戦場のようになった。
ミンチ肉ができると、今日使う分を残して、あとは冷蔵庫に入れた。シュウジはここでもズルが行われていることを知った。
肉に塩とコショウを振り、粘りが出るまでこねる。これにも皆がくわわり、楽し気な声がキッチンにあふれた。
ストーブのコンロに鉄板を置き、そこに成型した肉を載せていく。どれが誰のかを言い合いながら、その焼けていく様子を皆で眺めた。
「これがハンバーグだ」
皿に置かれた焼きあがった肉料理を示して、シュウジは言った。
「うん、いい匂い」
「おいしそうだな」
「ひき肉固め焼きとでも言うか」
レンチやラチェット、ボルトがめいめいに感想を述べる。シュウジはどや顔をしたが、肝心な物がないのに気づいた。
「そうだ。ソースが……」
シュウジがナットの方を見ると、その後ろに魔女が立っていた。手に「TERIYAKI」と書かれたパックを持っている。
「日本風の物はこれしかなくてね。自分らしい味は、おいおい作っていくといいだろう」
シュウジは魔女からテリヤキソースを受け取り、これだ、と小躍りした。
ナットがパンを切り、野菜とチーズ、テリヤキソースをかけたハンバーグをのせ、分厚いバーガーを作る。
「これがハンバーガー、か」
ボルトが感心した声を出す。
「さて、ちょうどいいから、ランチはこれにしようかね」
魔女はテーブルを片付け始めた。これはただの料理ではない。文字通りの皆が一緒に作った、意味のある食事なのだ。
「バーガーも久しぶりだね」
片付けながら魔女はつぶやいた。魔女にとっては、数百周期ぶりのハンバーガーであった。




