#14 空襲
「陸海軍の迎撃機、緊急発進しました!」
すでに上空に達しているこの機体の電探が、地上から上がった味方機を捉える。
「そうか。ならば合流……とはいかないな。こちらが遅すぎる」
そう、こちらの機速は百キロ。一方の迎撃機は、おそらく陸軍の二式単戦と海軍の三式局地戦闘機だ。どちらも、最高速度はおよそ六百。巡航速力でも二百から三百だ。追いつきようがない。
そんなときに、まず陸軍機が我が人型重機に追いついてきた。その内の一機が減速し、左右に翼を振る。
「あれ、わざわざ挨拶してくれましたよ」
などと能天気にそれを見送るヘレーネ少尉だが、さらに三機が人型重機の前に出て、再び翼を振る。僕はそれを見て、一気に不機嫌になる。
「いや、あれは完全にこちらを馬鹿にしてやがる。くそっ、『烏合の衆』の分際で」
陸軍と海軍は、同じ皇国軍でありながら仲が悪い。陸軍は海軍を裏では「海猿」とか「西方かぶれ」と呼び、海軍は陸軍のことを「烏合の衆」や「芋の群れ」などと蔑称で呼んでいるほどだ。それゆえ、海軍所属であるこの人型重機のことを、どうせ足の遅い不格好な機体だと嘲笑しているに違いない。さっきの態度は、そういう意図の表れだ。そう感じた僕は、ヘレーネ少尉に命じる。
「敵までの距離は?」
「はい、およそ五十キロまで迫りました」
「攻撃には、まだちょっと遠いか?」
「いえ、後方の大型機ならば、確実に狙えます」
電探で見る限り、九十機の敵の内、四十機が大型爆撃機のようだ。すなわち、ポリカーレフ二十七で間違いないだろう。
狙いはおそらく、嘉出山基地だ。ここには軍需工場もある。皇国でも南方に位置するため、敵航空機地のあるダンガラ島から二千キロほど。敵戦闘機の護衛がつけられる距離だ。
「よし、今通り過ぎていった陸軍どもに、この人型重機の恐ろしさを見せつけてやるぞ。ヘレーネ少尉、攻撃用意だ」
「えっ、まさか味方を撃つんですか!?」
「そんなわけないだろう。やつらの目の前で、敵爆撃機をすべて叩き落としてやるんだ」
「ああ、そういうことでしたか。了解です、攻撃用意!」
この人型重機の性能のことは、こちらにどれくらい伝わっているかはわからない。が、今から陸軍機の前で、やつらが想像している以上の戦闘力を見せつけてやればいい。二度と、馬鹿にできないほどに。
「標的、後方の大型爆撃機隊、レールガン装填、攻撃用意よし!」
「よし、攻撃始め!」
「はっ、ロックオン、攻撃始め!」
ズーンという音と共に、鉄の塊が飛翔していく。音速の五倍というとてつもない早さゆえに、真っ赤に光りながらそれは飛んでいく。当然、それは陸軍機のやつらにも見えているはずだ。
「だんちゃーく、今!」
ヘレーネ少尉の合図と同時に、遠くでパッと火の手が上がるのが見える。と同時に、煙を上げながらそれは落ちていく。
「よし、続けざまに攻撃するぞ。まずは大型機をすべて落とす」
「了解! 第二射、攻撃始め!」
第二射以降は、続けざまにレールガンで弾を放っていく。同時に二百五十六機まで照準可能なこの機体から赤く光る弾が飛翔するたびに、それが敵の爆撃機へ命中、次々と叩き落とすその様に、今ごろ陸軍の連中はびびっていることだろう。
「爆撃機隊、全機、撃墜しました!」
弾は五十発持っているが、内、四十発を使い、爆撃隊を殲滅した。通常ならば、ここで引き返すはずだ。
が、敵戦闘機隊は引き返さない。というのも、陸軍機隊二十機が上がってきたからだ。遅れてその後方から海軍機十七機が上がっていく。
このため、高度四千メートルで、空中戦が始まってしまった。
「ああ、敵味方入り乱れていて、攻撃ができません」
電探上では、敵味方の区別がつけられない。しかもそこに海軍機も追いついてきたため、ますます混戦状態だ。仮に見分けがつけられたにせよ、狙い撃ちしようにも動きが目まぐるしく変わるため、遠方からは狙いがつけられない。
「くそっ、このまま見ているだけというのも癪だな。が、戦闘機相手にレールガンは狙いづらい。このまま防空隊に任せるしか……」
「ですが海野大尉、このままでは味方がやられるばかりですよ」
何機か落ちていくのが見える。が、あれのほとんどが味方の機体だろう。熟練兵の多くが失われ、練度の低い航空兵しか残っておらず、このままでは全滅させられてしまう。もう、陸海軍がどうとか言ってる場合ではない。
「突入する」
僕はそうヘレーネ少尉に命じる。
「ええーっ、あの、只中にですか!?」
「そうだ。全速前進、敵を叩き落とすぞ」
というので、人型重機はその巴戦の真っただ中へと乗り出していった。
空中戦は続くが、敵機の内の一機が、この奇妙な機体を見つけて飛び込んでくる。迫る敵機を捉えると、またいつものようにヘレーネ少尉のもう一つの人格、すなわち「サールグレーン中尉」が現れる。
「フェルゼンヴァーレに策もなく挑むとは笑止! 返り討ちにしてくれるぞ!」
そう言いながら、背中から棒を取り出す。が、僕は何も命じない。今回、今のところ「フォルシウス少佐」を演じる必要もない。
というのも、背中に備えられていたあのビームサーベルとかいう兵器を、別のものと差し替えておいたからだ。
それは、駆逐艦「そよかぜ」の主砲身だ。長さはおよそ四メートルほど、太さは三十センチ近い。元々、予備の砲身として倉庫に備わっていたこれを、事前にあのビームサーベルと差し替えておいたのだ。この人型重機が持つと、ちょうど長剣を握ったかのような具合になる。
敵戦闘機と言えども、それ自体は薄いアルミ合金で作られている機体だ。防弾鋼板やゴム膜もあるだろうが、そんなものよりもこの砲身の方がはるかに硬い。
バリバリと機銃で攻撃してくるが、それはすべてあのシールドとかいうものがはじき返す。まさに横を通り過ぎようとするその敵機を、砲身が捉える。
「くらえ、我が鋼の剣、シュバルツリンゲ!」
どうやらこの砲身にも妙な名前が付けられてしまった。そういえば、フェルゼンヴァーレには主要兵器である聖剣シュバルツシュヴェートの傍らに、特殊金属でできた短剣を備えていた。確か、それの名前だったか。
が、こいつは決して短剣などではない。むしろ長いくらいだ。そんな「そよかぜ」の主砲身が、敵の操縦席を突いた。
あっという間に、そのまま機体はきりもみ上に落ちていく。その脇を、味方の海軍機、三式局地戦闘機が通り過ぎる。
「サールグレーン中尉よ、今通り過ぎた灰色の機体は味方機だ。茶色の機体も、気に入らない相手ではあるが味方機だ。青い色の航空機のみ攻撃せよ」
「はっ、フォルシウス少佐!」
もうすっかり僕は「フォルシウス少佐」扱いだな。まあいい、制御不能になられるよりましだ。空中戦の只中ではあるが、接近すると敵の動きも読みやすい。時速百キロながらも旋回する敵の、その先で待ち構え捉えることができる。
「もらったぁ! シュバルツリンゲの餌食となれ!」
五百キロ以上の速力で飛ぶ敵機を、三十センチほどの鉄の円柱で叩き落とす。若干、その砲身は傷つくものの、薄っぺらいアルミ板相手ではたいした損傷はない。
周りの陸海軍機が、この鈍足ながらも敵をバタバタと叩き落としている姿をどう見ているのかは、今は知りようがない。が、相当な戦意高揚につながっているとは思われる。戦闘機を殴り落とすなんて、未だかつて聞いたことがない戦い方だ。
敵にしてみれば、爆撃機隊を全滅された上に、いきなり現れたこの奇妙な人型の兵器が迫りくる戦闘機を棒のようなもので殴りつけてくる。機銃を撃っても当たらない。やつらにとっては、恐怖以外の何物でもないだろうな。
そんな状態の戦闘が二十分ほど続く。が、さすがに戦意を喪失した敵は機を見て撤退に転じる。味方機も、深追いはしない。
「ああ、こんなにボロボロにしちゃいました……」
で、サールグレーン中尉からヘレーネ少尉に戻ったこの操縦士は、握っていた「そよかぜ」の主砲身を見て嘆く。いつもながらの己の暴走具合を、その主砲身が見せつけたからだ。
いくら丈夫な主砲身とはいえ、十機近く殴りつけたため、何カ所もへこんでいる。一部、表面が剥がれ落ちているところもある。特に先端部は敵の防弾鋼板に当たったためか、削れて竹槍のような風貌だ。
「構わない。こうなることは、元より想定済みだ。敵が視界に入ると、見境がなくなるからな」
「すいませんすいませんすいません!」
「いや、もう今さら謝る必要はない。今回も、貴様は上手く戦った。おかげで味方機も、多くが生き残ったはずだ」
と、僕はそうヘレーネ少尉に告げたのだが、そんなヘレーネ少尉が僕にこう返す。
「あの、そろそろその『貴様』という呼び方、やめてもらってもいいですか?」
奇妙なことを言うやつだな。僕は尋ねる。
「なんだ、普通の呼び方ではないか」
「私のところでは、あまりいい意味で使う言葉じゃないんですよ、それ」
「そうか? 同僚や部下に『貴様』というのは、別に悪い意味などは……あ、いや、ヘレーネ少尉がそこまで言うのならば、今後はやめておこう」
「はい。せめて『貴官』とお呼びくださいね」
「貴様がそう……あ、いや、貴官がそう願うならば、そうしよう」
やはり同じような言葉遣いでも、世界が違うからか同じ言葉でも意味が変わることはあるのだな。注意しておこう。
にしても、急に僕に意見するようになったな。やはり、あの副長室でのやり取りでかなり互いの距離感が縮まったためか、少し遠慮がなくなった。それはいいことなのか、それとも悪いことなのか。
さて、我々は「そよかぜ」ではなく、嘉出山基地の滑走路の端に降り立つ。滑走もなしに垂直に降り立ってきたその機体を見て、航空兵や整備兵らが奇妙な顔つきでこちらを見ている。
着地すると、そのまましゃがみこんで、右手に握っていたボロボロの主砲身を下す。と同時に、風防ガラスが開く。僕は軍帽を被ると、差し出された右腕を伝って地上に降りた。
「駆逐艦『そよかぜ』副長の海野大尉だ。戦況報告をするため、司令部に向かいたい。ところで、ここの航空隊の隊長は?」
一応、海軍機のいる場所へと降り立ったが、服装から陸軍航空隊の兵も混じっていることが分かる。皆、この奇妙な機体を間近に見るためにやってきたのだろう。
そこへ、パイロットスーツという特殊な服をまとったヘレーネ少尉が下りてくる。むろん、兵士たちはざわつく。
「ああ、この者は海軍所属の、人型重機を扱う操縦士で、ヘレーネ少尉という。異国人の姿をしているが、味方だ」
集まった兵たちにそう告げていると、その後方から航空帽を被った兵が現れる。
「俺が海軍防空隊の隊長、大庭少佐だ」
相手は隊長、しかも少佐だった。僕は敬礼する。相手も僕に敬礼で返す。後ろのヘレーネ少尉も、慌てて敬礼している。
「『そよかぜ』副長の海野大尉であります。戦況報告のため、同行させてもらえますか」
「ああ、構わない。なにせそちらの戦果の方がはるかに多いからな。噂には聞いていたが、まさかここまでの機体だとは想像すらしなかった」
「ヘレーネ少尉は、異国人ではなく、異世界人とでもいった方がいいでしょう。ですが今は我が『そよかぜ』の指揮下にあります」
「承知している。しかし……プロペラも翼もなしに、どうやって飛ぶのだ?」
「我々の知る科学技術では、理解できない原理のようです」
「そうか」
そのまま僕とヘレーネ少尉は、隊長の大庭少佐と共に滑走路の端にある司令部塔へと向かう。その途上、大庭少佐がこう言った。
「今回、海軍機は二機、陸軍機は三機、落とされた」
ああ、やはり無傷ではなかったか。さらに少佐は続ける。
「また、この基地にも被害があった。戦闘機が数機、地上に向けて機銃掃射をしたために、整備兵が二人と、水タンクをやられたよ。が、幸いなことに燃料タンクは無事だった」
「つまり、空襲は防げなかった、と」
「いや、ポリカーレフが到達していたら、これ以上の被害が出ていたことだろう。それに比べたらはるかにマシな方だ」
聞けば、この基地の空襲は今回が初めてではない。つい四日ほど前にも空襲があったそうだ。その時の敵機は、戦闘機が十機で、爆撃機が十三機。基地ではなく、近くの軍需工場への爆撃を行ったようだ。が、八千メートルもの高高度で侵入しての爆撃だったため、狙いは大きく外れて、工場ではなくその周囲の民家や荒れ地に落ちたようだ。
おそらくは事前偵察を兼ねた爆撃だったようで、今回は本格的な爆撃を企んでいたらしい。
「ここは他の都市や基地を爆撃する際の通り道であるから、その度に迎撃に上がっていた。が、当初は百機近くいた我が防空隊も、陸海合わせても今や三十二機まで減ってしまった。下手をすれば、今度の戦いでは全機落とされるところだったかもしれんな。そんな我々を守ってくれたこと、陸軍隊長の分まで礼を言う」
「いえ、当然のことをしたまでですよ」
「当然、か。たかが一機の兵器で、四十機もの爆撃隊を落とすことを『当然』で片付けるとはな。あれは普通『奇跡』と呼ぶべきものだぞ」
これは大庭少佐の言う通りだな。僕もだんだんと感覚が麻痺してきたようだ。
「すでに陸軍隊の隊長から聞いたよ。そこにいる操縦士が、四十機の爆撃機を狙い撃ちした挙句、十機の戦闘機を砲身で殴りつけて堕とした、と」
「おっしゃる通りです。司令」
「はっはっはっ! いや、昨今は暗い知らせばかり聞かされていたが、今回ばかりは痛快極まりない。しかも、中に乗っていたのがこんなお嬢さんだったとは。実際にこの目で見るまでは信じられなかったが、見た目に似合わず、強烈な兵器と操縦士であるな」
なんだか、ここの司令に気に入られてしまったぞ。ヘレーネ少尉は赤面している。そりゃそうだろうな、戦闘機を棒で殴り倒すなど、あらゆる冒険活劇をも超えた痛快さだ。
「さて、それほどの戦果を挙げた駆逐艦『そよかぜ』の乗員らには、大いなる歓迎会を催さねばならんな。近々来る、大作戦のために」
ところがこの司令、ぽろっと一言、とんでもないことを言い出した。
そういえば駆逐艦「そよかぜ」が突然、この皇国最南端の基地に来ること自体、その理由を聞かされていない。ただ、軍令部からの命令でここに向かえ、とだけ言われた。
そういえば、以前にも似たようなことがあった。その時はここ嘉出山港に我が海軍の主力艦がすべて終結し終えており、「そよかぜ」は最後発だった。
そして、その後に向かったのが、戦艦「ほうらい」を中心とするラヌン島攻撃作戦だ。
何か、とんでもない作戦が練られている。僕は思わず司令が放ったその一言に、なにやら嫌な予感を感じていた。




