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#13 秘密

「海野大尉、じ、実は私……」


 急に副長室に現れたへレーネ少尉が、何やら僕の目を逸らしながら、頬を赤らめもじもじしつつ何かを口にしようとしている。僕はその姿に、心拍が上がるのを感じる。

 軍令部からの命令で今、我が艦は皇国の南方にある嘉出山という軍港基地のある場所へ向かっているところだ。出港からもう三日。初夏の少し蒸し暑い、しかし波は穏やかで静かなこの副長室で、二人の男女が互いに向き合って座っている。僕は、覚悟を決めた。


「実は私、大尉に話さなくてはいけないことがあるんです」


 いよいよ、予想通りの展開になってきた。僕は鼻息の勢いが上がりそうになるのを堪えつつ、少尉の次の言葉を待った。


「秘密にしてたことなんですが……」


 そう言いながら、我が海軍服の胸元に手を伸ばす。おい、まさかいきなり脱ぎ始めるつもりか、ちょっと展開、早過ぎないか? と、思わせぶりな少尉がその胸元のポケットに手を突っ込む。

 そして、スマホを取り出した。


「実は、聖戦士フェルゼンヴァーレには、続きがあるんです! つまりですね、第二十七話が、存在するんです」


 一瞬、頭が真っ白になる。予想していた展開から外れたことはもちろんだが、それ以前にその秘密とやらが、わりとどうでもいい内容だったからだ。

 さっきまでのあの緊張感はなんだったのか。僕は軍帽の先を摘んで整えると、こう答えた。


「ちょっと聞きたいのだが、それは秘密にするほど重大なことなのか?」

「はい、とても」

「では聞くが、何が重大だというんだ?」


 するとへレーネ少尉は、こう答える。


「第二十七話の内容とは、すべての戦いが終わり、世の中に平和が訪れた……と、そう思ったその世界が、消えてしまうという話なんです」

「えっ、世界が、消える?」

「はい、真っ暗闇になり、フェルゼンヴァーレもサールグレーン中尉も、フォルシウス少佐も消えてしまうんです」


 それは予想外の話だな。これまた急すぎる展開だ。悪を滅ぼしたら、正義も消えてしまった。なんという儚い活劇だ。


「で、世界が消えて、おしまいなのか?」

「いえ、サールグレーン中尉は目を覚ますんです」

「まさか、すべて夢だったと?」

「そう言うことになります。ともかくサールグレーン中尉はそもそも軍人ですらなく、ただの学生だったのです」

「言い換えれば、あの世界のすべてがサールグレーンという学生が見た、夢物語であったと」

「そうなんです。ですが、サールグレーンはその事実を受け入れ、リアルな世界を歩み始める。そういう終わり方なんです」


 まあ、元々が架空の夢物語のようなものだ。それが消えてしまったという奇想天外な展開だって、あってもおかしくはない。

 だが、なぜそんな話をその作者は描いたのだ?


「第二十七話は、それが公開された当時には猛烈な批判を受けたんです。大勢の仲間や、信頼できる上官、それらがすべて夢だったなんて、あまりにも残酷すぎます。だから、私の中ではフェルゼンヴァーレは二十六話で終わったと思ってるんです」


 あれだけその世界観にハマった者からすれば、それは心痛む出来事だったことだろう。消去したくなるのもわかる。だが、僕はこう告げた。


「おそらくだが、その作者はきっと、世界がそれほど都合のいいものではないと諭したかったんじゃないのか?」

「そ、それはどういう意味ですか?」

「以前にもいったが、この世に正義だ悪だと、明確な区切りが存在するわけではない。それに、いくら冷静沈着であっても、戦力差をひっくり返すほどの知略など、そうそう起きるわけではない。その作者というのは、きっと戦争の虚しさを経験しているやつだ。でなきゃ、これほどよくできた物語を消去しようなどとは考えない。と、僕はそう思う」

「随分と、冷静に分析されますね」

「それはそうだ。僕自身、そういう不条理な世界の戦場で、幾多もの悔しさを経験してきた者だからな。だからこそ、その物語の結末が言いたいことは、なんとなくわかる」

「そ、そういうものなんですか?」

「貴様だって、これだけの優れた兵器を持っている。が、いくら我々の技術を越えた機械と言えども、無敵ではない。敵の砲弾を食らえば一撃のもとに粉砕するだろう」

「でも、シールドがあるので、その点は……」

「そのシールドも、攻撃時には解除せねばならないという欠点があると、そういっていただろう。その隙を突かれれば、たとえ無双の人型重機と言えども一瞬で破壊される。だから、慎重に行動する必要がある。これは、肝に銘じた方がいい」

「はい、おっしゃる通りです」

「無論、大勢の命が救われたのは事実だ。あの時、ヘレーネ少尉とこの人型重機が現れなかったら、僕は今ごろ、ラヌン島沖の海の底で魚の餌にでもなっていたところだろう。だから、ヘレーネ少尉がここにいることは、我々にとっては奇跡だ。そんな奇跡な兵器にも、一瞬の油断で破壊されてしまうことは認識した方がいい。なればこそ、これより先も大勢の命を救うため、少尉には生き残ってもらわねばならないんだ」

「はっ!」


 と、そこまで話したところで、いきなりヘレーネ少尉は僕のすぐ横に座ってきた。


「と、いうわけで、封印していた第二十七話を、今からお見せします」


 なにが「と、いうわけ」なのかは分からんが、相変わらず近い。そのスマホという道具が小さすぎるのが欠点なのだが、まあそれでもこんな小さな機械に、よくこれだけの活劇が入るものだ。


 で、その最終話というのを見せてもらう。世界が一瞬にして闇に消えて、ごく普通の日常――といっても、これは彼らの世界でいうところの日常なのだが――に主役の男は戻ってくる。狭い、といっても、たくさんの本や機械にかこまれたその部屋で目覚めたサールグレーンという男は、呆然と辺りを見渡す。

 今までの活躍劇が、全て夢だった。あれほどの苦難や、死線を共にした仲間は幻だったというのかと、しばらくの間はその事実に愕然としながらも、ふと目の前の用紙の束を取り出す。何やら謎の文字が書かれているが、どうやらそれが「彼のいた世界」を書き記したもののようだ。

 彼は思う。そうだ、これを世に送り出そう。世界に「フェルゼンヴァーレ」という英雄の名を、轟かしてやろう。そう決意したサールグレーンという学生は立ち上がり、現実世界での戦いに身を投じた……


「うーん、当時はショッキングでしたが、今見るとなんだか感動しますね。途方もない夢を掲げて、想像でしかないサールグレーンの中の世界を世の中に広めるんだという強い意志が感じられます」


 目に涙を浮かべながら、その最終話で扉の向こうの明るい世界へと歩み出す主人公を見送るヘレーネ少尉のその姿に、僕はふと兄のことを思い出した。

 もしかすると兄は、死後の世界で同じことになっていないだろうか? 海軍軍人として戦ってきて、死んだ途端に別の場所で目覚める。僕を含めた家族は皆、夢か幻だったのか、と。

 無論、死んだことがないから、死後のことなど知る由もない。ただ、何となく死後の世界をも彷彿とさせる終わりにも見えた。

 やっぱり、この作品を作ったやつは間違いなく軍人だ。それも、仲間を失ったことのあるやつだな。僕はますますそう確信した。

 そんな兄の最後の姿を、今でも鮮明に覚えている。


「では、敵を撃滅するため、行ってまいります」


 そう言い残して、扉の向こうに出ていったその後ろ姿が、僕が知る最後の兄の姿だった。その三か月後の海戦で乗艦していた巡洋艦「きぬがさ」が撃沈したとの報が届いたのは、その死からさらにひと月後のことであった。

 その時僕は、この「そよかぜ」の砲雷長として赴任していた。作戦を終えて一時帰宅したその日、ちょうど兄の葬式が行われていた。

 夢から覚めたサールグレーンどころではない。あの兄が、勝利したはずの海戦で命を落としていた。とても信じられなかった。今でも、どこかの無人島に漂着して生きているのではないかとふと考える。が、残念ながら兄生存の報はその後もたらされず、やがて兄が命を賭けて奪った南方の海域はスラブ大帝国の支配圏にはいり、立ち入ることすらできなくなってしまった。


「あの時、死んだ兄と代われたならば……」


 僕はふと、その動画を見た直後にそう、呟いた。するとヘレーネ少尉が急に怒声を上げる。


「海野大尉!!」

「は、はい!」


 なんだ、この迫力は。いつになくおっかない。あの笑顔を絶やすまいと明るく振る舞う彼女でも、こんなに怒ることがあるのか。

 いや、だがなぜ、彼女は怒り出した?


「代わりだなんて、言わないでください。海野大尉が生きているからこそ、私も生きていられるようなものですよ。この間の潜水艦への攻撃にしたって、海野大尉が機転を利かせて『フォルシウス少佐』を演じてくれなければ、私は今ごろ海中に突っ込み、それこそ海の底だったかもしれません」


 一応、無謀なことをしようとしていたという自覚はあるんだな。だったら、飛び込まなきゃいいのに、と思うところだが、それはともかく、少尉は続ける。


「代わりに死んでいればよかっただなんて……大尉も、誰かにとって大事な人だという自覚をお持ちください」

「誰かとは、艦長や乗員のことか?」

「違います!」


 ヘレーネ少尉は、胸元のポケットにスマホを収めると、ひと呼吸おいてから、こう言い出した。


「もしもこの戦いを生き延びることができたなら、私は、あの、その……」


 ヴァリャーグ級戦艦を発見する直前の時のような雰囲気が、再び訪れた。だが、次の一言を言い出せずにいる。が、彼女の心境を考えれば当然だ。僕は次男とはいえ、近衛家の出身。一方で彼女は異国人どころか異世界人だ。そんな彼女が、次の一言を軽々しく言い出せるはずもない。

 だから僕は、彼女の手を握った。


「僕も、おそらくは同じことを考えている。もしもこの先、生き残ることになったならば、ヘレーネ少尉は僕と……」


 こういうことは、男の方から言い出すのが筋というものだ。そう思った僕は、ヘレーネ少尉の手を握りしめる。その手からも鼓動が伝わるほど、彼女の心拍は跳ね上がっている。それは僕も同じだ。

 が、ちょうどその時だった。


『まもなく、嘉出山港に入港する! 総員、入港準備にかかれ、配置につけーっ!』


 伝声管越しに、艦長の叫び声が聞こえてくる。入港準備のラッパが鳴り響き、副長室前の通路に大勢の乗員が走り過ぎる足音が響く。

 おかげで、せっかくの雰囲気が萎えてしまった。


「……まあ、今は生き延びることをまず、優先しようか」

「はい、そうですね、海野大尉」


 なにが幸運艦だ。こんなに都合悪く、入港準備命令が出るものなのか? などと憤慨しつつも、僕は軍帽を被り直し、艦橋へと向かう。


「両舷前進、最微速! 取舵十度!」

「とーりかーじ!」


 艦橋に着くと、慌ただしい光景が広がっていた。嘉出山港の桟橋まで、あと三百といったところか。

「両舷停止!」

「両舷ていーし!」

(びょう)下ろせ!」

「はっ、(びょう)下ろせーっ!」


 がりがりと、前後から鎖の音が響く。前後の(いかり)が片側づつ下され、艦は桟橋の真横で停船する。


「機関室、整備科の一部を除く乗員は、直ちに下艦せよ」


 艦長がそう伝声管に向かって発すると、下された梯子から乗員らが下りていく。


「さて副長、貴様は長いこと、ヘレーネ少尉と共に副長室にこもっていたようだが?」


 艦橋内から乗員がいなくなるや、艦長が僕に問い詰めてきた。どうして艦長は、僕がヘレーネ少尉と一緒にいたことを知っているんだ?


「ええとですね……なんといいますか」

「若い二人だ、敵の支配域というわけでもないから、別に咎めはせんよ」


 君島艦長はそう言いながら、口元の髭をなでながらも、いやらしそうな顔でこちらを見ている。


「残念ながら、艦長が思っているような事態にはなっておりません。正確に言えば、その手前のところで入港指示が出てしまいましたので、手が出せませんでした」

「なんだ、奥手なやつだな。ここに至るまでに三日もあったではないか。大尉にまで昇進したというのに、そんな調子だから未だ独身ではないのか」

「つかぬことを伺いますが、そういえば艦長にはご家族がいらっしゃるので?」

「妻に子が四人。息子と娘が二人づつだ。上陸し、帰宅するたびに我が子の成長ぶりを見とるよ」


 ちょっとまて、艦長はまだ三十一歳だと聞いたぞ。どうしてもう子供が四人もいるんだ。計算すると、士官学校を出てすぐに一人目ができて、そこから一、二年おきに……意外とお盛んだな、君島艦長は。

 なんだか、手を握ったくらいで心臓を高鳴らせていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。いっそのこと、寝具の上に少尉を押し倒すくらいのことをしても……いやいや、本人の承諾もなくそんなことをしては、海軍軍人としてあまりに礼を失する行為だ。

 とまあ、艦長にからかわれつつも、僕も艦を降りようとしていた、正にその時だった。

 ちょうど艦橋脇に立つ人型重機に乗っているヘレーネ少尉が、拡声器で叫ぶ。


『レーダーに感! 機影多数、およそ九十! 六時の方向、距離百十キロ、高度四千!』


 突如、航空機の大編隊が南方から接近するのをこの機体の電探が感知した。数からして、間違いなく敵編隊だ。


「嘉出山司令部に伝令! 敵航空機隊、およそ九十機が接近中! 陸海軍航空隊に、迎撃命令と、空襲警報発令を進言せよ!」


 穏やかな空と海に、再び硝煙の香り漂うきな臭い集団が迫りつつあった。

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