#12 誘導
「定時報告、周囲四十キロ以内に、艦影なし」
ヘレーネ少尉が人型重機の電探で、周囲の探索結果を艦長に報告する。あと四日、皇国に戻るまでの間、油断できない。
特に潜水艦だ。潜望鏡深度まで浮上していればこの高精度な電探は逃さないのだが、水中に潜まれると探知できない。
そちらの探知は、ソナー頼みだ。だが、拿捕した戦艦のスクリュー音がうるさくて、敵潜水艦がいるかどうかが分からないという。
「少し離れて航行し、万全の探索を行うこととする。旗艦『やぐも』に打電、探索許可を乞う、と」
「はっ!」
幸いにも我が艦には守備隊の兵士は乗っておらず、探知と攻撃に専念できるような艦とされている。それもあって、旧式戦艦の旗艦「やぐも」からは、戦列から離れて敵の探索を行う許可が下りた。それを受けて、我が艦は救出艦隊の東へと転進する。
「電探に、反応は?」
「依然として、なにも捉えてません」
昨日は敵の爆撃機隊を捉えた。四十機からなる大型の四発爆撃機ポリカーレフ二十七を発見した。進路を皇都へとむけていたため、人型重機のレールガンによりその半数を撃墜、敵は反転し撤退していった。
が、もしかするとこの時に、我々の位置を把握したかもしれない。航空機がダメとなれば、次に現れるのは潜水艦だ。
この機体にとって、もっとも苦手な相手が現れる可能性が高まった。
艦橋のすぐ脇に立つ人型重機では、風防を開けた状態で電探の画面とにらめっこするヘレーネ少尉の姿が見えた。僕は艦橋の窓から、ヘレーネ少尉にふと尋ねる。
「そういえば、ヘレーネ少尉」
「はい、なにか?」
「貴様がヴァリャーグ級戦艦を見つける直前に、僕に何か言おうとしてなかったか?」
すると、どういうわけかヘレーネ少尉の顔が真っ赤になる。そして、こう答えた。
「そ、そうでしたかね? あの、また思い出しましたら、お話いたします」
不明瞭な回答を返して、再び画面とにらめっこするヘレーネ少尉だが、どこか照れ隠しのようなしぐさだ。
それを見て僕は、少しだけだが、彼女が何を言おうとしたのか察しがついた。つまりそれはおそらく、艦長や通信士、伝令兵らが控えるこの艦橋の前ではとても口に出せないことだ。ということは……僕はふと、ヘレーネ少尉の顔に目を移す。
我々とは異なる民族ではある。が、愛嬌のあるその顔は、嫌いではない。むしろ美人な方だ。性格も明るく、この「そよかぜ」の二百四十名の乗員の多くとも気軽に話せる人物だ。
しかし、そんな彼女が、僕なんかに……とは思ったが、考えてみれば一番彼女と接しているのは僕だ。おまけに、そのもう一つの裏の顔まで知っている。挙句の果てに、その別人格の元となった活劇まで全部見せられた。もはや、両者は運命共同体と言っても過言ではない。
いや、ともかく今は、生き残ることを考えよう。あまりじろじろと見られると、ヘレーネ少尉も気が散るようだ。時折、こちらを見ては目を逸らしているのがその証拠だ。
霧の中を抜けて、今は青空の下を航行する。戦時であることを、忘れさせるほどのきれいな青空だ。雲一つない。遠くにうっすらと雲がかかっているが、「そよかぜ」の上空には突き抜けるほどの空が広がっている。
海も、比較的穏やかだ。まるで内海を航行しているような気分だな。そのおかげで、僕は戦時下だというのに安らぎすらも覚える。こんなきれいな海の海岸で、ヘレーネ少尉と二人、海水浴に出かけたなら……
そんな妄想を、一気に吹き飛ばすほどの報告が、この艦橋へと入る。
『ソナー室より艦橋! スクリュー音、聴知! 速力十五ノット、深度六十、距離七千!』
「味方の潜水艦ではないか!?」
『高回転型のスクリュー音です、我が皇国海軍の潜水艦ではありません!』
つまり、敵潜水艦が現れたことを示す。
『注水音、聴知! 雷撃二発! 狙いは本艦の模様!』
グズグズしていたら、魚雷を放たれた。僕はヘレーネ少尉に向かって叫ぶ。
「右舷側から魚雷が接近中だ! 狙い撃ちできるか?」
「えっ、魚雷ですか? 何か、目印のようなものはあるんです?」
「敵の魚雷は蒸気タービン型機関で、多量の泡を発生させながら迫ってくる。泡による航跡を見つけ、そこにレールガンで弾を撃ち込め」
「はっ、やってみます」
そうは言ったものの、そうそう簡単には見つけられない。僕は双眼鏡を取り出し、迫る魚雷の方向を見定める。
二つの泡立つ航跡が、僕の目に飛び込んできた。内、一本はこちらにまっすぐ向かっている。
「ヘレーネ少尉! この方向だ、ただちに攻撃せよ!」
少尉は、僕が指差す方向を見る。そこに迫る泡を見出したようだ。
「攻撃用意! レールガン装填、ロックオン、攻撃始め!」
ズンッという重い発射音とすさまじい火花が重機の左腕から発せられる。弾は雷跡の辺りに着水し、数秒後に大きな水柱を立てる。どうやら、命中した。
「やった、命中だ!」
「このまま、敵潜水艦攻撃に向かいます。大尉、同乗願えますか?」
「分かった、追撃する……いや、ちょっとだけ待て」
「は?」
「砲雷長、砲雷長はいるか!」
僕は砲雷長の酒井准尉を呼ぶ。
「何でしょうか、副長」
「まずは爆雷を投下だ。敵潜水艦に向けて攻撃する」
「しかし、敵潜水艦は水深深く逃げてしまいます」
「構わない。それと、魚雷一本に、長い牽引ロープを結び付けてくれ」
「は? ロープですか?」
味方が航行不能となったときに曳航用の長いロープが、この「そよかぜ」には備えられている。それを用意し、魚雷のやや後方に縛り付けるよう命じる。
「なにゆえ、魚雷にロープなんかを……」
「それを人型重機に引っ張らせる。こいつに誘導させれば、確実に仕留められるだろう」
「ああ、そういうことで、了解です!」
僕の意図を理解した砲雷長は、すぐに作業に取り掛かる。魚雷発射管が右へと旋回し、その一番右側の一本に、ロープが巻かれ始めた。
「あ、あの、まさか私に、あれを誘導しろとおっしゃるんですか?」
「そうだ」
「目視さえ可能ならば、レールガンで撃つことも可能ですが」
「深深度に達せられたら、目視では狙えない。こいつが持っている熱源探知の仕組みを使って、海の奥底にいる潜水艦をこの魚雷で狙い撃て」
「赤外線センサーが使えるなら、なおのことレールガンで……」
「いいから! 命じた通りにせよ!」
「はっ! 三番機、潜水艦攻撃のため、魚雷と共に発進します!」
彼女の言う通り、レールガンで狙い撃つこともおそらくは可能だろう。が、僕にはある考えがあって、わざわざ魚雷をロープで誘導する方法を選んだ。
「雷撃戦、用意! 魚雷発射と同時に、人型重機も前進する!」
「アイサーッ!」
「雷撃開始!」
バスッという音と共に、魚雷が放たれた。敵の潜水艦はどうやら水深二百メートルほどのところまで逃れた。一方で、我が艦に搭載された爆雷は、百五十メートルほどを狙うのが精一杯だ。
一方、魚雷で潜水艦を攻撃するということは前代未聞だ。魚雷というのは水面近くを航行するものだから、深深度にいる潜水艦を捉えることは基本的にはできない。が、それを今回は敢えてやる。
「魚雷、速力七十キロで前進中!」
「少しロープを引け、そうすれば、下側へと向かう」
「はっ!」
我が方の魚雷は酸素魚雷と言われ、ほとんど泡を出さない。雷跡が捉えにくい上に、スクリュー音も小さい。
とはいえ、さすがの敵潜水艦も魚雷が自身に向かっていることを察したようだ。この非常識な攻撃にも関わらず、反応が早い。常識にとらわれず、戦況の変化に即座に対応する。それゆえに、スラブ大帝国の海軍は強い。
もっとも、それを誘導しているやつが、彼らの想像をはるかに凌駕するやつだとは思いもよらないことだろう。残念だが、いくら即応したところで逃れる術はない。
魚雷は三十八ノットで進む。深度はおよそ二百。反転し、逃げに入った敵潜水艦を追い続ける。
さて、問題はここからだ。
敵に近づくと、おかしなことを口走るやつがこの人型重機の操縦士をしている、ということだ。
「ぐふふふっ、我がフェルゼンヴァーレに背を向けるなど、愚かな選択をしたものだな……」
そう、こうなることはだいたいわかっていた。深度二百の敵まで四百メートルほどまで接近したとき、こいつのもう一つの「人格」が現れる。背中にあるあの「聖剣シュバルツシュヴェート」と呼ぶビームサーベルを取り出そうと、手に持ったロープを放しかけたその時だ。
その時、僕は叫ぶ。
「敵の罠だということが見破れないのか、サールグレーン中尉!」
その瞬間、右腕の動きが止まる。
「ど、どういうことですか、フォルシウス少佐!」
どうやら目論見通り、僕のことをフォルシウス少佐と思い込んだ。大尉なのに、少佐などと……この際は、どうでもいいことだ。僕は続ける。
「やつは接近戦を見越して、罠を仕掛けている。だからこその秘密兵器『ファルケランツェン』(鷹の槍)を用意したのではないのか!?」
なんだか仰々しい名前だが、要するにロープに括り付けた魚雷のことを「ファルケランツェン」と呼んだ。あの活劇の一幕、第十七話でそういう名前の大型の魚雷のような兵器が出てきたことを、僕は覚えている。
それを、敵の拠点に撃ち込む場面があった。接近する味方が、次々と電撃のようなものでやられる様を見て、敵の罠を見切ったフォルシウス少佐が「ファルケランツェン」という大型の武器を誘導し、拠点の中枢へと叩き込む作戦を思いつく。
味方に援護されながらも、その魚雷の如し兵器を敵中枢に叩き込んで勝利を得るという話だが、その話に倣い、僕は敢えて「魚雷誘導」を思いついた。
こいつに今、レールガンを使えといっても聞かないだろう。だが「フォルシウス少佐」が「秘密兵器ファルケランツェン」を撃ち込めといえば、こちらの言うことを聞くはずだ、と考えた。
目論見通りだ、こいつは僕の策にのってきた。
「少佐の言う通りです、やつの罠に、危うく引っかかるところでした」
「サールグレーン中尉よ、そのままファルケランツェンを誘導し、敵に叩き込め」
「はっ!」
ややこしいことに、階級がひとつづつずれている。元々、大尉の僕が「少佐」で、ヘレーネ少尉は「中尉」呼ばわりだ。まあいい、ここはやつを制御するために、敢えて「聖戦士フェルゼンヴァーレ」の世界観を演じてやる。
で、ロープで誘導し続けた魚雷だが、直前になって敵潜水艦が大きく向きを変える。熱源反応をみるに、モーター全力で舵を切り、魚雷を避けた。
「よ、避けただと!?」
動揺するヘレーネ少尉……いや、サールグレーン中尉だが、僕は、いやフォルシウス少佐は続けた。
「ロープを引け! その場で魚雷……いや『ファルケランツェン』を回転させれば、当てられる!」
「さすがは少佐殿、我が意に応えよ、ファルケランツェン!」
敵もまさか戦っている相手が、自身の好きな活劇の主役を演じて酔っているなどとは考えもしていないだろうな。ロープをうまく手繰り寄せて、酸素魚雷の向きを九十度変える。回避した敵潜水艦は、目前で向きを変えた魚雷からはもはや逃れる術はない。
そして、接触。大きな水柱が上がり、それは敵潜水艦に命中したことを物語る。
「敵に命中です、少佐殿!」
「よし作戦終了、これより帰投する」
「はっ! フォルシウス少佐!」
先がちぎれたロープを引きながら、反転し「そよかぜ」を目指すヘレーネ……じゃなくて、今はサールグレーン中尉か。
だが、敵が消滅するとすぐに、こいつはヘレーネ少尉に戻る。
「あ、あわわわ、私、大尉殿のことを『少佐』と呼んでおりました……」
正気に戻っても、記憶だけはあるんだな。まあいい、狼狽するヘレーネ少尉に、僕はこう答える。
「そんなことはどうでもいい。それよりも、作戦は成功した。おそらく、魚雷で潜航する潜水艦を沈めたのは、この世界では初めてではないのか? とりあえずは、よくやった」
「えっ、そうなんですか? もしかして私、何かすごいこと、やっちゃいました?」
あれだけの戦果を挙げながら、やっちゃいましたはないだろう。ともかく僕は、またあの「別人格」のおかげで海の中に飛び込むのを避けられたことを、幸いに思う。
帰投すると、大勢の乗員に迎えられた。
「やったじゃねえか、嬢ちゃん! 魚雷で潜水艦を沈めるなんざ、聞いたことがねえや」
「え、えへへ、そんなにすごいこと、私、やっちゃったんですね」
「おらよ、褒美の飯だ」
「うわぁ、お腹すいてたんですよ」
「あ、大尉殿にもありますんで」
まるで僕は「ついで」と言わんばかりだな。まあ、確かに主役は「サールグレーン中尉」ことヘレーネ少尉だからな。今回、僕は脇役だ。
だが脇役かもしれないが、上官役の「フォルシウス少佐」を演じるのも大変だったんだぞ。あの演技がなければ今ごろは……僕はふと上を見上げ、風防ガラスを見る。
あのガラスでは、とても二百メートルもの深度での水圧には耐えられなかっただろうな。あやうく人型重機ごと心中するところだった。仮にそうでなくても、また一日天日干しする羽目になるところだった。
こいつをうまく操りながら、人型重機を壊すことなく活かさなければならない。想像以上に大変だぞ、これは。
周りから称賛されて照れ顔のヘレーネ少尉を眺めながら、僕は受け取った握り飯を口にする。今日も、生き残れた。あと三日の間、生き延びれば祖国へとたどり着く。もっとも、その先にはさらに厳しい戦いが待っているかもしれない。そんなことを考えながら、僕は甲板上でヘレーネ少尉を囲む乗員と、それを照らす夕日を眺めていた。




