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カトレア・クンツァイトを餌付けしたい

 カトレア・クンツァイト侯爵令嬢は、初等部の頃から話題の中心だった。 侯爵家のご令嬢というだけでも貴族家の子女達から熱い眼差しを向けられるというのに、第一王子の婚約者という(はく)まで付き、更には見目も麗しく身分で他者を見下す事もしない。

 座学・魔法試験の度に上位3位以内には名を連らね、生徒会入りに不満の声など上がろう筈もなかった。

 無論、そんな彼女の周りには常に取り巻き令嬢達が5人は()い、男子で話し掛けられるのは視線に鈍感なアホか、婚約者である第一王子くらい。 教員ですらその取り巻き達に用件を伝えさせていた程である。

 正に高嶺の華。


 そんな彼女に一目惚れの初恋をしてしまった俺は、なんと哀れだっただろう。

 同級生の、選択科目・経済の時だけとはいえ同じ教室で学べてしまえるだけでも嬉しいとすら思えた。 なのに……


・ ・ ・


 あんな事件があったにも関わらず、今なお片想い中であるクンツァイト嬢との邂逅(かいこう)から翌日。

「流石に授業には出られないってんで、私物も机も纏めて持ってったらしい。 今後は保健室学習に限定するってさ」

「そっか……」


 お喋りなくせして、普段口を堅くしている反動からか、俺を信頼してくれているのか。 聞いてもいない最新情報を楽しそうにペラペラと話しまくるアヴィトの世間話を聞き流しながら、俺はだらしなく、机に突っ伏していた。 マナー講師に見られでもしたら、担任が来るまで特別臨時講義が始まるであろう、危険行為である。


 春へ向け気温が暖かくなってきたものの、闇夜に凍えた早朝の教室はまだまだ肌寒く。 (こだわ)りの多いお貴族様達とは違って、暖房を点けたばかりでも問題無い庶民生徒たる俺とアヴィトは、他の庶民生徒ですら身支度中であろう朝6時に偶然居合わせ、声も潜めず駄弁(だべ)っていた。 早番の教員には挨拶してあるので問題は無い。


 にしても、ヤバぃ、眠い。 アヴィと話してれば良いやと軽く考えていたが、席に座ってから(まぶた)が重くなってきた。

 食道の辺りも、物が詰まったような違和感で気持ち悪いし……少しでも今から寝るべきか?

 と、こんな時間でも通常運転なアヴィトに、不意に「今日はどうした、珍しく早起きなんざして」と聞かれ、返事が遅れる。 さすが広報にして出版社の御曹子、毎日隠れてネタ探しでもしていそう否こいつならしてるわ間違い無く。


 どう返すか……眠気で頭が鈍い。


「……弁当作ってた」

「なに、今から遠征にでも行くの?」

「んなんじゃねぇけど……色々考え過ぎたんだよ」

「や〜ねぇ〜男の独り暮らしって! 自己管理なんざ初等部で極めとくもんだぜ!」

 くねくねしたかと思えば鍛えてもないのにマッスルポーズ、徹夜明けを笑わそうとするな。

一睡(いっすい)も眠れなかったんだよ。 どうも納得いかなくて……」

 言いながら目の周りを指で揉んでみると、あ〜このまま寝落ち出来そうに――

「料理の(うま)い行商人は大成すると言うが、お前の弁当は平均よりは上だと思うぞ? まさか! 俺に内緒でお貴族さま料理でも食っちまったのかいつの間にっ!!」


――急にわざとらしく立ち上がり声を荒げるものだから、本気でイラッときた。


「お前に人を(いたわ)る気が無いことだけは分かったよ。 今回のお前の分は無しな」

「ぬおぉぉおぉ俺が悪かった黙るから月1あるか無いかのお前の新作弁当は勘弁してくれ〜!!」

「自己管理極めたんだろ?」

「この興味を上書き出来るネタなどこの学園には無い! おやすみなさいっ!」


 結局最後まで無駄に騒がしかったが、脅しが効いたのか時間ギリギリまで寝かせておいてくれたので、その分の報酬として弁当は渡してやることにした。


 ・ ・


 昼休憩。

 アヴィに弁当を渡して別れリュックを肩に屋上へ急ぐ。 無論マナー講師に見つかれば厳重注意どころか単位の減点を喰らうため、言い訳出来る限界の歩速(ほそく)で。

 待たせるくらいならば待ちたい。 いくらでも待っていられる。 最悪来なくても良いが、からかわれたと誤解されるのだけは耐えられそうにない。

 何より、今のクンツァイト嬢にそれは(こく)だろ。


 脹脛(ふくらはぎ)太腿(ふともも)が張り裂けそうな痛みを無視し、2段飛ばしで辿り着いた屋上の扉を乱暴に押し開ける。

 そこに、クンツァイト嬢はいなかった。


「ハァ……ハァ……ハァァァァ!」

 安堵し、その場でへたり込みそうになる体をドアノブで支える。


 内心無理だろうと言い訳すら考えていた。 なんせ保健室から別棟の屋上までは、俺のクラスよりだいぶ近いからだ。 これが教室棟なら左右端の階段のどちらからでも上がれたのに。


 力尽きてしまう前にベンチへとヨタヨタ歩き、昨日と同じ端に腰を落として忘れ物は無いかリュックの弁当を再確認。

 よし、2人前の弁当箱とディップソースの容器2つ。 少量だが薄皮を剥いた柑橘(かんきつ)類とフルーツ踏め合わせに、それで指を汚さず食べられるよう竹の爪楊枝も用意してある。

 まだ保冷の魔導具も生きていて。


 ……アヴィトを黙らせる用含めた3人分は本当に疲れた。 そもそも教材+3人分ではリュックに入り切らず、ただでさえ納得いくまで悩んで作って……徹夜となる最後の一押しがこれだったのだ。 なのでアヴィトの分にフルーツ詰め合わせは無い、(きざ)んでディップソースに混ぜといてやった。 


 後は、クンツァイト嬢が来てくれる事を祈るばかりだ。 本来あんな強引な誘いに、侯爵令嬢が乗ってくれる理由など無いが……


 リュックに入れておいたタオルでクンツァイト嬢が座る辺を軽く拭き、ボイルしたソーセージのようにパンパンに張った両足をマッサージしていると――

 ガチャ

――背後からの、金属製の硬い開閉音に振り返る。

「ぁ……」

 そこに立っていたのは、まるで信じられないものを目の当たりにしたかのように目を丸くする、紅いロングヘアーで生気薄弱な女子生徒。

 クンツァイト侯爵令嬢だった。

「こんにちは。 お昼一緒にどうですか?」



 昨日と同じ距離、同じ位置に座ったクンツァイト嬢との間に、蓋を開けた弁当箱とディップソース、フルーツを並べる。

 弁当の中身は、小麦粉を薄く焼いた生地で、スモークサーモンとスライス玉葱(たまねぎ)とサニーレタス・香草焼き鶏と茹でブロッコリー人参じゃが芋を細長く包んだクレープの2種類✕2。 ディップはさすがに買ってきたバーベキューソースと、オリーブオイルで出来たマヨネーズに細かく刻んだ胡瓜(きゅうり)や漬け物を混ぜ込んだ簡単な物の2種類しか思い付かなかった。

 デザートのフルーツは食欲に繋がればそれで良いやと、売られていた数種類を2口ずつ適当に入れてみた。

 現在のクンツァイト嬢の衰弱しきっていそうな精神面と食欲を考慮して、順番や量に関わらず『何でも良いから食べたいと思える物』を口にしてもらえるよう、なるべく『味の種類』と『片手での食べやすさ』を意識したメニューである。

 食前に、念のためアレルギーがあっては一大事なので聞いてみると、特にそういった食材は無いらしい。 助かった。


「あっ! それと、口に合わない物や食べ切れない時は、無理せず残してくださって結構ですからね」

「は……はぃ」

 消え入りそうなか細い声は相変わらず。 説明を終えてからも、視線はずっと不安気に弁当と俺と自分の手元や足元をフラフラしていて。


(これは……)


「じゃ、いただきます」

「ぁ、は……はい。 ぃただきます」

 俺の真似をするように、クンツァイト嬢は胸に手を当ててから、サーモンのクレープを手に取った。


(……やっぱり、クンツァイトさんは主体性を失っているの可能性がある)


 サーモンのクレープを1口噛り、味に物足りなさを感じた俺は、食べかけをマヨソースに付けて……口に運びながらチラッとクンツァイト嬢を一瞥(いちべつ)すると、彼女は俺と全く同じ行動を追っていた。


 いや、サーモンなのだからマヨを選ぶのは順当と言っていい。


 ならばと、次はそうそう選ばないであろう組み合わせ、残り一口のサーモンクレープをバーベキューソースに付けキウイを乗せて口に入れた。 燻製されているとはいえ半生なサーモンに生野菜+バーベキューソース+キウイ(糖分・水気)は味が殺し合っているようで、俺の舌には合わなかった。

 ……半歩遅れて続くクンツァイト嬢。


 続いては難易度高め、香草焼き鶏のクレープから苦手を装いブロッコリーを取り出す。 その穴にリンゴの角切りを――挿し込んだ所で、そんなマナー違反はさすがに気が(とが)めたらしく、クンツァイト嬢はそのままソースも付けずに香草焼き鶏のクレープを口に入れた。


 なるほど良かった……そこまで重症でも無いらしい。


 僅かに得られた安堵を胸中に、リンゴ入りクレープにマヨソースを付けて1口噛り、乱雑かつ何を食っているのかも分からない口内状況を一旦横に置いて、俺は考えた。

 クンツァイト嬢は、社交不安障害に(おちい)っている可能性が高い。

※4/26日現在

評価どうなってるのか怖いなぁ…

まぁ、どうせまた、感想・評価0だろうね。

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