ちらつく影
前回のあらすじ
アヴィト「うん、旨い。 旨いが、何か普通だ!」
婚約者に堂々と裏切られ、挙げ句浮気相手に度を超えた嫌がらせを執拗に続けた結果、殺そうとまで思い詰めたクンツァイト嬢。
そんな彼女は、しかし、3年前までは誰しもに憧れを抱かれ慕われる、まさに令嬢の鑑そのものだった。
自国の貴族・王族しか通えなかったアルマース王立学園が、平民・貧民・留学生までもを受け入れるようになって早10年。 今なお反対派貴族家の子息令嬢が庶民生徒と壁を作り、時に迫害まがいの態度すらとる中、困っている生徒を見つけるや率先して話し掛け、派閥・身分差に拘わらず手を差し伸べてきたのがクンツァイト嬢だった。
彼女がそんなだから、取り巻きや派閥の生徒・教員達も同じように『生徒間平等』を掲げていて、彼女や彼女の派閥に好意を持つ生徒は多かった。
アルメリアさんが転入して来るまでは。
・ ・ ・
クンツァイト嬢が社交不安障害に陥っているのではと感じた根拠は2つ。
まずはまぁ、言わずもがな、あの浮気王子に裏切られた件である。 それだけならまだしも、愛憎ゆえか浮気相手を手に掛け、侯爵家という立場でありながら家族や学友の信頼まで裏切ったのだ。
全校集会の通り、なるほど確かにクンツァイト嬢は反省しているのだろう。 心を病むほどに。
そして2つ目が、俺の誘いを断れなかった事。
生徒間平等を謳っているとはいえ、侯爵令嬢との口約束など、『初対面』かつ『庶民』の『異性』が軽く出来ていては、秩序が乱れる。 全盛期だった3年前ですら、クンツァイト嬢は徹底して口約束や貸し借りなどを避けていた。
どんな用件であっても主導権は握らせず、貸すのではなく与える、借りはそもそも作らない。 それが助けた相手であっても、慕ってくれる友人であっても、徹底して。
それがどうだ、何を考えているかも分からない初対面である庶民の、2人っきりでいるだけでもマナー違反とされる異性と他人の目が届き難い場所で、持参して来た弁当を食べる口約束をし、実際にそれを守っている。
これは、クンツァイト嬢が生徒を平等に扱う優しい人だからではなく、誘いを断れず、約束を反故に出来ず、どんな噂でも作れてしまう環境に身を置き、異物が混入されている可能性があっても口に入れてしまう程に主体性が無くなっているせいである。
その根本的な原因が社交不安障害。 だと思う。
その中でも多分これは、対人恐怖症の類だろう。
怒らせたくないから、もう間違えたくないから、また信頼や期待を裏切りたくないから、自分の判断が一切信用出来なくなった。
身分が下である俺から話し掛けないと挨拶すら出来ないのも、食べ方を真似していたのも、自己判断でまた間違え、怒らせたくない。 相手の意図に反したくないから。 途中で俺の食べ方と逸れたのは、貴族として身に染み付いたマナーという教えに違反したためだ。 クンツァイト嬢は意識すらしていなかっただろう。
何気ない会話すら、返事の1言1言が不安な筈だ。
口の中の鶏を飲み込み、昨日今日のクンツァイト嬢が手ぶらだったのを次の話題にしてみる。
「そうだ、ここのベンチも年中雨曝しなので、拭く物か敷く物持参した方が良いですよ。 あぁ今日はもう拭いておきましたからね」
「ぁ……はぃ、すみません……」
『初めてベンチ座った時なんて、尻が砂埃で白くなって〜』と続けたかったのだが、気を使わせてしまった…と受け取ったのか申し訳無さそうに恐縮されてしまい、「いやいや、こういうのは先に来た人がやれば良いってだけですから!」と冗談めかすしかなく……
またまたまたまた会話が急停止。
これ以上気に病ませる訳にもいかず、3本目の香草焼き鶏クレープを食べ進める。
自分のを食べ終えた俺は、続いてクンツァイト嬢の食べ残しにも手を付け始めていた。 当然クンツァイト嬢の許可済である。
食べ残しに手を出すのは、それが貴族で身分下との間であれば然程気にはされない。 なんせ社交パーティーやお茶会等で残った軽食は、その屋敷使用人の食事に回されるからだ。
結局クンツァイト嬢が口を付けられたのは、サーモンクレープ2本と香草焼き鶏クレープ1本、フルーツ少々。 ソースはマヨを気に入ってくれたらしく、バーベキューソースは香草焼きに1回だけしか使われなかった。 次回からの弁当の参考にしよう。
残りの香草焼き鶏クレープを食べきる。 俺は反対に酸味より辛味派なので、1口毎にバーベキューソースを付けていた。
それにしても食事中、ついぞ会話のタイミングは訪れなかった。 大口で早食いな俺と、味わうように上品なクンツァイト嬢では、そもそもボリュームのあるクレープな時点で失敗だったのだ。
せめてお腹が満たせていると嬉しいが。
残り物を貰う時なんて、手の止まっているクンツァイト嬢に――
「念のため、多めに入れてきてあるので。 もう満腹なら無理せず残してくださいね」
「……っはい、すみません……」
――と申し訳無さそうに頭を下げられ――
「残しても捨てるだけになるので、食べておいて良いです?」
「ぁ、はぃっ……」
――の1言で終わってしまったくらいだ。
あんまり話し掛けるのも気を使っているようで不自然だし、かと言ってクンツァイト嬢からを待っていては予鈴が鳴ってしまう。
と焦りつつ食べ進めながら、合間合間で「この雲なら明日も晴れそうですねぇ」とか「毎回同じだと飽きますし、次はフルーツじゃないデザートにしましょうか?」などと当たり障りのない話題で場を繋いでみたが、「そぅ……ですか」「はぃ。 すみません……」と単語や謝罪で返され、それ以上には続かなかった。
長年片想いしていたあのクンツァイト嬢と話せているとあって緊張で頭が回らないのもあるけど、とにかく禁止ワードが多すぎる。
と、水が飲みたくなり、魔法で1口分の水玉を出して口に。 瞬間、クンツァイト嬢用の水筒を用意していない事に思い至った。
「あぁ〜……」と腹の底から漏れ出た声にクンツァイト嬢の肩がビクッと揺れる。
弁当にばかりかまけて飲み物にまで頭が回らなかった。 生活魔法で直接喉を潤すのは庶民くらいだ、貴族はそんなはしたない振る舞いはしない。 人前なら尚更。
思えばクンツァイト嬢は昨日今日と何も飲まずに食べ終えていたけど、どうなんだろう。 ゆっくりしっかり咀嚼して嚥下していたので喉に詰まる心配は無さそうだし、食事中は何も飲まない派・拘りがある派ならばありがた迷惑にしかならないが……
僅かな逡巡の後、会話の切っ掛けになればと、口の中の香草焼き鶏を飲み下す。
「クンツァイトさんも飲みます?」
空へと向けた人差し指の少し上に水玉を浮かせ、食後休憩中のクンツァイト嬢へ差し出してみせた。 するとクンツァイト嬢は、特に困ったり悩んだりする素振りもなく「ぁ、ありがとぅ……」と右手をベンチに置くと、身を乗り出して水玉をパクッと頬張ってしまった。
アーンされた子供みたいに。
「…………」
「んっ………? ぁっ!」
一飲みし、瞼を上げた間近にいる俺と視線の合ったクンツァイト嬢が、目を見開き顔を真っ赤にしてポカンと口を開く。
大人美女の幼可愛い仕草に心臓が爆発しかけた。
跳ねるように慌てて距離を取るクンツァイト嬢は「ぁあっ……の、すっ……すみませっ! いつも……そのっ、ついっ!」と両手で(右手で)顔を隠すも、赤い耳が羞恥に悶える心境を如実に表していて。
「いつも?」
恥じらう姿は一生忘れられないくらいカワイイし、何とかフォローしなければとあまりの衝撃に停止した思考で口を衝いて出た言葉がこれだった。
(しまった!)
こんな素でお茶目な一面をいつでも見せられる相手なんて決まっている。 もう2ヶ月以上姿を見せていない、クンツァイト嬢と誰よりも親しげだったあの侍女くらいだ。
詳しくはアヴィすら知らないが、クンツァイト嬢好き過ぎなあの侍女が殺人未遂事件で何も無かった筈がない。
(今すぐ誤魔化せ!)
隠す手を口元まで下げた涙目のクンツァイト嬢が視線を泳がす。
「えっと……その……」
「へえ〜、クンツァイトさんってそんな可愛いところもあったんですね。 クラス違うから、偶に見掛ける大人びた凛々しい表情しか知らなかったので、見れてすっごい嬉しいなぁ」
咄嗟に出た失言弄りに、丸く見開かれた目とばっちり視線が合い、更に動揺を隠す余裕すら失ったのか手も足も震えだす。
「ヵヮっ……ぇえ! ぁっ、いゃっ、ゎたっ! ごめんなさい!!」
バッ!と立ち上がり全力で走り出したクンツァイト嬢によって、乱暴に開けられた金属製の扉が学園中に届きそうな轟音を鳴らし、彼女は階段を駆け降りて行ってしまった。
無意識か知らんが、片手であれは身体強化魔法とか使ってそう。
「…………あ〜、やらかしたぁ〜」
1人、背もたれに上半身を預け、雲の疎らな空の青を見上げながら、思考はクンツァイト嬢への申し訳無さと焼き付いたあの顔で占められていて。
嘘ではない。 狼狽えて、恋愛小説に出てくる白馬の王子様にしか許されない台詞が漏れ出ただけだ。
てか考えてもみると普通に気持ち悪いな。 友人ですら無いのにグイグイ来る男子が、突然、彼氏面しだしたような不快感でしかなく。
もう2度と、屋上に来てくれないかも知れない。
「…………駄目だ、考えだしたら帰れなくなる」
後悔でナメクジとなる前に、最後の気力を振り絞って軽くなった弁当箱をリュックに仕舞い、教室に帰るべく、俺も屋上を後にした。
(ん?)
階段を降りている途中、背の低い眼鏡女子とすれ違う。
後輩だろうか。 図書委員っぽい雰囲気の大人しそうな娘で、昼食後なのか手ぶらで屋上へと向かっている様子だ。
珍し……くもないか、然程。 放課後じゃなくても、所属しているクラブの部室を使っている生徒は少なくない。 俺のような僅かでも仮眠したい生徒なら尚更、人気の無い静かな場所を選ぶのも、その後気の向くままに屋上を目指してみたって、なんら不自然ではない。
しかしそうなると、危なかったな。
もし俺とクンツァイト嬢が同じベンチで食事しているのを見られでもしたら……非常に不味い。 俺のせいで『婚約者の浮気相手は殺そうとしておいて、自分はもう次の男を捕まえたのか』とか『平民の男に貢がせている』などと噂を広められては最悪だ。
場所を変えるしか……いや、もしあの娘が俺と同じ1人飯タイプなら、階段を降りてきた俺が屋上を普段使いしていると察してくれれば……
「…………違うそうじゃない、大切なのはリスク管理だよな」
そうであってほしいという願望は無責任と変わらない。 微力でもクンツァイト嬢の為になりたいのであれば、リスクを事前にどれだけ削れるかが重要だ。
具体的には、屋上より更に人気の無い場所、もしくは絶対的に他人と遭遇しない・目の届かない場所。
(…………そんなのあるか?)
結局、1階まで降りてもそんな都合の良すぎる候補地は浮かばず、2日目の昼食は弁当の感想すら聞けずに予鈴を迎えた。
※5/13日現在
1話、思っていたより読んでいただけていたばかりか、ブクマも1ついただけました。 ありがとうございます。
投稿、続けられるよう頑張ります。
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