第19話 女の戦場
皇宮の中に存在する、厳かな神殿。私も何度か来たことがあるけれど、自分が祭壇側に立つのは初めてだった。神聖な白いドレスを着て、皇室に伝わる宝剣を鞘から抜く。すらりと美しい刀身に、私の顔が映った。
その顔がひどく不満そうで、私は思わずため息をついてしまう。
神殿に集まっている、多くの人が見守っている中、私の目の前でシモンが片膝をついて頭を下げていた。専属騎士の、立派な装束を着ている。そんな彼を見下ろしながら、私は教わった通りに、剣の平をそっとシモンの肩に置いた。
騎士の叙任式。これを以て、シモンは正式に私の専属騎士となる。
儀式を見届けに来た皇族や騎士たちから、ぱらぱらと拍手が聞こえてきた。本来ならば、喜ばしい儀式だ。騎士にとっても、主人となる皇族にとっても。それでも私は、どうしても素直に喜ぶことができない。
この世界の常識として、平民は苗字を持つことが出来なかった。シモンも、エルサもそうだ。
けれどルクレッシオ皇国では、前例はほぼ無いが、平民が専属騎士の任についた場合、貴族と同じ待遇を受けることが許可されている。そして、戦の女神である『アンバー』の名前を苗字として名乗ることが出来るようになるのだ。
『シモン・アンバー』。それが今日から彼の名前だ。孤児となり、泥棒として殺される寸前だった少年からすれば、大出世と呼べるだろう。もう誰も、彼のことをドブネズミなどと呼ぶことは出来ない。
それと同時に、私の専属騎士になるということは、彼の人生に於いて最大の汚点でもある。
儀式が終わると、私は逃げるようにすぐさま神殿を後にした。あれから一度も、噴水のある公園にも行っていない。つまりシモンが私の専属騎士になってから、一度も彼と口をきいていなかった。
避けるような真似をしても、無駄だと分かっている。もう専属騎士になったのだから、取り消すことはできない。それでも私は、許せなかった。
シモンが私の専属騎士になって、心の何処かで喜んでいる。そんな自分自身が、許せないのだ。
◇
叙任式のドレスから着替えると、私の部屋に侍女の一人がやって来た。どこか困った様子で、そわそわしている。何の用事か尋ねると、侍女は言い辛そうにそれに答えた。
「あの、ポールソン伯爵令嬢がいらっしゃいました」
「……明日から出発だから、今週は来なくて良いと伝えていたはずだけど?」
「ですが、デビュタントのお祝いをどうしても直接伝えたいと仰っており。如何いたしますか?」
頭が痛くなる思いで、私は重く息をつく。先週の誕生日パーティーのときといい、最近アストリッドが私の言いつけを無視して訪問するのは、どうしたら良いのだろう。正直にいうなら、今は会いたくなかった。
しかし、向こうは善意での訪問なのだから、このまま顔も見ずに追い返すのは失礼だろうか。私は、渋々簡単なお茶会の用意をさせると、マゼンタ宮の庭園に彼女を通した。
アストリッドは、相変わらず美しかった。絶世の美女とは、彼女のような顔の人を言うのだろう。私の顔を見ると、嬉しそうに微笑みながら小走りに近づいてくる。
「ごめんなさい皇女様。来なくても良いと言われていましたが、どうしても今日お祝いを伝えたくて」
「良いのよ。私の方こそ忙しくて、ろくなおもてなしができないけど、ごめんなさいね」
「とんでも無いですっ!」
私たちはいつも通り席に着くと、侍女に下がるよう命じた。4年間ずっと、私たちは二人きりのお茶会を楽しんでいる。アストリッドは生まれながらの貴族令嬢で、マナーと教養も完璧だった。彼女からレディとしての振る舞いを学ぶことも多い。
今日も流れるような美しい所作で、アストリッドはティーカップに口をつけている。指の先まで美しい。一口紅茶を飲んでから、アストリッドは本題に入った。
「明日からヴェルヘルムに向かわれるのですか? 良いなあ。私もデビュタントの際は皇女様のように、盛大なお祝いをしてみたいものです。皇女様の初めての遠出ですもの、きっと沢山の人がお供するのでしょう?」
「そうね、クリスお兄様がパートナーとして同行してくださるわ。それから、護衛として騎士も数人ついてきてくれるの」
「騎士? それってもしかして、シモンも同行するのですか?」
アストリッドの口から、シモンの名前が当然のように出てくることに、私の指先が思わず反応する。
シモンから聞いた話だが、アストリッドはよく騎士団の訓練場にも顔を出しているそうだ。私と仲が良いという理由で、アストリッドは自分もシモンと仲が良いと思っているらしい。
私は、静かにティーカップを置くと、どうにか笑顔でそれに返した。
「ええ、そうよ。彼は私の専属騎士になったから」
「へ……?」
どうやら初耳だったのか、アストリッドは緑色の瞳をまん丸に見開いて驚いている。その表情を見て、私は少し反省した。大人気無い。なんだか意地悪を言った気分になってしまう。
次いで、アストリッドは少し困ったように視線を泳がし始める。もじもじと何か言い辛そうに言葉を探してから、どうにか私に問い返した。
「専属騎士……それは、皇女様が命じたのですか?」
「……いいえ、皇室の専属騎士は志願制なの。志願者の中からトーナメントで優勝したから、シモンが選ばれたのよ」
「皇女様から、シモンに出場するようお願いしたのですか?」
さっきから何なのだろう。この、無性に苛々する言い回しは。まるで、シモンが望んでいないのに、私が無理に専属騎士にさせたような言い草ではないか。本当は逆だ。私が望んでいないのに、勝手にシモンが専属騎士になった。
そう言ってやりたいが、私の中の理性がそれをグッと堪えさせる。そして、どうにか皇女として相応しい振る舞いを意識しつつ、冷静に言い返そうと口を開いた。
「シモンの方から、どうしても、私の専属騎士になりたいって言ってきたの」
しかし、私の口から出たのは自分が思ったよりも何倍か嫌味な言い方である。なんでこんな言い方をしたのか、自分でもよくわからない。けれど、アストリッドにはこういう言い方をしなければならないと、何となく、そんな気がした。
すると、その場の空気が変わった。いつもは和やかなお茶会だが、少し張り詰めたような空気感だ。私はこの空気を知っている。これは、戦場の空気とよく似ていた。
何となく、この愛らしいお茶会の場が、唐突に戦場に変わったような、そんな錯覚を覚える。
アストリッドは、すっと真面目な表情を見せた。それから少しうつむいてから、次に顔を上げると微かに瞳を潤ませている。両手の指を絡ませて、私に懇願するような視線を送っていた。
小さな薔薇の花のような、愛らしい唇から、か細い声が絞り出される。
「皇女様、実は私……シモンのことをお慕いしているんです」
それは、初めて知る事実だった。そのはずなのに、私の感情はどこか冷めている。「でしょうね」という言葉が口から出そうで、私は慌てて言葉を飲み込んだ。
私の元へ遊びにくるのは口実で、本当はシモンの元へ会いに来ていたようなものなのだろう。彼女が初めてシモンと顔を合わせたのは、4年前、まだ私の遊び相手として訪問を始めてから数ヶ月程度の頃だ。
いつものように私とシモンとユリウスの三人で公園にいると、予定にないはずなのに、唐突に遊びに来たアストリッドが現れたのだ。
そのとき、ユリウスはアストリッドが何者なのか知ると、すぐに何処かへ行ってしまった。シモンは大して気にした風でもなく、いつもの調子でアストリッドと接していたので、貴族令嬢なのだから礼儀を弁えるよう叱ったのを覚えている。
その時から既に、アストリッドはシモンのことを、どこか熱を帯びた瞳で見ていた。
頭では理解していなかったが、何となく、そんな気はしていた。そうなんじゃないかと、思っていた。でも、それだけだ。私には、何の関係もない話である。
どうして彼女がシモンに恋をしたのかは分からない。顔が好みだったのか、騎士として優秀だからなのか、それとも単純に私の友達だからなのか。知る由もないことだ。
彼女からの告白に、私は冷めた目で見つめ返すことしか出来ない。
「……それで?」
「皇女様は、シモンのことをどう思っているのですか?」
必死にそう問いかけてくるアストリッドに、私は内心動揺した。もちろん、表情には出さないように。
シモンのことをどう思っているか。それが、恋愛面の話だということは、流石に話の流れでわかっている。けれど、私はそんなこと、考えたこともなかった。
シモンは、友達だ。この4年間ずっと一緒に成長してきた、大切な人だ。この感情を何と表現したら良いのか、わからない。
親友。そんな言葉で片付けてしまって良いのだろうか。本当に。
けれど、シモンのことを恋愛の意味で好きだという自信がない。私は、そんな感情を知らなかった。それに、もうすぐ皇室を去る私が、折角皇室の騎士になったシモンのことを、そんな風に想うのは間違っている。彼の負担にはなりたくない。
それに、私は今の関係が心地良かった。もし私がシモンに大して友愛以外の感情を向けてしまえば、今の関係が壊れてしまう。それを考えると、怖い。
私は『理性的に』そう判断すると、アストリッドに向かい合う。
「……大切な、友人よ」
その言葉を聞くと、涙目だったアストリッドの表情がみるみる明るくなった。まるで花が咲くように、満面の笑顔を私に向ける。
「ああ、良かった! それなら、私がシモンと愛し合っても、皇女様は許して下さいますよね?」
「どうして、私の許しが必要なの?」
「だってシモンのご主人様でしょう? ああ、そうだ!」
アストリッドは、何かいいことを思いついたように、小さな手の平を軽く合わせた。そして、天使のような微笑みで、私にこう提案する。
「皇女様が皇室を追放されたら、我が家に来ませんか? そうしたら、シモンも主人と離れなくて済むでしょう?」
「……は?」
「ああ、でも――」
自分で提案してから、アストリッドは困ったように首を傾げる。コロコロと変わる表情全てが完璧で、私は思わず感心してしまった。けれど、続いた彼女の言葉に、思わず耳を疑ってしまう。
「皇女様の出自で私と同じ立場は難しいので、『使用人』という立場になってしまいますね」
そう、まるで悪意の欠片も無いかのように、アストリッドが言った。天使のような顔の裏に、いったいどんな感情が隠れているのか、私は読み取ることすら出来ない。
彼女がどうして、そんなことを笑顔で言えるのか、分からなかった。少なくとも私たちは、表面上は、仲の良い友達だと思っていたから。
そんな私の気持ちを嘲笑うかのように、アストリッドは続ける。
「でも、皇女様は母君と似ているそうですから、母君とお揃いで皇女様も問題ないですよね?」
「本気で言っているの……?」
「あ、無理にとは言いませんよ! でも私とシモンが恋仲になって、ユリウスお兄様がポールソン家に帰ってきたら、私のお兄様になるでしょう? そうしたら皇女様が独りぼっちになってしまうと思って。私、心配なんです」
哀れみのこもった瞳で、アストリッドは私を見つめてくる。そうか、この子はずっと私をそんな風に思っていたのか。可哀想な子だと、独りぼっちの子だと。
いま私は、ユリウスという素敵な兄と、シモンという大好きな親友に囲まれて幸せに過ごしている。けれど私の立場はもうすぐアストリッドにすげ変わるのだと、そう言いたいのだろう。
しかも、使用人という立場からその様子を近くで見ていろと、そこまで言っているのだ。
なるほど、ここは戦場か。私は気分を切り替えて大きく息を吸い込むと、小さく吐き出していく。戦場なら、こんな小娘相手に負けるわけにはいかない。
私も少しうつむいてから、勢いよく顔を上げた。少し涙を滲ませた目で、椅子から立ち上がると身を乗り出して、しっかりとアストリッドの手を両手で握りしめる。
驚いた表情のアストリッドに、私は今まで彼女に見せたことがないほど感情的な様子で、言葉を発した。
「まあアスタ……! そんなに私のことを心配してくれるなんて、本当に優しいのね! こんな友達を持って、私はなんて幸せ者なのかしらっ!」
「……へ?」
「でも安心して、貴女の――ポールソン家の施しなんて、私には必要ないのよ」
私は落ち着いた素振りで再び椅子に座り直す。こんな演技ができるのも、エレオノーラのお陰だろう。あの人がずっと人前で大袈裟な演技をするのを見てきたから、何となくやり方を覚えてしまった。
私は、涙を拭う振りをしながら、言葉を続ける。
「私は皇室を追放されても、独りぼっちなんかじゃないわ。知ってる? 専属騎士はね、主人が命令しない限り、ずっと傍を離れないの。だから私は、ずっとシモンと一緒なのよ」
「で、でも皇女様はシモンのこと……」
「私は騎士としてシモンには、ずっと傍にいて欲しいと思っているわ。だから、この先も手放すつもりなんて無いの」
嘘だ。いま咄嗟に、彼女に一発お見舞いしたくて思いついた、真っ赤な嘘。何故なら彼女からシモンを取り上げるのが、一番効果がありそうだと思ったから。
ごめんねシモン。貴方が嫌なら私の傍にいなくても良いからね。そう心の中で謝りながら、私は続ける。アストリッドの表情が、みるみる強張っていた。
「アスタがシモンのことを好きだとしても、こればかりは仕方がないわね。だって、彼は私のモノなんだから」
「そんなこと……シモンが嫌がっているのに、そんなこと出来るんですか?」
「嫌がる? 何を言っているの?」
ああ、どうしよう。私の中の良心の呵責がそれ以上はいけないと警告する。けれど、私は止まらなかった。理性ではなく、感情が。この女の子に復讐しろと囃し立ててくる。
ごめんねシモン。今だけはちょっと、嘘をつかせて。そう謝りながら、私は根も歯もないことを口にした。
「私が彼のことをどう思っているかはさて置き、シモンが私のことを好きだから、仕方ないじゃない?」
この言葉で、アストリッドは蹌踉けるほどのダメージを受けた。椅子から落ちそうになるほど、衝撃だったらしい。天使ように完璧な顔が、憎悪で歪んで見える。
勝った。
これが女同士の戦場か。と、私は内心で額の汗を拭う。デビュタントを終えて社交界へ出れば、こんなことばかりだったのだろう。このまま社交界へ出ることはなさそうなのが、本当に救いだ。
正直、物理的な戦場の方が何倍もマシである。
アストリッドは、嘘だ嘘だと口の中で何度も唱えながら、うつむいてしまった。まあ、本当に嘘なのだが、それを証明する証拠は、どちらも持ち合わせていない。もし今ここにシモンを呼んで問い正すと言われない限りは大丈夫だろう。
いや、もし彼女がそんな無茶な提案をしたとしても、断れば良いだけだ。なぜなら私は、皇女だから。この場に於いて、彼女より私の発言が力を持つ。それは当然のことだ。
私は優雅な所作でティーカップを口に運んだ。美味しい。今日の紅茶は普段の何倍も美味しく感じる。
アストリッドはふらふらと立ち上がると、私に向かって頭を下げる。どうやら今日はもう帰るらしい。
「……申し訳ございません。気分が悪いので、本日は失礼致します」
「まあ大変、大丈夫? 兵士に出口まで送らせましょう」
「いいえ。お気遣いは不要です」
「遠慮しないで。気分が悪いのに、皇室の敷地内で道に迷ったらいけないもの」
そう言って私は、侍女を一人呼ぶと、マゼンタ宮の出口に兵士を一人待たせるように伝えておく。これでアストリッドは、いつものようにシモンのところへ寄ることも出来ないだろう。
侍女が戻ってくるまでの間に、アストリッドは最後の抵抗なのか、私の顔を見ずに呟いた。
「……それでもユリウスお兄様は、私だけのお兄様になる」
負け惜しみのような言葉に、私は小さくため息をつく。そして、私も彼女の顔を見ずにその言葉へ答えた。
「血の繋がりは覆せないわ。私がユーリお兄様の唯一の妹であり、貴女がただの従姉妹に過ぎないのは、変えられない事実なのよ。それに……」
私はアストリッドを見る。アストリッドも私を見た。二人の視線がぶつかったタイミングで、私は勝ち誇ったように微笑んだ。
「ユーリお兄様が愛しているのは、『私』だもの」
それは妹だからという理由だけではない。ユリウスは、クリストフェルのように血の繋がった弟妹なら誰でも愛するような人じゃない。
ユリウスは、アンジェリカという少女だから、兄妹として愛してくれている。これは嘘ではない、確固たる自信だった。
◇
私は部屋に戻ると、清々しい気分でベッドの上に飛び込んだ。ずっとアストリッドに対して、モヤモヤした感情を抱えていたが、その正体をようやく掴めた気がする。
女の子の友達なんて、前世でも存在しなかったから、こんなものかと思っていた。けれど、あの子は私を哀れんでいたのだ。いつからかは分からないが、対等な友人ではなかったという訳だ。
まだ暫くの間、友達ごっこは続くかも知れないが、それでも幾分か気持ちが楽だ。もうお互い上べを取り繕わなくても良いのだから。
それにしても、シモンには悪いことをしてしまったなと、改めて反省する。いくら親友とはいえ、言っていい嘘と悪い嘘があるだろう。
もし、シモンがアストリッドのことを好きだったらどうしよう。まあそれなら、私がシモンを手放せば良いだけだろう。彼女から馬鹿にされるかも知れないが、シモンの幸せのためなら甘んじて受け入れよう。
しかし、そんな未来を想像してみようとするが、あまりピンと来なかった。全然想像できない。私の想像力が乏しいせいだろうか。
そもそも、シモンが私のことを好きだなんて、あり得ない嘘をついてしまった。それこそ想像もできないだろう。シモンは私のことを……――私のことを?
――どう思っているのだろうか。
4年間ずっと一緒だった。毎年誕生日プレゼントをくれて、お祝いしてくれた。剣の稽古も一緒にしていたし、初めの頃は私の方が技術も上だったけど、いつの間にか私では太刀打ちできないほど彼は強くなっていた。
シモンは、私のことをライバルのように思っているのだろうか。でも、剣の稽古をしていても、歳を取るにつれて私に対して気遣うような素振りが多くなった気もする。
女性を扱うように、優しくなった。それは彼が騎士として成長したのだと思っていたが、もしかすると……。
それに、私とユリウスが本の話で盛り上がっていると、どこか不貞腐れていた。皇室の行事で私たちが顔を出せない日が続くと、寂しそうにしていた。
でもそれは友人として当然だろうか。
けれど最近よく思うのは、シモンがたまに大人っぽい表情を見せることが増えたということだ。
私をみる時の瞳が、いつも真っ直ぐで、何かを訴えかけている。何かに気づいて欲しそうな、でも気づかないで欲しいような。
何故だろう。
――そういえばあんな視線を、昔も何処かで感じたような気がする。でも、思い出せない。
私は大きく頭を横に振った。いやいや考えすぎだろう。アンジェリカの感情に流され過ぎている。夢みがちな少女の感情が、思考を有らぬ方へと誘導していく。
でも、もし本当にそうだったら。
シモンが、私の専属騎士を誰にも譲りたくないと言った理由が、もし、私のことを好きだからだとしたら。
そんな、何の根拠もない空想で、私は顔が熱くなるのを感じる。あり得ない。アストリッドのせいで、変なことを想像――いや、妄想してしまっている。
「どうしよう……」
明日から一緒にヴェルヘルムへ行くというのに、なんだか顔を合わせるのが気まずくなる。私は無駄な抵抗だと分かりつつ、枕の中に真っ赤な顔をうずめるのだった。




