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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第75話 憧憬

イオアンは驚いた顔で少年の後ろ姿を見送った。だが彼はドレスを着ていた。少年ではなく少女なのだろうか? 戸惑ったような表情で尋ねる。

「彼はどうしたんだ?」


髑髏の仮面を被った男が答えた。

「いまは気にしなくていい。起き上がれそうか?」


イオアンは苦痛に顔を歪めながら、男たちの手を借りて、上体を起こした。


発作の後はいつもこうなのだ。

酷い頭痛。

手足が鉛のように重たい。


また発作を起こしたのは自分でも分かっていた。いずれ記憶は戻ってくるだろうが、それまでは無防備な子供のような、心もとない気分になる。


「辛いだろうが、ひとつ君に尋ねたい。その首飾りのことだ」

優しい口調で男が質問した。

「イオアン君、君はセウ家の嫡男だね」


イオアンは胸元にかかっている〈綺麗な首飾り〉を見下ろした。その重さと輝きに自分が何者であるかを確信し、気分が落ち着いてくる。


「その通り。私はイオアニス・クラウディウス・セウ。いずれ第十代目のセウ家の当主となる人間である」

そう答えたイオアンは、不思議そうに男たちを見回した。

「お前たちは、私を知らなかったのか?」


「いや、知ってはいたが、念のために確認したんだ」

「お前たちが私を助けてくれたのか?」

「そうだ。我々は君の仲間だ。安心してくれていい。発作後はしばらく、自分のことも分からなくなるそうだからな」

「それは自分でも分かっている……それで、ここはどこだ?」

「〈首なし騎士団〉の隠れ家だ」


「ああ、そうだったな」

だんだんイオアンの頭の中で記憶が形になり始めていた。

「さっきの彼に連れてきてもらったような気がする。確か彼の名前は……」


「エルだ」


「ああ、思い出した。エルだ!」

イオアンの頭の中で、市場で出会ったときの少年のイメージが蘇った。

「さっきの彼はどうして……?」


「君が元気になったから嬉しく泣いていたんだろう。気恥ずかしいのさ」

「そうか。それなら良かった……」

「私が不思議に思っているのは、セウ家の嫡男が、わざわざ危険な〈首なし騎士団〉の隠れ家を探し出そうとしたことだ。何か目的があったのかね?」

「目的……?」

「エルに香水をかけて追跡しようとしただろう?」


「ああ、あれは咄嗟に思いついたんだ、名案だとは思わないか?」

思い出したイオアンが笑顔になった。

「お前たちの宿を訪ねようと思ってたんだ」


「我々の宿に?」

「新市街の宿にでも泊まってるんだろうと思っていた」

「見つけたらどうするつもりだった?」


「そこまで深くは考えていなかったが……もしかしたら、会って話そうとしたのかもしれないな。いまこうして話しているように……」

イオアンが不思議そうに男たちを見回した。

「お前たちは本当に〈首なし騎士団〉なのか、からかってるんじゃないだろうな?」


「違う。我々は正真正銘の本物だ」

「そうか、信じられないよ。本で読んだことしかなかったからな」

「しつこいようで申し訳ないが、我々に会って何をするつもりだった?」

「何をするって……そこまでは考えていなかった。変わった動物を見てみたいのと同じだったと思う」

「変わった動物? じゃあ、我々は珍獣か」

「そうだな。帝国にいながら帝国では滅多に会えない珍獣だ。子供のときに歴史書で読んで以来ずっと気になっていてね。お前たちに憧れていたんだ」


髑髏の仮面を被った少年が不思議そうに尋ねる。

「俺たちに憧れるって?」


「権力者に従わず、帝国の庇護も受けず、辺境を放浪している。絶対に私には真似のできないことだ。格好いいじゃないか!」


「……そんな格好いいもんでもないけどな」

と騎士の一人がぼやく。


「いや、その髑髏の仮面は不気味で洒落ていると思うぞ」

と褒めたイオアンは、四人の男たちを見回した。

「だが、ずっとつけたままなのか? それはそれで不便だろう」


「いや、そうじゃない。君が誰だかも分かったし、我々も脱ぐとしよう」

とリーダー格の男が髑髏の仮面を脱いだ。

「もう芝居は終わったからな。私はカルハースという。驚いたかね」


カルハースは三十過ぎの色白の男で、白っぽい金髪を香油で後ろに撫でつけ、尖った口髭が丁寧に整えられている。大きく見開かれた目は情熱的で、イオアンをじっと見つめている。貴族的な繊細さと野性味に、さらには、どこか狂気を感じさせる雰囲気をまとっている男だった。


「いや、思っていたより普通だな」

じろじろと見ていたイオアンが答えると、カルハースが頷く。

「そうさ、我々だって人間だからな」


急に顔をしかめたイオアンが呻き声をあげると、カルハースが訊いた。

「大丈夫かね?」

「ああ、こうやって少しずつ記憶が戻ってくるんだ。なんとなく、ここに来た経緯を思い出したよ」

「では……椅子の上に立っていたこともか?」


「……あのときの私は、自分の正体を明かすのを拒んだ」

イオアンは床に倒れている椅子を眺めた。

「それで、お前たちは私を殺そうとしたんだ」


「こう言っても、信じてもらえるとは思わないが……」

とカルハースが誠実そうな表情をつくった。

「あれは、あくまで脅すつもりだった」


「……本当か?」

「本当だ。死にかけた君からしたら、信じられないだろうがね」

「いや、信じるよ……殺そうとするならもっと簡単に、手間をかけずに殺せたはずだからな。いまはどうなんだ?」


「いやいや、絶対に殺したりしない」

慌てたようにカルハースが首を振った。

「セウ家の嫡男に手をかけたりしたら、とんでもないことが起きるからな」


「そうか? ここなら誰にもばれないだろう」

「だとしてもだ。むしろ私が危惧しているのは、君がこれから死を選ばないか、ということなんだ」

「私が……?」

「君は椅子の上で、死を望むような言葉を口走っていた」


「確かに、楽になれるんじゃないかと思っていた……」

イオアンは考えていたことを思い返した。

「少なくとも無駄死にじゃない。誰かのために死ぬことができる。それに、どうせ臆病な私は自分の力では死ねないだろう……誰かにやってもらえれば確実に死ねる……そんなことを考えていたんだと思う」


「それは、いまでも変わらないのか?」

「分からないな……だが、絶対にないとも言い切れない」


「そうか……そうだろうな。急にそういう気分に襲われるときがあるのも分かる。もし本当に自分の人生を終わらせたいのなら、私は止めたりしない」

カルハースが短剣を差し出した。

「君にチャンスをあげよう。本気なら、今度こそ自分の手で決着をつけるべきだ」


「それは……」

美しい短剣を見つめたイオアンは、ごくりと唾を飲み込んだ。

「……エルの短剣じゃないのか?」


「そうだ」

頷いたカルハースは、短剣をイオアンの手に握らせた。

「一度は君の血で汚れている。もう一度汚れても気にしないだろう」


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