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綺麗な首飾り|誰かにかけられた呪いに解きかた  作者: 神代紫音
第三章 隠れ家|朝~昼|イオアンは古い物語を聞かされ、芝居の稽古に参加し、舞台で演じる
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第74話 失墜

カルハースたちは言葉を失った。


永遠とも思える一瞬が過ぎたあと、ぶら下がっているイオアンの体が痙攣し、縄が切れ、どさりと床に落ちた。


「イオアン様!!」

絶叫したエルが、イオアンのもとに駆け寄る。


瞼を開いたまま、イオアンの目はあらぬ方向を向いている。その顔は呼吸が止まったせいで青黒く変色していた。最初は小刻みだった痙攣がしだいに激しくなっていき、人形遣いに揺すられた操り人形のように、がくがくと手足が不自然に動き始めた。口から白い泡を吹き、噛んだのか血が混じっている。


悪魔憑きのように床の上でもがいているイオアンを、カルハースたちもどうしたらよいのか分からず、驚いた表情で顔を見合わせている。ダルトンが見かねて、イオアンの体を押さえ込もうとすると、


「触るな!」

とエルがダルトンの体を引き剥がした。

「しばらくしたら収まるから、いまはそっとして!」


しばらくするとエルの言葉通り、イオアンの痙攣は収まった。糸が切れた人形のように体をだらりと弛緩させている。


「イオアン様……」

とエルが呼びかけたが返事はない。


目を閉じて、イオアンが大きな鼾をかきはじめたが、それは聞いていて不安になるような、何かが挟まっているような呼吸音だった。


「喉が詰まって死ぬんじゃないのか」

とブシェルが心配そうに呟くと、エルが何か思い出した表情で、イオアンの体を横向きにした。


鼾は止まり、普通の呼吸音になった。だがイオアンの顔も髪も激しい運動をしたかのように汗でぐっしょりと濡れ、その寝息も安らかとは言えない苦しそうなものだった。疲れ切ったような表情をして、まだ血の気も完全には戻っていない。


それでもイオアンは死んでいないのだ――。


必死に生きようとしているイオアンの体を見下ろしているエルの目には涙が溜まり、すぐに溢れだし、大粒の涙となり、ぽたぽたと垂れてイオアンの鬱金色のローブを濡らした。エルのなかの深いところから震えが起き、さらに嗚咽が漏れ、目の前が見えなくなって、大声で泣き叫びながら、イオアンの体にすがりついた。


その、あまりの号泣ぶりにディオンがいたたまれなくなり、声をかけようとしたが、父親のダルトンがそっとしておけというように顔を横に振った。


ブシェルが指摘した。

「……縄のせいで苦しいんじゃないか?」


イオアンの首にかかった縄の輪は、頭の上で切れたままだった。カルハースが、イオアンのそばに跪き、縄を解こうとしたが、ぶら下がったときの体の重さで固く締まったのか、容易に結び目は解けなかった。


「エル、お前の短剣を貸せ」

「なに?」目を真っ赤にしたエルが、イオアンの体から顔を上げた。

「イオアン君の首の縄を切るんだ」


エルは鞘から短剣を抜いた。

「……俺が自分で切るよ」

鼻をすすり、体を震わせながら、イオアンの首の近くに移動する。


その様子を見ていたカルハースが気づいた。イオアンの縄の切れ方が不自然だった。梁を見上げ、そこから垂れ下がっている縄の端を確認する。


「エル、お前、何か小細工をしただろ」

「え?」

「奇術師の老人に習ったのか?」


エルはよく聞こえなかったような反応をすると、縄を安全に切るために、イオアンのローブの胸元を広げた。すると、立ち獅子の金細工に十二の宝石のペンダントが床にこぼれ落ちた。


あっ、と声をあげて、エルの動きが止まった。


ペンダントを目にしたカルハースも驚いた表情で、

「……エル、お前は知っていたのか?」

とエルに尋ねた。


「うん……アルケタから貰ったんだって。凄い魔力があるんだ。綺麗な首飾りっていう名前なんだよ」


「〈綺麗な首飾り〉だと!」

とカルハースが叫び、ダルトンとブシェルと顔を見合わせた。


三人の様子にディオンが、

「どうしたの?」

と不思議そうな顔をする。


カルハースはイオアンの体から離れると、腰が抜けたように床に手をついた。

「エル、お前のお陰で我々は命拾いをしたようだぞ……」


「どういうこと……?」

「イオアン君が死んでいたら、とんでもないことになっていた」

「そうだよ、本当によかった……」

「お前の気持ちは分かるが、そういうことじゃないんだ。その首飾りで、イオアン君の正体が分かった」

「え?」

「イオアン君は……セウ家の嫡男だったようだ」

「なに言ってんだよ、それはアルケタだろ?」

「世間ではそう思われているし、私もてっきり忘れていたが、アルケタの上に病弱な兄がいたんだ。噂を聞かないからとっくに病死したと思っていたが、その兄がイオアン君だったというわけだ」

「そんなはずないよ! だってイオアン様は……」

「いや、辻褄は合う。高価な奥方のドレスを盗めたのも、セウ伯爵と家臣たちを交渉だけで引き上げさせたのも……だから可能だったわけか……」

「そんな……」


「それは〈綺麗な首飾り〉といって、セウ家の家宝のようなものだ。タタリオン家から下賜された機会に、それに合わせてセウ家は紋章を変えた。それぐらい特別な首飾りなんだよ。まさか自分の目で拝むことになるとは思わなかったがな……」


「イオアン様が……セウ家の嫡男」


「つまり爵位継承者ということだ。いずれオウグウス・セウが死んだら、イオアン君がセウ伯爵になる。危うく帝国の最重要人物を殺すところだったな」


「そんなこと、ひと言も俺には……」

「お前がセウ家を憎んでいることに気づいたんだろう。だからイオアン君は……」

「……俺を騙してたんだ」

「そうとも言えるが、お前に気を遣ったんだ」

「……会ったときから全部が演技だったんだ……市場のときも、ドレスを着せたときも、石切り場で一夜を過ごしたときも、ずっと隠してたんだ!」

「エル、仕方がないだろう。お前に話せるわけがない」


「なんでさ! 俺は石切り場で首飾りを見せてもらったんだ!」

とエルは短剣をきつく握りしめた。

「……あのときに本当のことを話せたはず。だいたいセウ家の嫡男なら、簡単に父親のオウグウスに頼めたはずじゃないか! それをさも大変そうな振りをしてさ、わざと俺に恩を着せたんだ……」


「エル……イオアン君がそんな人間じゃないのは分かるだろう」


「分かるもんか!」

とエルは叫んだ。

「セウ家の連中はいっつもそうだ!」


「……分かったからエル、まずはその短剣をしまえ」

そうカルハースに言われ、エルは握りしめている短剣に気がついた。刃先には黒く乾いた血がこびりついている。

エルは体をぶるぶると震わせながら、美しい短剣を掲げた。

「俺の短剣が、セウ家の血で汚されたんだ……」


カルハースが目配せすると、さっとダルトンが飛びつき、エルから短剣を取り上げようとした。エルとダルトンでもみ合いになる。

「何すんだよ!」


呻き声をあげて、イオアンが目を覚ました。


「イオアン君! 大丈夫かね?」

カルハースがイオアンに近づいて呼びかけ、その瞬間、気が逸れたエルから、ダルトンが短剣を奪い取った。


眩しそうに目を細めたイオアンは、警戒心も露わにまわりを見回した。髑髏の仮面を被った見知らぬ男たちに囲まれていた。

「ここはどこだ?」


「ここか? ここは〈首なし騎士団〉の隠れ家だ」

「……〈首なし騎士団〉だと?」

「我々のことを覚えていないのか?」


「いや、知らないな」

イオアンは、自分を凝視しているエルに気づくと、訝しげな顔をした。

「お前は、いったい何者だ?」


その言葉を聞いたエルの目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。エルは叫び声をあげて駆けだすと、部屋から出ていってしまった。


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