第66話 演目
イオアンはきょとんとした。
「エルがいない? どういうことだ」
「ブッケルムが戻ってきた以上、エルの居場所はなくなるのだよ」
怪訝な表情をしているイオアンに、カルハースが答えた。
「この物語の難点はそこなんだ。だから私も悩んでいたのだ。ブッケルムの呪いが解除されると、いずれ、エルは我々から去ることになる」
「なぜだ? お前たちの誤解は解け、騎士団からの追放も解かれ、これからは薔薇色の毎日になるんじゃないのか?」
「だからだよ。追放が解除されれば、我々は他の一党との交流が復活することになる。そうなると他の騎士たちは、エルやダマリを快く思わないだろう」
「しかし、そんなものは糞くらえだと……」
「それは追放されていたからこそだ。昔の仲間が戻ってくれば、数十人の大所帯になる。エルがここにいる必要がない。仮に私が了承したとしても、エルの性格からすると居心地が悪いんじゃないかね? いまの四人となら上手くやれるが、〈首なし騎士団〉のなかには、極めて保守的な騎士も多いんだ。ぶつかると思う」
「それでは、あまりにエルが……」
「……不憫だとは私も思う。せっかくブッケルムを連れ戻したのに、そのせいで騎士団から追い出されることになるんだからな」
溜息を洩らしたカルハースが部屋の奥を眺めると、まだドレス姿のエルが、ディオンに追いかけられていた。エルの楽しそうな姿に、カルハースは首を振った。
「だが、君が認識しているか知らないが、エルは個人的に騎士という階級に対して激しい憎しみを抱いているんだ。むしろ我々から離れるほうが、エルのためにはいいのかもしれないと思っているのだよ……」
「このことをエルは……?」
「まったく想像もしていないだろう。ブッケルムの過去の経緯も知らないしな。だからこそ私は、エルをここに呼ばなかったんだ」
「なんとかならないのか?」
深く椅子に座り込んだカルハースが腕を組んだ。
「まあ……なくはない」
「あるのか? 回避する方法が!」
「ある。それが、もうひとつの物語なのだ」
「もうひとつの物語?」
「最初に芝居の演目の候補がふたつあると言っただろう。ブッケルムとは関係のない、まったく別の物語だ」
「よく分からないが、その物語ならエルは残れるのか?」
「残れる。おそらくな」
「おそらく? はっきりしないのか?」
「まだ私にも筋書きがはっきりしないのだ。残れるとは思うが、エルがどう選択するかによっても変わってくる。結末が分岐してるのでね」
「それで、どんな物語なんだ?」
カルハースはイオアンへ顔を向けると、首を傾げた。
「……君に説明するのは難しい」
「なぜだ。騎士団のメンバーではない私には、無理ということか?」
「いや、騎士団のメンバーであるかは関係ない。個人の勇気と誠実さの問題なのだ。だが君には恩義もあるし、すでに石切り場の行動で証明している」
カルハースが身を乗り出し、手を組んだ。
「イオアン君、あの誓いはまだ有効かね? つまり、エルとブッケルムのためなら命を賭けれるということだが」
「有効だが……」
カルハースの真剣な声音に、イオアンはごくりと唾を飲み込んだ。
「……なぜブッケルムもなんだ?」
「分からないかね? ブッケルムに関する誤解が解け、タタリオン家との取引が再開することになれば、円卓の騎士たちはブッケルムを伯爵に返還しようとするだろう。当たり前のことだ。どれほど酷い仕打ちをしようと、金貨三百枚を支払った伯爵に所有権があるんだからな。私にはどうすることもできない」
「そんな……」
とイオアンは愕然とした。
「では、何のためにブッケルムを盗み出したんだ! エルは居場所を失い、ブッケルムはまた屋敷に戻ることになる!」
「そうだな、我々に対する誤解が解けるぐらいだろう。だが、もうひとつの物語……そうだな、これを『謎解きの物語』とでも呼ぼうか。この物語を選ぶのなら、エルもブッケルムも我々のところに残ることができるだろう」
「だから、どんな物語なんだ」
イオアンが身を乗り出すと、逆にカルハースが身を引いた。
「くどいようで申し訳ないが、命を賭けるという君の誓いに嘘偽りはないな?」
イオアンは無言で頷いた。
「君は学者だそうだが、その姿勢は騎士にも劣らない素晴らしいものだよ」
「いいから早く教えてくれ!」
「では、みんなも読んで、一緒に説明することにしよう」
立ち上がったカルハースが、部屋の奥を眺めた。
暖炉の前では、ダルトンとブシェルが椅子に座って話し込み、エルとディオンが何か叫びながらじゃれ合っている。
「集まってくれ! これから芝居を始めるぞ!」
どうしてこんな状況になったんだ?
椅子に座って待ちながら、イオアンは頭が痛くなってきた。
私は〈首なし騎士団〉の秘密を探りにきたんじゃなかったのか? それなのに、どうして劇団ごっこのようなことになっているんだ?
イオアンの困惑をよそに、どやどやとエルたちが集まってきた。
「何をやるか決まったの?」
カルハースとイオアンの前に立ったエルは、興味津々な様子で尋ねた。
その表情を見て、イオアンは何とも言えない気持ちになった。すっかり元気になっている。生意気な盗賊というより、ふつうにいる十五歳の少年のようだった。
カルハースが答えた。
「候補がふたつあるんだ。どちらがいいのか、イオアン君とじっくり相談していた」
「へえ」
「今度はエル、お前に聞きたい。お前も初めてだからな」
イオアンが驚いて尋ねた。
「さっきの話しでは、謎解きの物語にするんじゃなかったのか?」
「エルも出演するかもしれない。演目を選ぶ権利ぐらいはあってしかるべきだ」
とカルハースはさも当然とというように答えた。
何も知らないエルに選ばせるのか、残酷だな――。
そう思ったイオアンは眉をひそめたが、エルは無邪気そうに質問した。
「で、どんな芝居?」
「ひとつは、ブッケルムの物語だ」
「ブッケルム? じゃあ俺たちってこと!」
とエルは、暗い顔をしているイオアンを見て、目を輝かせた。
「イオアン様も出るの!?」
「そういうことになる」
とカルハースが頷いた。
「ブッケルムが生まれたところから始まり、これからどうなるかまでの物語だ」
「へー、面白そうじゃん!」
「もうひとつは、謎解きの物語だ」
「どんな話?」
「まだ筋書きは未定だ。これからみんなで作っていくことになる。エル、お前はどっちをやりたい」
「イオアン様はどっちなの?」
「駄目だ。お前が演じたいほうを選ぶんだ」
「ブッケルムを選んだ場合、俺はこのまま?」
「もちろんだ。そのためにドレスを脱がせなかったんだからな」
「じゃあ、ブッケルムのほうかな……」
頷いたカルハースが、イオアンへ顔を向けた。
「念のために訊くが、君はどうする?」
イオアンは、髑髏の仮面たちの視線が自分に注がれているのを感じた。それらを無視し、じっとエルを見つめて答えた。
「私は……謎解きの物語のほうがいいと思う」
「えー、やめようよ」
「私は演じるより、観客のほうが好きなんだ」
「そうなのか……」
「なんということだ、票が割れてしまった!」
と二人の表情を見比べながら、困ったようにカルハースが叫んだ。
「じゃあ、ディオンたちは?」とエル。
「いや、三人は今までも芝居をやったことがあるからいいんだ。何をやるかも、配役も分かっている。そうだ、ディオン、この前と同じ小道具を持ってきてくれ」
ディオンは無言で頷き、隣の食堂へ歩いていった。
「どちらを選ぶかだが、私も謎解きの物語がいいと思う。エル、すまないが多数決ということで我慢してくれ」
「なんだよー、最初から決まってたんだろ」
とエルは口を尖らせた。
「もう役とか決まってんの?」
「この物語の主役はイオアン君だ。そしてエルは観客になる……いや、もしかしたら悲劇のヒロインになるのかな?」
あんぐりと口を開けているイオアンを見て、エルが笑った。
「謎解きって、イオアン様が何か調べるわけ?」
「そうじゃない」
とカルハースが答えた。
「イオアン君が調べるんじゃなくて、イオアン君を調べるんだ」




