バージョン2.0
「ほんなら行ってきますわ」
「おう14時に駐車場やからな
遅れたら置いて行くでハッハッハ」
「遅れませんよ、ほな後で」
そう宣言した後、自転車に跨り
2日ぶりのアパートへ向かう
昨晩自宅から持って来たビデオで号泣した
カオルはそのまま寝てしまい
それを見た山村が叩き起こそうとしたのを
何とかアタルが宥め2人もそのまま就寝した
そして今朝9時半頃
山村の怒鳴り声で目覚めたアタルが見たのは
昨晩の事の責任を取らされ部屋を掃除する
カオルの姿だった
その後、遠征の予定を3人で話し合い
各自準備をして14時にコンビニの駐車場に集合することが決定
アタルは初めての遠征ということもあって
必要な物を2人に聞き
それらを取りにアパートへ戻るところだ
(荷物を入れるカバンと1週間分の着替え
タオルとバスタオルに歯ブラシにメモとペン
とまぁここまではエエねんけど……
サンダルと調理器具て何や?
自炊すんのか?……まぁエエわ用意するか)
もう何度目かになる道を戻りアパートへ到着
時計を見ると時刻は10時46分
早速準備を始める
タオルとバスタオルに歯ブラシ
更にメモとペンに調理器具は用意出来たが
荷物が全て入るカバンにサンダル
それに着替えのシャツとパンツが足りない
ハァ…と溜息を吐き
財布から所持金を確かめる
(10の…5と3と…84か…153084円やな
こっから………あっ!)
ここで重要な事を思い出した
家賃と公共料金の支払いである
1カ月アパートを空けるのに帰ってきたら住む場所が無いのは非常に困る
すぐに部屋を出て
隣の部屋のインターホンに手を伸ばす
ピンポーン…ピンポーン
が、返事はなく留守の様子
仕方なくその隣を訪ねるがここも留守
さらにその隣も留守だった
(クソッ…不味いな)
元々単身者向けのアパートの為か
月曜という事もあり人が居ない
祈るような気持ちでアパートの一番手前にある最後の部屋を訪ねる
ピンポーン…ピンポーン
すぐに中からハーイという女性の声が聞こえ
ガチャっとドアが開いた
出てきたのは若い20歳頃の綺麗な女性
ニコッと笑いながら此方を伺う
「何か御用ですか?」
やっと人が居た事にホッとしつつも質問する
「突然すいません
こちらのアパートの大家さんの連絡先を教えていただけませんでしょうか?」
「大家さんですか?連絡先は知りませんけど住んでる所なら道の向かいにある赤い屋根の家ですよ」
「あぁそうですか有難う御座います助かりました」
(そうやったんか看板には不動産屋の番号しか書いてないから焦ったわ)
「いえいえーお気になさらず」
「助かりましたそれでは失礼します
お邪魔しました」
(綺麗な女性やったから緊張したわ
しかし言うたら悪いけどこんなアパートに住んでるとは珍しい大学生かな)
あんな女性が同じアパートに住んでいる
そんな事に少し気分が良くなりつつ歩き
教えて貰った道向かいの家へと着いた
坂井と書かれた赤い屋根の大きな家にある
インターホンを押す
ピンポーン
すぐに男性の声がインターホン越しに聞こえる
「はい」
「突然すいません道向かいのアパートの大家さんのご自宅でしょうか? 」
「……そうやけど何か?」
「来月の家賃の支払いに参りました
お時間大丈夫でしょうか?」
「あぁそうかいなちょっと待ってや」
一瞬不審な反応をされたような気がしたが
家賃の支払いだと告げるとすぐに声は明るくなった
ガチャっと重そうな扉が開き、身なりの綺麗な60代ほどに見える恰幅の良い男性が
手提げの金庫を持って現れた
「いやーお待たせ またセールスかなと思て
悪かったな…ん?ニィさん何処の部屋や?」
「いや一番奥の部屋の家賃を払ってくるように代理で頼まれたんですよ、お願い出来ますか?」
そう告げると男性の顔は一気に険しくなる
「何や奥の部屋の代理かいな……
あの部屋は今月分も貰うてへんのやけど?
それも払ってくれるんか?」
それを聞き焦りながらも何とか答える
「そ、そうですか申し訳ありませんでした
勿論今月分もお支払い致します
ご迷惑お掛けしました」
そう言いながら頭を下げた
(あのゴミババア!!何が住んでない部屋の生活費を払う気は無いや!住んでる時も払ってへんやんけ!部屋は散らかす家賃は払わんでホンマ最悪やな!36000円もいるやんけ!)
そう言うと男性の顔はパッと明るくなった
「そうかぁほんなら36000円頼めるか
領収書出すからちょっと待ってや」
手提げの金庫から領収書を2枚出し日付と
但し書き、金額を記入し始めた
アタルが40000円を渡すとお釣りの4000円と領収書を2枚渡しながら愚痴を言う
「代理のニィさんに言うてもしゃあないけど
ウチは来月分の支払いをすんのが基本なんや
頼むわな」
「はい申し訳ありませんでした
よお言うて聞かせますんで失礼します」
そう言って何とか家賃の支払いを完了させ
部屋に戻って来た
…がアタルの怒りは収まらない
(クソッ何で俺が掃除して2日寝ただけで
頭下げて18000円も余計に払わなアカンねん!あー腹立つわ!これで公共料金も高かったらどないしよか…そうや郵便受け!請求書や!)
請求書の存在に気付き
急いで郵便受けを見るといくつかの請求書が届いている
カードの支払いや色々なDMの中にそれはあった
(えーと…電気が…3051円にガスが824円で
水道が…1545円?エラい安いな…
電気以外は最低料金ちゃうんかこれ?
あー…でもそうか料理も洗濯も無いから
ガスも水道も殆ど使わんのか
この部屋で寝るだけやったらテレビと明かりに電気ちょっと使うだけやもんな…あー良かった)
公共料金が安かったことに少し怒りが収まってきたアタルは袋の中から最後の1本となったコーヒーを飲み必要な物をメモする
(えー…デカいカバンそれと着替えのシャツとパンツが後5枚ずつぐらいとサンダルか
後は銀行行って公共料金の支払いやな)
予定が決まりホッと一息ついたと思うと
急に空腹感を思い出す
そういえば今日はまだ何も食べていない
(ラーメンでも食うか…)
袋から麺を2つ取り出し 麺のみの増量の質素なラーメンを作る
10分程で完成したラーメンを
2分程で平らげ 少し悩むが
最後の1つも作って食べてしまう
だがそれでもまだ満腹とは言えない
(恐ろしい身体やな…ラーメン3つやで…
もう何も無いし今は我慢するしかないけど
あったらまだ食べてたな…)
そんな身体に脅威を感じながらコーヒーも飲み終わり洗い物を済ませる
そして必要な荷物を一箇所にまとめておき
家を出た
銀行へ向かう途中
銭湯の向かいにあるスポーツ用品店に入り
大きなスポーツバッグを見るがどれも
有名メーカー品だけあって3000円〜5000円と少し高い
全くこだわりの無いアタルはやはりホームセンターで買うことを決意し店を出た
(アカンわ、やっぱ俺にはホームセンターしか無いな…こだわり無いから買う気がせんわ
そう言うたら何でもホームセンターで揃えてるなぁいやー助かってます)
そんな事を考えながら暫く進むと左手側に
銀行が見えてきた自転車を停め中に入る
番号札を取り少し待って窓口で公共料金の
支払いを完了
銀行を出て左の道なりに真っ直ぐ進み
そのままいつものホームセンターへ
慣れた足取りで店内を物色すると
誘導する赤い棒やヘルメットの置かれたコーナーに紺色の大きなカバンを発見
おそらくこれらを持ち運ぶ為の物だろうが
値段は1280円と安かったのでこれに決定
次はサンダル これは入り口付近にあった
赤のビーチサンダルが798円ですんなり決定
後はシャツとパンツ
パンツは3枚1480円のトランクスを2つ買い
同じくシャツも5枚入り4680円の白Tシャツを選んだ
レジに持って行こうとした時
ふと もう1着作業用スボンがあった方がいいかと思い作業服コーナーへ
すると5枚入り2480円と書かれた
濃い紺色のシャツを発見しかも汗を吸いやすいと書かれている……
すぐにそれを持ち、もう1着のズボンを手に取るが右の方に特価2500円と書かれた
グレーの作業用ツナギを見つけ手に取った
(これなら冬も使えるし上半身だけ はだけて
腰のとこを袖で止めたら夏でも大丈夫やな)
試着室に入り着て見ると少し大きめだが
十分着れる
早速それをカバンに入れ 白いTシャツを売り場に戻してレジに向かった
シャツとトランクスにサンダルとツナギを
大きなバッグに入れお会計すると
値段は合計10319円と中々の金額だ
必要経費だと割り切るのが少しツラい
店を出てアパートに戻る途中スポーツ用品店の前に知っている顔を見つけ
自転車を急ブレーキ!思わず声を掛ける
「西岡君!」
アタルより高い身長にパチっと大きな目
かつての友人兼クラスメイトの西岡君だ
しかし此方を見て慌てている様子
「えっ?誰ですか…すいません…」
(しまったぁぁあ…今の格好を忘れとった…)
今のアタルはボウズに黄色の縁ナシサングラスと腕捲りした白Tシャツ
下は水色の作業用ズボンに白のスニーカーを履いた作業員出勤モードだ
しかし声を掛けてしまったものは仕方ないと
サングラスを外し、なるべく優しめに声を掛ける
「ほら神崎やん一緒のクラスの
並んだモン順やったら一個前やんか
わからへんかなぁ?」
それを聞きサッと顔色が変わる西岡君
怯えた様に大声で謝り出した
「あっ!!ゴメン神崎君!!!
ホンマにゴメン!!許して!」
逆に慌てるアタル
「いやいや何で謝んの!?怒ってないから!
謝らんといてや!」
(何でや!?かなり優しめに言うたのに…)
それを聞きゆっくりと顔を上げる西岡君
「ホンマに?怒ってない?」
「怒ってへんよ…こんな格好やからわからんかったやろ?ゴメンな」
「ううん…気付かんかったから
でもその格好どないしたん?」
「あー……ホラ家貧乏やから…えーと…
親戚の仕事手伝ってんねん夏休みの間だけ」
「…そうなんや ゴメンな余計な事聞いて」
「いや全然エエよ
それより西岡君に謝らなアカン事があんねん」
「えっ何?何かあったかな?」
「いやホラ終業式の時に言うてもうたやん
西岡にも雑用やらせろや!とか松センに…
だからゴメンな
あまりにも腹立って八つ当たりになってもうたんやホンマに申し訳ない事したわ」
そう言って頭を下げるアタルに答える
「いや…あれはしゃあないよ
言われた時はビックリしたけど
いっつも神崎君がプリント取りに行ってたし…もう気にせんといて謝ってもらったしエエよ」
「ホンマに?いやーありがとう
ずっと引っかかってたんや
スッキリしたわー」
その様子を見て意外そうにする西岡君
「何か神崎君イメージと違うなぁ
皆んなが言うからもっと怖いと思ってたわ」
「皆んな言ってんの?何で?」
(皆んな!?他の子の事は言ってへんぞ!何でや!!)
西岡君が答えずらそうに言う
「いや あの……松谷先生殴ろうとしたやんか……関口先生が止めたけど…だから皆んなが怖いなぁって……」
「えぇぇぇぇえぇぇ!!」
(そうか!あれ見て怖がってるって事かぁ…
ミスったぁ……正に諸刃の剣や…)
「ほんで…これは噂なんやけど…」
更に気になるワードにアタルも真剣になる
「な、何?まだあんの?」
「うん…何か…ウチのクラスに三田と柿本っておるやろ?……あの子らが3年の先輩に
神崎連れてこいって言われたって……僕が部活の時に聞いたんやけど……」
「あーそうなんや、まぁそれは別にエエわ
大丈夫大丈夫ありがとうな西岡君」
(三田と柿本?どんな子やったかな?…
まぁ不良的な思春期真っ盛りな子やろ話的に)
「えっ大丈夫なん?」
「うんそれは大丈夫やねんけど…
そうかぁ………クラスの皆んなに怖がられてんのかぁ…ヘコむなぁ…」
(15歳の子に呼び出されても今更なぁ…
この前カミナリ様に呼び出されたし
それよりクラス全体に怖がられてるのはアカンわぁ空気重いやんけ……
あっ!終業式の日に会ったクラスの女の子に逃げられたのもそれが原因か!
…うわぁ完全にやらかしてるやん…ハァ)
その時 急に西岡君が焦り出した
「ゴメン神崎君!もう部活の昼練始まるから行くわゴメンな!」
「あっそうなんや引き留めてゴメンな
行って行ってまた登校日にな西岡君お疲れ」
「うんまたね神崎君バイバイ」
そう言って西岡君は自転車で去って行った
(バイバイかぁ…中学生やなぁ……
俺もお疲れ様とかやめなアカンかな?…
でもバイバイはこの歳でちょっとなぁ…
失礼にあたる場合が多いからな)
少し気持ちが沈みながらも自転車を漕ぎ
アパートに到着
気持ちを切り替え準備をする
(まぁ徐々に誤解を解くしかないわな
西岡君には謝れたし前進した!…と言うことにしとこう今は忘れモンないようにせんと)
荷物を全てカバンに入れ時刻は12時49分
色々な事があった為かなり時間を使ってしまった
今日は打つ事になるのだろうか?
念の為打ちに行く格好で用意を始める
早速先程買ったツナギとシャツを着て
ついでにサンダルも履いてみる
鏡がないのでどうなっているかは分からないがちゃんと着れたということにして家を出た
大きなカバンを肩から斜めに掛け
歩いてコンビニを目指す
蝉の鳴く声が響く中20分ほど歩きS店前に到着、左に曲がって更に進む
遊びに行くわけではないと分かっていながらも何だか緊張と期待でテンションが上がってしまう
暑い日中のアスファルトの上をひたすら歩き
広い国道沿いのコンビニが見えて来た
時間は13時50分
コンビニの駐車場にはもう見慣れた2人の姿がある
入り口の灰皿でタバコを吸っている様だ
そんな2人に後ろから声を掛ける
「お疲れ様です!」
2人がパッと振り返り……笑い出した
「アーハッハッハッハ!!アタルお前!
て、転職してるやんけ!!アカン腹痛いわ!ハーッハッハッハ!」
「そ、それはアカンわー!!ハーッハッハッハ!反則やってー!ハッハッハ!」
あまりに2人が笑うので不安になり
そこで初めてコンビニのガラスに映る自分の格好を見てみる
グレーのツナギの上をはだけて腰巻きにし
上は濃い紺色のシャツ
頭はタオルに縁ナシ黄色のサングラスと
足は赤いビーチサンダルを履いた
休憩中の整備士がそこにはいた
「そ、そんなに可笑しいですか?」
山村が笑いながら喋り出す
「怪盗アタルの変装第2弾や!次は整備士や
ハーッハッハッハ!アーハッハッハ!!」
カオルが何かを取り出しアタルに渡す
「アタルこれあげるから咥えてみて 頼むわ」
渡されたのは禁煙パイポ
それを咥えてクイッと上にあげ
「どうですか?」
そうアタルが言った瞬間本日一番の笑いが起こった