第二十六話 炎を纏いし兵士は決意する
「行くわよ!」
種崎の声で要も走り出す。
先は後手に回ってしまったせいでやられてしまった。ならば今度はこちらから攻めるべきだ。
対して茜は相変わらず余裕の笑みと態度である。ゆらゆらと青い炎が揺らぎ要たちを待ち構える。それはなにも不思議なことではない。茜からしたら負ける要素がなく、あとはどうやって要を西日本軍に連れて帰るかぐらいだ。
「説得して聞いてくれそうにもないし、彼女を人質にしたらいいのかな」
茜の目線が種崎に移る。
そして右手で一振り、薙ぎ払うと青い熱風が種崎を襲う。しかし種崎は鎌を縦に振り下ろし熱風を裂く。
「もうくらわないわよ!」
「あら、そうなの」
すると茜は炎の爪の形をしている両手を地面に突き刺すように押さえた。
茜の行動に要は一瞬立ち止まるか迷うが、要と種崎は近づかなければ攻撃することはできない。警戒を強くし間合いを詰めに行くと、
「紅蓮ノ型、獄炎槍」
その声で要と種崎の足元から渦を巻いて火柱が舞い上がった。
「ちっ!」
ちょうど二人の間から現れた火柱をうまく要と種崎は避けるが、二人に距離ができてしまう。同時にお互いの姿も見えなくなってしまった。
茜の狙いは分断させることなのか、助けに行くことができないうちに種崎を倒すつもりか。
そうであるならすぐに種崎の元に行かなければ、と要は地面を蹴ろうとした瞬間またしても火柱が舞い上がり要は後退してしまう。
「くそっ!」
まだ茜はあの場から攻撃して来ているのかと思い、要は茜のいる方へ首を向けるがその場に茜はいなかった。
「どういうことだ……」
疑問が要の顔に浮かぶ。
が、考えている暇もなく再度、火柱が地面から襲いかかる。
「またっ……!」
一体どうやって攻撃しているのかわからない要にいくつもの火柱が舞い上がり捉えられまいと必死に躱す。
これも新しい技なのか。見たことない技だがおそらく発動したら一定時間、標的を攻撃し続ける技なのかもしれない。確かに厄介ではあるが避けることはできる。こんなもの時間稼ぎくらいにしか……。
瞬間、思考した要の脳裏を破るように、
「きゃあぁっ!」
種崎の叫びがこだました。
「種崎っ!」
慌てて声のする方へ振り向く。
そして最悪の事態が要の頭をよぎった。まさか、本当に茜は種崎を……。
要はかき消すように走りだす。
自分の愚かさに自分自身を殴りたくなる。茜の狙いは種崎だと分かっていたはずだ。それなのに、種崎の位置もわからない状態で茜の攻撃に合わせていたなんて。
改めて自分の連携の能力の低さが分かり、苛立ちからか刀を握る拳が強くなる。
要が突き進む中、火柱が体に突き刺さるが痛みを忘れるように能力を発動し火柱を抜ける。
すると、要の眼前には最悪の光景が広がっていた。
少しの煙が地面に横たわっている種崎から上がっておりピクリとも動かなくなっていた。そして種崎から二メートルほど離れた位置に青い炎をゆらゆらと揺らしながら立っている茜、さらに無骨に転がっている再備装衣の鎌がある。
「やっぱり要は西日本軍の方がいいわよ。連携なんて似合わないことなんかするから、こんなことになるのよ」
ゆっくりと茜は要に視線を動かした。
「茜……、お前、本当に種崎を……」
動かない種崎に要はそのあとの言葉が出てこなかった。
「大丈夫よ、殺したりはしてないわ。ちょっと痛い目にあってもらって動けなくしただけだから」
死んでいない、そのことが分かり要は一つ息をはく。
「でも見ての通り瀕死よ。まあ、あなたが来る前から私と戦ってたんだから、当然といえば当然だけど」
「だ、誰が……瀕死、ですって……」
弱々しく発した種崎。右手を地面につけどうにか立てろうとするが全身の痛みから力が入らず四つん這いの状態で止まってしまう。
「こんなこと言ってるけど、要も分かってるよね。私が一撃でも加えたら死んでしまうということは」
おもむろに茜は右手を種崎へ向ける。それが何を意味しているのか理解するのに時間はかからなかった。
「や、やめろっ!」
「そんなに死なせたくなかったら西日本軍に戻ってきて。そしたら殺しまではしないわよ」
茜の提案は命令のように聞こえた。いや、実際そうなのだろう。要が首を横に振れば茜の右手から炎が放たれ種崎が殺されてしまう。
「それは……」
要は返答を渋る。
だからといってもう一度裏切るわけにはいかない。東日本で生きていくと、戦っていくと決めたのだから首を縦に振ることはできない。
しかし、このままでは種崎が危険だということも百も承知だ。一体どうすればいいのか……。
「それと」
要が思案していると茜が投げかけてきた。
「気になっていることがあるんだけど、要はこの戦いも戦争も終わらしたいんだよね?」
「……当たり前だ」
要は当然のことを言われ、茜の質問の意図が読めない。
「じゃあ聞くけど、あなたが東日本軍にいることで戦争が長引くと思わないの?」
「何を言って……」
「あなたは戦争を終わらしたいのに東日本軍にいることで逆に終わらないんじゃないのって言ってるの。実際、この戦いもあなたが西日本軍にいればすぐに終わるのに、あなたのせいで長引いてるじゃない」
茜の意見は至極真っ当であった。
要が東日本軍に所属することは戦争を終わらすことではなく長期化させる要因になる。それは要の為すべきことと矛盾している、と。
「将来的に考えれば西日本軍が勝つことが見えている戦争をあなたは泥沼化させようとしているのよ。そんなことすればもっと犠牲者が増えてしまうじゃない。なのにあなたは東日本軍にいるっていうの?」
「だからって……、俺にもう一度裏切れっていうのか」
「言ったはずよ、戦争を終わらせるつもりなら壁の一つや二つは越えなさいって。あなたが為したいことはそれだけ覚悟がいることなのよ」
要は言葉を詰まらせる。
茜の言っていることは何も間違っていない。要の為すことには相応の覚悟がいることも、茜の気持ちも十分に分かっている。
茜になんて言えばいいか見つからないでいると、
「それは、違うわよっ……!」
唐突に、種崎の声が響いた。
要、そして茜も声に反応して種崎の方へ向く。
そこにはふらつきながらも立ち上がっている種崎がいた。服はいたるところが焼けて無くなっており、肌が見えているところは火傷を負っている。
その姿から立っているのもやっとであり戦闘を続行することが難しいのは見ただけで分かる。
しかし種崎は顔を上げる。
「勝手に……、話を進めすぎなのよ……」
「ぜひ聞かしてほしいね、私の何が間違っているというの?」
茜は種崎に右手を向けたまま聞き返した。
「あんたの言っていることは、壁を越えることじゃない……、壁から逃げる方法よ」
「逃げる? 私の話を聞いててなんでそう思うのか分からないけど、誰も逃げろなんて言っていないでしょ」
「あんた、馬鹿じゃないの」
茜は種崎の一言に目を丸くしてしまう。まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
種崎は言葉を返さない茜を置いて話を続ける。
「こいつが東日本軍にいると難しいから、楽な西日本軍でやろうって言っているのと同じじゃない。そんなの逃避しているだけよ」
「じゃあ戦争の泥沼化はどうするの? 一度始まった戦争はどちらかが勝つまで終わらない、だったら早期に終わらせるようにするしかないでしょ」
「それがこいつの望む戦争の終わらせ方だと思ってるの?」
「えっ……」
茜は珍しく言葉を詰まらせた。
戦争を終わらせる、それは茜の中で疑いようもないことであった。そのために戦争に参加し、そのために要を西日本に引き戻そうとしていた。要の為すべきことは自分の為すべきことであると思っていた。
だが種崎の一言で揺らぎが生じる。
「昔からこいつを知っているんだったら、分かるでしょ」
「それは……」
今にも倒れそうな種崎に対して茜は一歩後ずさってしまう。
「じ、じゃあどうやって、終わらせるつもりなのよ?」
「……そんなの、本人に聞けばいいでしょ」
種崎の言葉で茜はゆっくりと首を要に向ける。
「要……」
何かにすがるように茜は発し、要に突き刺さる。
「俺は……」
要の中ではすでに決まっている。あの日、東日本軍として生きていくと覚悟した時から。
だから今の茜にも正面から答えなければならない。
要は真っ直ぐに目を向け口を開く。
「俺は東日本と西日本を講和させる」
「講和?」
「ああ。今は憑依文字のせいで戦力差があるけど、その戦力差を無くして平和的に終わらせる。戦力差がない状態での戦争なんて無意味なものだ。それに続けることもデメリットでしかない。だから講和へ向かうようまずは東日本軍の戦力を上げる。そのために俺は東日本軍として戦う」
現時点では西日本が有利な状況だが、それを無くしてしまえばお互いに戦争を継続することも困難であり講和させることもできるかもしれない。
「そんなこと、できるわけ……」
しかし要の言っていることが夢物語であると子供でも分かる。平和的に終わらせるなど現状では不可能であり、どちらかが滅ばない限り戦争は終結しない。
だが要はまるで西日本にいた頃のように茜に言った。その姿が昔と重なり、だからこそ茜は完全に否定できなかった。
「壁の一つや二つは乗り越えろって茜は言ってくれたよな。だから俺は俺の為すべきことのために乗り越える。今も、これからも」
今助けれるものは助ける、要にとっては東日本も西日本も助けるべきものだ。たとえ夢物語であろうとも、まだ東日本も西日本も滅んでいない。だったら助ける、それが要の信条であり生きている理由だ。
「それに、茜は昔から無理だなんて言わなかっただろ?」
要は微笑みながら茜に言い、思わず茜は視線を落としてしまう。
「…………そんな風に言ったら、できないなんて言えないじゃない」
小さく発した茜。そして種崎に向けていた右手もゆっくりと降りていく。それに要も分かってくれたと安心した途端、
「でも」
右手は途中で止まり、もう一度茜は顔を上げた。
「私はあなたの壁になるわ!」




