第二十五話 兵士達は「炎」に苦戦する
対して茜は二人を見据えおり自信からなのか表情に余裕がある。
「一体なにを話してたかは分からないけど」
向かってくる二人に左手を前に出す。
「紅蓮ノ型、火霧」
すると左手から放たれた赤い霧が要たちの周囲を覆った。
「! 種崎、息を止めろ!」
瞬時に要は種崎に指示を出し、種崎は口を閉じる。
また茜はめんどくさい技を仕掛けてきやがった。
この霧は触れるだけだと害はないが、体の中に入り込むとじわじわと肺を焼いていき、同時に視界も遮る。要にとってはすぐに肺の火傷は無くなるので関係ないが、種崎の行動を阻害するには十分だ。
「……ほんっと、技のレパートリーが多すぎだ」
愚痴のように呟くが、それでこの状況を打破できるわけではないことは分かっている。
方法としてはこのまま直進し霧を抜けるか、薙ぎ払うかのどちらかだろう。前者は抜けた瞬間に茜に攻撃される可能性がある。だとしたら後者が無難か。
要は両手で刀を持ち、力を込めて前方を薙ぎ払うと霧が晴れる。
が、要の目の前に茜が炎の鎌を振り下ろしてきていた。
「ったく……」
大きく振りかぶったせいで間に合わないと判断する。しかし要は回避行動を取ろうとはしなかった。
茜の炎の鎌が目の前に迫る中、
「はあっ!」
素早く振られた種崎の鎌が防ぐ。お互いの位置を把握しているので種崎が防ぐと分かっていた。
だが、このままだと吹き飛ばされることも見えている。
「さっきと一緒ね。……紅蓮ノ型」
茜が言いかけると同時に要と種崎はアイコンタクトを取り、
「火杓」
茜を中心に爆風が巻き起こるが、種崎はすぐさま後ろに飛び下がり、要は刀を地面に突き刺す。
「ぐっ!」
当然、要は爆風に包まれるがその場で止まることができ、この距離は要の範囲だ。
「くらいやがれ!」
そのまま要は地面を抉るように土煙を巻き上げ刀を振り上げる。
「っ!」
茜は上体を反らすも、かすかに頬に切り傷がついた。
「さすが要だね」
それでも余裕の笑みを崩さない茜。不意をついたつもりだったが、かすり傷だけですんでしまうとは。
そして茜は引こうともせず強引に右手にある炎の鎌を要に薙ぎ払いにいく。要もすぐさま振り上げた刀を持ち直す、がそれは茜の攻撃を防ぐために持ち直したわけではない。
このままでは茜の鎌が振られることは分かっている。
だが、茜の振られた鎌は要を薙ぎ払うことはなかった。
「!」
茜の驚いた視線の先に種崎が防いでいた。
「いきなさい!」
種崎の声とともに要は刀を振り下ろし、蒼い刀身が茜の左肩を捉える。
「っつ!」
赤い血が空を舞い、初めて茜が表情を歪めた。
「まったく……」
言葉を漏らし、要と種崎がもう一撃を加えようと一歩踏み出す。
が、茜は追撃されるほど甘くはない。
すぐに茜は炎をその場に撒き後ろに飛び下がり、要と種崎は思わず足を引いてしまった。
「ちっ」
仕留めれると思っていたが、やはり早々うまくはいかない。
距離があいた茜を要は見る。
しかし、手応えはあった。さすがにかすり傷で済むはずがない。その証拠に茜の左肩は赤く染まっており右手で抑えている。これで左腕はうまく動かすことはできないはずだ。
「私の左腕が使えないと思っているでしょ」
要の思考を読んでなのか、茜は要が考えていることを述べた。
「あの感触からして結構深くいったと思うが」
と、要が答えると茜は小悪魔のように微笑んだ。
「ふふ、私が一年前と同じだと思ったら大間違いよ」
「どういう意味だよ」
茜は左肩を抑えている右手をのけると、
「焔ノ型、炎狐之羽衣」
声と共に茜の体が渦を巻いて炎に包まれた。
周囲を燃やし加速していく炎の渦に要と種崎は思わず手で顔を覆ってしまう。
「な、何よあれ!」
驚きを隠せない種崎だが要も同様である。
あんな技は見たことも聞いたこともない。少なくとも一年前には会得していなかった。敵の攻撃を寄せ付けないだけで炎に包まれているだけならいいが、あの茜に限ってありえない。
炎に包まれ姿が見えず一体何をしてくるのか分からないが、一つだけ確信が持てる。
「種崎、一瞬でも気を抜くなよ」
「分かってるわよ」
神経を張り詰め要と種崎は注視する。
そして目で追えないほど加速した炎の渦は次第に空へと向かっていき、一気に爆散した。
「っ!」
要のいる距離まで火の粉が飛んでくるが、それだけで要と種崎はやられたりはしない。
要は手をのけ視線を戻すと、茜が立っていた。
「……マジかよ」
そこにいつもの茜が立っていれば要はこんな言葉を言わなかっただろう。なにも驚くことはなく刀を構えていただろう。
だが視線の先に立っている茜は違った。
全身がまるで炎の衣を着ているように纏っていた。さらにさっきまでの炎と違い赤くなくほのかに青く、おまけに狐の尻尾と耳が生えているように青い炎がゆらゆらと腰と頭から揺らいでいる。
そして先ほど要がつけた左肩の傷は止血されているのか、動くかどうか確かめるよう茜は左肩を回す。
「これなら問題なく動けそうね」
傷が無くなったように振る舞う茜。
あの一瞬で傷を治したのか。いや、茜の憑依文字でそれは不可能だ。おそらく傷口は焼いて塞いだだけで痛みは残っているはずだ。それでも自由に動かせるのは単に茜が痛みを我慢しているだけなのか、別の理由があるのか。どちらにしても動かせる事実は変わらないが。
「敵として立つとほんと嫌になるな」
ため息一つ吐くきたくなる気分になる。
「ちょっと弱気にならないでよ! そもそもあんた死ぬことないくせに」
「俺だって脳か心臓をやられれば死ぬ。それに怪我が無くなっても痛みはあるんだから、極力は受けたくないに決まっているだろ」
「だからさっきも私が防いだじゃない。なのにやる気を削ぐような発言しないでくれる」
要は頭を掻きめんどくささを感じる、がここは種崎の言うことが正しいだろう。
「ったく、分かったよ。……基本はさっきと一緒で行くぞ」
「当たり前よ」
二人は刀と鎌を構える。
何をしてくるかは分からない。いきなり炎を飛ばしてくるか、地面から火柱を上げてくるか、炎の壁で包み込むか。何をされても嫌なことには変わりないが、一つだけ茜に優っていることがある。
それは再備装衣で強化した身体能力だ。要は能力で底上げしているが、茜にはできない。その証拠に要と種崎の素早い動きにはついてこれておらず、先ほど一撃をくらった。
近距離に持ち込んで二人で圧倒する、付け入る隙はおそらくそこだろう。
二人が構えている中、茜は一歩踏み出す。
「あら、そっちから仕掛けてこないの?」
「迂闊に突っ込んでやられたら元も子もないだろ」
「それもそうね。じゃあこっちから行かしてもらうわよ」
要と種崎に向かって悠々と茜は歩き出す。
「焔ノ型、獅子炎爪」
茜の言葉で身構えた要だったが、茜の両手が炎に包まれただけだった。変わったことといえば元々包まれていた炎が変化し爪のように変化したぐらいか。その様子から近距離戦に持ち込むつもりなのか、だとしたらこっちとしても好都合である。
と、茜がおもむろに右手を横に振る。
「!」
突然、要と種崎に向かって青い熱風が迫り二人は慌ててしゃがみこむ。そして要たちの背後の木々が歪な音をたて燃えさかりながらなぎ倒された。
ただ手を横に振っただけであれほどの炎が出せるのかと目を疑ってしまう。
「ほらほら気をつけないと」
声に気がつくと茜は二人の目の前に迫っていた。
どうやって一瞬で移動して…………。
「がはっ」
思考した次には要の体は吹き飛ばされた。
「え……?」
種崎は地面に背中を強打する要を見て驚く。
茜の速さでは不可能な動きに種崎も何が起きたか理解できていない。
「前を、見ろ! 種崎!」
地面に這いつくばり顔だけを種崎に向け要は必死に叫んだ。その声で種崎は首を前に向けると茜の右手が振られていた。
「っつ!」
茜の右手をどうにか鎌の持ち手で防ぎ直撃は避ける。だが鎌を持つ種崎の手は力で微かに震えている。
「な、なんで私が力で……」
東日本軍が西日本軍に唯一勝てる、再備装衣によって向上した身体能力で押され種崎はじりじりと後ろに下がって行く。
「だったら!」
種崎は茜の右手をいなし背後に回り込む。
力で勝てないのなら動きで勝てばいい、先ほども速さだけは要と種崎についてこれなかったのだから、と。
そんな種崎の考えは簡単に破られる。
背後の種崎に茜は素早く反転し種崎と目線が合ってしまう。
「まだまだ甘いよ」
「!」
驚きのあまり種崎は咄嗟に鎌を振る。しかし茜はいとも容易く左手で弾いた。
「う、そ」
すべてが通用しない、無慈悲な事実が種崎を襲う。
そして種崎の眼前に茜の右手が迫る。
が、どうすることもできない。避けてもまた追いつかれ、力で負けているため弾くこともできない。そもそも今の種崎の体勢でどうこうできるわけもない。
やられる、種崎が思った瞬間に目の前が黒に染まった。
「な、なに!」
視界が遮られた種崎、同時に体を掴まれ少しの浮遊感を感じた。
「大丈夫か、種崎」
種崎の耳に要の声が聞こえ、次第に視界がひらけていく。
そこには種崎の体をお姫様抱っこのように支える要がいた。
「な、ななにしてんのよ!」
種崎は今の自分の状況を理解する。
「バカ、急に暴れるな!」
要の腕の中をジタバタと種崎は暴れ、要の腕から解放された種崎は自らの足で立つ。
「か、勝手に人の体を抱かないでよ!」
「顔を赤らめてそんな言葉使うなよ。違う意味に聞こえるだろ」
要の一言で種崎はさらに顔が赤くなる。
「ばっ! ば、ばば馬鹿じゃないの!」
「動転しすぎだろ、せっかく助けてやったのに」
「! そ、そういえば……」
種崎は要の言葉で思い出したかのように辺りを見渡すと、離れた位置に茜が立っていた。要は先の状況は危険だと判断し少し遠くまで避難した。
「茜のやつ、一年前から成長しすぎなんだよ」
要が種崎の横に並ぶと、種崎は要の背中に光の粒子が集まっているのに気がついた。そして要の背中の傷が種崎を助けたものだと種崎は瞬時に理解する。
「あんた、その傷……」
「ん? ああ、別にいいよ。どうせ無くなるし。それにしてもどうしたもんか。正直、勝つ術が見つからないけど」
光の粒子が要の背中から無くなり、茜を見据える。
「まさか『炎』にあんな使い方があったなんて」
「どういうことよ?」
「茜は炎を纏っているだろ。で、茜はその纏っている炎で体ごと操って力も速さも上げてるんだ。纏っている炎は鎧の役割も果たしているし、ほんと賢い使い方だよ」
だから傷ついた左肩も不自由なく動かすことができているというわけだ。逆に言えば自分の意思では動かすことができないということでもあり痛みもあるということである。
だが問題は再備装衣の優っている部分が無くなったことだ。特に種崎にとっては絶望的だろう。
「あんたホントに勝つ術がないと思ってるの」
要は種崎に首を向けると、表情は絶望など微塵もしていなかった。
「何か策でもあるのか?」
「策はないけど、分かったことはあるわ」
「分かったこと?」
要は眉をひそめた。
「まずあんたは炎の鎧って言ったけど私たちの再備装衣には無意味なものよ。単にあれはあんたの言った通り体を操るためだけに纏っているだけ。確かに両手に纏っているところは効かないけど、他のところが効かないなら私の攻撃を弾くなんてことはしなかったはずよ」
確かに先ほど茜は種崎の攻撃を左手で弾いていた。もし炎の鎧が再備装衣をもろともしないのなら無駄な動きである。
「ま、分かったところで力も速さも上なのは変わらないのは事実よ。いつもならここで黛が策を立ててくれるのだけど、いないのに嘆いても仕方ないわ」
この場において一番危険な状態なのは種崎なはずなのに臆していない。
全てが優っている相手になぜ挑もうとできるのか、なぜ負けるという気持ちが起きないのか、死の恐怖はないのか。
「どうするつもりなんだよ」
「どうもこうもないわよ。相手が全て優っているのなら、あんたと連携して戦うしかないでしょ。そもそも質で劣るのは当たり前なんだから」
種崎にとって戦争で不利な状況になるのは珍しいことではない。東日本軍において質で劣るのは前提でありそのための連携だ。
確かに種崎の言う通り今できることはそれぐらいしかない。




