第二十四話 兵士達は「炎」と対峙する
要の言葉に種崎は笑みを浮かべ、茜は視線を落とした。
「茜、俺は戦争を終わらせる気持ちはあの頃と変わっていない。けど今の俺はもう一度裏切るわけにはいかないんだ。だからといって一年前から逃げるわけじゃない。茜のことも信頼している。これだけは信じてくれ」
茜は一つ息を吸い込み顔を上げた。
「分かっているわよ。今のあなたの顔を見れば東日本を選んだのも納得するわ」
理解してくれた茜に要は胸を撫でおろすが、
「でも」
強く茜は続けた。
「私が諦める女じゃないのは知っているでしょ」
「何を言って……」
「あなたは東日本軍で私は西日本軍よね。なら……、力ずくであなたを取り戻すまでよ!」
言い終わると同時に茜を中心に爆炎が広がり、要と種崎は熱さで思わず顔を覆ってしまった。
「お前、まさか……」
要は手の隙間から覗くと茜の表情がどこか楽しげであることに気がつく。
「あなたと戦うなんて久しぶりね。死んでしまったと思っていた要に会えることができて、また戦うことができるなんて今日ほど嬉しいと思える日はないわ」
嬉々として喋る茜が好戦的な人物だと改めて思い出される。訓練施設にいる頃から要の憑依文字が特殊というのもあり、何回も要に戦いを挑んできては楽しむ人物であった。見た目からは想像つかないがどこか戦闘を楽しんでいるようにも思える。
「ちょっと、なんで戦う流れになってるのよ!」
種崎は急に刃を見せてきた茜に困惑する。
「このまま終わる感じだったじゃない!」
「昔からあいつは戦闘を楽しむやつなんだよ。今さら何言ったって聞きやしない」
「あんた知り合いなんでしょ? だったらどうにかしなさいよ」
「俺だってどうにかできるならしてる」
「何よそれ……」
「来るぞ!」
要の声で種崎は前方に注意を向けると、火柱が迫ってきていた。突然の攻撃に種崎は反応が遅れてしまい、慌てて種崎が横に飛ぼうとする。しかし種崎よりも速く、要が種崎の手を掴み無理やり引っ張り種崎を火柱から避けさせた。
「きゃっ」
火柱から既のところでかわした体は要に預けるようになってしまい、種崎は要に抱きついてしまう。
「危ねえな。もう少しで丸焦げになってたぞ」
背の低い種崎に首を下に向けながら要は言うと、
「ば、ばば馬鹿じゃないの!」
いきなり要は突き飛ばされてしまう。
「ななな、何勝手に抱きついてるのよ! この変態!」
顔を真っ赤にして種崎は叫んだ。
「せっかく助けてやったのに何すんだよ」
「あんたの手助けなんかなくても避けれたわよ! それなのにあんなことして……」
「あんなことって、そもそも抱きついてきたのはお前だろ」
「うるさい!」
要の反論は一言で一蹴された。
なぜ助けたのに罵倒されるのか、種崎が理解できない要はめんどくささを感じる。
「相変わらず文句が多いやつだな……。そんなんだとすぐに茜の憑依文字の『炎』にやられるぞ」
「あんたが来るまで一人で戦えてたんだから大丈夫に決まっているでしょ」
「ほんとかよ、ボロボロになってるくせに」
要の言うように種崎の服はいたるところが燃えて無くなっていたり、黒くなっていたりと、さらには肌の見えている部分は火傷を負っている箇所もある。その姿はお世辞にも大丈夫とは言えない。
だが、逆に言えばあの茜に対してここまでの怪我で済んでいるのはさすがとも言える。
「私を目の前にしておしゃべりなんて随分余裕ね」
茜の声で要と種崎は首を向ける。
「私にとっては最高のひらけた立地で、一人はすでに怪我を負っている、そして要は私に勝ったことがない。これだけの条件が揃っているのに悠長にしていいの?」
「それを言うなら茜だって俺に勝ったことないだろ」
「あなたの憑依文字が特殊すぎるせいでしょ。あらゆることを無にする能力、ほんと羨ましい能力だわ」
茜は要の右肩に刻まれている憑依文字を見る。
要の憑依文字の能力、それは茜の言葉通り無にすることだ。要はこの能力を使い怪我を無くすことができる。そのおかげで脳か心臓を一撃でやられない限り死ぬことはない。
そして要はこの能力を応用して身体能力の底上げにも使っている。
人間の体はどれだけ筋力を上げても先に体の方が耐えれなくなり無意識にリミッターをかけてしまう。だから要はリミッターを無くし、さらに壊れてしまう体も無くすことで無理矢理身体能力を上げた。そのおかげで再備装衣で向上した東日本軍の兵士にも引けを取らないまで戦えることができるようになっている。
要は腰に差している刀を抜き種崎を隠すように立つ。
「種崎、お前は俺の後ろから攻撃をしかけろ。基本は前に出るなよ」
「意味がわからない。私だってまだ戦えるわよ」
種崎は足手まといであると思われたと感じ強がるように要の横に並び立つ。要も種崎が正直に受け入れるとは思ってはいない。しかし今の状態の種崎を茜と真正面から戦わせるわけにはいかない。
「俺の能力は文字通り無にする能力だ。どれだけ怪我しても無くすことができるんだから俺が茜を引きつける」
「一人で戦おうとしないでよ。それに私が怪我をしても一年前みたいに能力で助けることができるでしょ」
「それができないから言ってるんだ」
「何でよ?」
「俺の能力は確かに他人の怪我とかを無くすことができる。けどそれは一回きりなんだよ。お前には一年前に使ってしまったからもう二度と無くすことはできない」
「それでも私は……、黙って見てるなんてできないわよ」
「誰もそんなことは言ってないだろ。俺の後方から隙を狙って攻撃しろって言ってんだよ」
「私の得物で後方からの攻撃なんてできるわけないでしょ」
「だからってボロボロなお前を前線で戦わせるわけにはいかないだろ」
「ボロボロじゃないわよ!」
いつものように次第にいがみ合っていきどちらも折れないでいると、
「紅蓮ノ型、望火楼」
冷たい声とともに突如、要と種崎の四方に炎の壁が現れ逃げ場がなくなってしまう。
「忠告したはずよ、悠長にしていいのかって。彼女が死んでも私は知らないわよ」
炎の壁の向こう側から呆れ声が聞こえ、要の頬に一筋の汗が伝う。それは周囲の炎の壁の熱さからではない、この後の茜の攻撃が予測できたからだ。
「種崎! 俺がこの炎を破るからお前は後ろからついてこい」
「き、急に何を言って……」
「いいから俺の言う通りにしろ! このままだと本当に死んじまうぞ!」
要の必死さに押され種崎は押し黙る。
すると種崎は頭上から光と熱を感じとり見上げると、小さな太陽のように燃え上がる炎の球が浮かんでいるのに気がついた。
「うそ……」
現実離れした光景に種崎は息を飲んでしまう。
「紅蓮ノ型、火具槌」
茜の声で燃えさかる炎の球は落下し、要は刀を両手で握り直す。
「行くぞ、種崎!」
要は炎の壁に向かって勢いよく刀を振り下ろすと、僅かであるが隙間が生まれた。要はその隙間に向かって破るように突破し種崎も後ろからついて行く。
二人が壁から出ると同時に炎の球は地面に衝突し爆発音が辺りに響いた。
熱風に押されながらも脱出できたが、隙間があったとはいえ要の体は炎に包まれ熱さで顔を歪める。しかしすぐさま能力が発動し、そして要のおかげで種崎はほぼ無事に出ることができた。
「大丈夫か?」
光の粒子が体を覆いながら要は種崎の方へ向く。
「私は大丈夫だけど、あんたが……」
「いくら怪我しようが無くなるんだから俺のことはいい。それよりも茜はどこにいった?」
怪我が無くなった要が辺りを見渡すと元いた位置に茜はいなくなっている。あるのは黒焦げになっている雑草と先ほどの攻撃で生まれた炎だけだ。
このひらけた場所に隠れるところなどあるはずがない。一体どこに隠れているのか。
と、考えた瞬間に突如として背後から要に炎が襲う。
「がはっ」
予期していなかった攻撃に要は吹き飛ばされてしまった。
「え」
種崎は炎の出所に後ろに振り返ると、先の攻撃で生まれた炎の海から茜が歩いて出てきた。
「ちょっと油断しすぎじゃないの、要。それとも私が敵だからって手を抜いてるわけじゃないよね」
吹き飛ばされた要は能力が発動し怪我が無くなりながら立ち上がる。
「ってえ……、なわけないだろ。ほんと攻撃に特化した憑依文字だな」
単純であるがゆえに茜の憑依文字『炎』は強力だ。要の憑依文字が無かったらあっという間に焼け殺されている。
要はもう一度刀を持ち構えると、ちょうど間にいる種崎も同じように構えているのに気がつく。
この距離だとすぐに助けに行くことができないのに、まさか茜に挑むつもりなのか。
「種崎、一旦引け!」
種崎の身を案じて要は叫ぶが、種崎は振り向くこともしなかった。
「私だって、戦えるわ」
「あのバカ……」
言うことを聞かない種崎に要は急いで走りだし、種崎も茜に鎌を振りかぶりに行く。
対して茜は走ってくる種崎に落ち着きながら、右手を前に出すと炎が集まっていき始めた。
「焔ノ型、鳳仙火鎌」
すると茜の手には種崎と同じような炎でできた鎌が握られた。
種崎は一瞬驚くがすぐに切り替え鎌を振り下ろす。
だが、茜は鏡合わせのように炎でできた鎌を振り種崎の鎌は防がれてしまった。
「な、なんで……」
形を持たない炎が受け止めることが分からず種崎は顔に出てしまう。
「そんなに驚くことじゃないでしょ。炎を纏った風を操って形を成しているのだから防ぐなんて簡単よ。ま、威力はあなたの鎌と違うけど」
茜の言葉通り、炎の鎌は勢いよく燃えさかり種崎は熱さで体を反らしてしまう。
「っつ!」
「最初みたいに逃げてればよかったのに、挑もうと考えるからよ」
茜は隙のできた種崎を逃さず炎の鎌を振り下ろす。
「させるかよ!」
が、種崎の背後から要が間に入り込み刀で受け止めた。突然現れた要だが茜は驚きはしない。
「あら、意外と速いのね」
茜は余裕の表情を浮かべ、二人はつばせり合いの状態になる。もちろん要に炎の熱が襲い痛みが走るが、能力のおかげでどうにか耐えることができている。
すると、今度は要の背後から種崎が飛び上がり頭上から茜に斬り掛かっていく。
「はあぁっ!」
空気を裂き振り下ろされる鎌に茜は一瞥すると、
「紅蓮ノ型、火杓」
その一言で茜を中心に炎を纏った爆風が広がった。
「ぐっ」
「きゃっ」
要、種崎はもろにくらってしまい吹き飛ばされてしまう。要は転がりながらどうにか体勢を整え地面に手をつきながら茜を見た。
やはり茜は強い。殲滅力だけなら西日本軍でもおそらくトップクラスだ。何よりもどの距離であろうと戦えるのが強さの理由だろう。遠距離ならその炎を生かし広範囲に攻撃し、近距離なら先ほどのように武器のようなものを作り出して戦う。そしていざとなったら敵を吹き飛ばすこともできる。
改めて茜を分析すると弱点がない。味方であれば心強いが、いざ敵となるとこれほど苦戦するとは。
傷が無くなった要は横にいる種崎に首を向けると、元々傷ついていた種崎はさらに疲弊しており鎌を支えに立ち上がっていた。
「大丈夫か、種崎」
この場において一番不利なのは種崎だ。憑依文字も持っておらず、さらに茜は要よりも種崎を狙っている。今の状況は当然の結果であり、最悪死んでしまう可能性もある。
それでも種崎はプライドからなのか強がるように鎌を構えた。
「大丈夫に決まっているでしょ。これくらい、なんともないわ」
要がいくら言おうと種崎は下がる気はない。
「このままだと本当に死んじまうぞ。ここは俺に任せろ」
「あんた一人でも勝てないのにどうするつもりなのよ」
「そんなもん、俺がどうにか……」
と、要はふと思い出した。
自分は西日本軍ではなく、東日本軍の兵士であると。
当たり前のことであり、不思議なことでもない。
だが、そのことがこの状況を打開することだと要は気付かされた。西日本軍にはないこと、東日本軍だからこそできること。
「……種崎」
さっきまでとは打って変わって要は落ち着いて話し出す。
「なによ、何度同じこと言っても私は戦うわよ」
「訓練した時のこと覚えているか?」
突飛なことを言う要に種崎は眉をひそめる。
「覚えているもなにも、あんたが全然ダメだったことでしょ」
隙あらば要の神経を逆撫ですることを言う。そして無自覚であるからなおタチが悪い。
しかし、ここで言い合っては先の二の舞になってしまう。要は平常心を保ち怒りを抑える。
「それは置いといてだ。……今から訓練を生かして戦うぞ」
「言ってることが分かんないんだけど……」
「俺と連携して茜を倒すぞって言ってんだよ」
種崎は要の言葉で目を丸くした。
まさか要の口から連携という言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
要も西日本軍にいたままならこんな発想はしなかった。
だが茜を倒すには最善であり効果的だ。何よりも東日本軍の連携は守り合うためのものだ。種崎を守りながら戦え、要の憑依文字は守るのにはうってつけでもある。
すると種崎は要から視線を外し茜を見据える。
「……何を言い出すかと思えば、ホントあなたって馬鹿ね」
その態度から要はまた反抗するのかと感じとる。
「お前、この期に及んでしないわけじゃ……」
「するに決まっているでしょ。当たり前のことを言ってるから馬鹿なのよ」
と、要の予想を裏切ってすんなりと受け入れた。
まさかあの種崎が要の言うことを聞くとは思いもしなかった。
「ほら、さっさと構えなさい。あんたの元仲間を倒しにいくんでしょ。この私が手伝ってあげるって言ってるんだから」
それでもいつもの種崎に変わりはなかった。
自己中心的で、傲慢で、我儘な種崎だ。
そんな種崎に要は少し口角が上がってしまう。
「なにニヤけてるのよ、気持ち悪いんだけど」
「うるせえな、お前は一言も二言も多いんだよ」
要は種崎と同じように刀を構え茜に向く。
そして、
「行くぞ!」
要の一言で二人は地面を蹴り走り出した。




