エピローグ
「……うまくいったみたいだな」
しばらくして、金髪の青年がひょこひょこと、小屋の中に入ってきた。
小屋の入口脇の壁に背中を預け、竜人の姉妹の姿を微笑ましげに見下ろす。
「うん。あなたのおかげよ、ありがとう。……あいつはまだ、近くにいる?」
「いんや。わき目もふらずに退散したみたいだ。まだ街の中にはいるけどな。追うか?」
アルヴィンの知覚は、トリスの現在の居場所を認識していた。
リィンを人質に取られることを危惧したアルヴィンは、探査の魔法を、リィンだけでなくトリスにも使ったのである。
そうすることによって、両者の位置が離れたときに襲撃を仕掛けるという作戦を、決行することができた。
「ううん、もう帰るわ。早くリィンを安全な場所に連れて行きたい」
追うか、という問いに対して首を横に振ったリズは、リィンを連れて倉庫の外へと出て行く。
そして大通りまで出ると、リズは妹を肩車する。
「じゃあね。もう逢うこともないと思うけど、今日のことはきっと忘れないわ」
リズはアルヴィンに向かってそう言うと、竜に変身した。
妹を首に乗せたまま、みるみるうちに巨大化してゆき、やがてその姿は、広い大通り──二頭立ての馬車が悠々とすれ違える広さ──を埋め尽くすほどの大きさになった。
「ばいばーい、あぶないおにいちゃーん」
竜の首の上にちょこんと乗ったリィンがアルヴィンに手を振ると、竜がその大きな両翼を一つはためかせ、浮き上がった。
そしてそのまま上空へと飛び上がり、小さな子供を乗せた竜は、月夜の空を飛んで行った。
「……普通のお兄ちゃんだって言っただろ」
アルヴィンはそう苦笑しながら、踵を返し、自分も宿へと帰っていった。
──それから数日後。
「……で、あんたは何でここにいるわけ?」
リズとリィンが住む山小屋。
リィンと並んで、食卓の前に当たり前のように座っている人間の青年を、フライパンを片手にしたリズがジト目でねめつけていた。
その日、リズが狩りから戻ってくると、見覚えのある金髪碧眼の青年が、彼女の家にいたのだ。
どうやらリズの留守中に訪れた彼を、リィンが招き入れたらしい。
その青年──アルヴィンは、朗らかに笑って答える。
「いやぁ、トリスのやつの悪行を部隊の連中に教えて捕まえに行ったら、あいつにまた巧いこと丸め込まれて、逆に俺が悪者ってことにされちまってさぁ。あいつほんと口巧いよな。それで行くあてもなくなって、ここに来たってわけ」
「……住む山変えて、ここうちの別荘なんだけど」
「探査の魔法って、ほんと便利だよな」
「帰れ」
フライパンを持っていない方の手で、小屋の入り口を指さすリズ。
「えー、そんな冷たいこと言うなよ~。帰るところないんだって」
「おねえちゃん、アルヴィンひとりぼっちは、かわいそうだよ?」
「そうそう、俺かわいそうだよ。なー、リィン」
「ねー」
「あんたたちねぇ……」
二人に結託され、リズは大きくため息をつく。
そして、諦めたように言う。
「分かったわ。私たちのせいで居場所失ったみたいだし、ここで一緒に暮らしたいならお好きにどうぞ。人間が死ぬまでの間ぐらい、面倒見てやるわよ。でも、ちゃんと働いてもらうからね」
リズのその言葉を聞いて、リィンとアルヴィンの二人は「イエーイ!」とハイタッチ。
その上で、リィンはアルヴィンに、こそこそと何かを耳打ちする。
それを聞いたアルヴィンは、「ほう」と言って、竜人の姉を横目に見る。
「……何よ」
「いや、リィンがな、『あんなこといってるけど、おねえちゃんもほんとはうれしいんだよ。すなおじゃないの、こまるよね』って」
「なっ……リィン!」
「きゃー」
──また、平穏な日常が戻ってきた。
余分なのが一人増えたけど、それもまた賑やかでいいかもしれない。
竜人の少女は、生意気を言う妹の頭をぐりぐりしながら、楽しそうに笑っていた。