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親の顔を覚えているかと聞かれれば覚えていないと断言できる、しかし何もかも覚えていない訳ではない。夢の中の出来事のような記憶がいつも頭に引っかかっていた、腕に抱かれた自らへ何かを諭す男の影姿が。
残されたものはたったそれだけ、託されるような断片的な場面だけだ。
それが何だったのか最早わからないが、託されたならば全うしなければ。
「…………」
避難区画のすぐ外側、この先は集められた人がひしめいている。直近とはいえ外側だ、ワイルドハントが大樹へ到達した今、市民がいていい場所ではない。軍が防衛する範囲を抜け出しているのはここまでで7人、今相対する集団を入れると11人になる。理由はいつもの如くつまらないものである、もぬけの殻となった家屋をしらみ潰しに見て回り金になりそうなものを回収、一度荒んでしまった集団心理は簡単には戻らないのか、元からこういう気質だったのか。
ここまで来ても火事場泥棒かと、倒れ伏した遺体から大太刀を引き抜きつつ一目散に逃げ出す彼らを睨みつける。風を殺し切れず大きめに揺れるポニーテールに沿わせる形で肩上から後方へ刀身を降ろし、強風でふらつく彼らへ向け地面を蹴りつける。
収穫物が入っているだろうバッグと、それを持っていた男の上半身が宙を舞った。
「ひ…!」
瞬間移動したかの如く真横に現れ相方を両断した円花へもう1人は悲鳴を漏らしたが、それを残して相方と同じく斬り捨てられる。
武甲正宗は沈黙を保ったごく普通の刀のままだ、そんなものは意味が無いと言いたげに一切の反応を見せていない。苦虫を噛み潰した顔をしながらその銀色の刃を眺め、最後の1人、バッグを捨てて遁走する男を仕留めるべく足に力を入れ。
そこへ黄色く光る水晶玉が降りてきた。
「ッ…!」
円花の前方を覆うように4つ、宙に浮いて展開するそれらが射撃体勢を取るや横へ転がるようにその場から離れ、大樹表面を削り取る音と同時に立ち上がり直近にいた玉へ下から大太刀の刀身を叩きつける。滑らかな動きでそれを回避し円花の眼前へ飛んできた、前進し背後に回り込み光弾から逃れ、時計回りに走ってもう2発を無駄撃ちに終わらせる。最後の1発を撃とうとする玉へ上段に構えつつ肉薄を行い、射撃した瞬間、下に潜り込みつつ斬撃。
外観通り、ガラスを斬ったような感触だった。撃ち出された光弾が刀身に当たると起爆したように衝撃波を拡散させ、鐘を突いた音と共にまるごと斬られた玉がふたつに割れ、地面へ落ちる前に欠片も残さず消滅した。が、それから1秒も待たず新しい玉が上から現れまた射撃を始める。
「どありゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして玉に続いて刀を持った緑の狐が落ちてきた。
「なに…!?」
咄嗟に大太刀で防御するも、玉が撃つものより強力な衝撃波を伴う、斬撃というより打撃に近い一閃を受け押し潰されかけるも踏ん張って耐え、接触時の反動で相手が跳ねた瞬間に後ろへ飛び退く。
ボブカットにした褐色の髪と狐耳に装飾品を着けた天狐は足を上げると太ももまで露出する大きな切り込みの入った明緑色でノースリーブの着物と、それに巻かれた余りの垂れ下がる黄色い帯。両腕には独立した袖があり肌が露出しているのは肩のみで、右腰に太刀の鞘と、背後に4本の尻尾を備える。空中で1回転し円花の前方10メートルに着地したその少女は握った刀を下段に構え、道を塞ぐかの如く横長に玉を展開させる。
「お前は…!」
歳にしては力が強いとは感じていたがまさかここまでとは思っていなかった、いや可能性があるとは考えていたのだ、反乱を企てる皇女がいるとも聞いていた。最初に会った際スズと名乗ったその狐を睨みつけつつ大太刀を中段の位置へ。
円花の行動を阻止し殺される筈だった男を逃したものの、彼女の表情には迷いが混ざっていた。吹き荒ぶ雨と風の中、一切濡れてはいないが口を固く結び、眉を寄せ、攻める様子も見せていない。
「何故邪魔をする!」
「これが正しいとは思えない…!」
風に吹かれた真横の木造家屋が大きく軋む、時間切れが近い。ワイルドハントを包み込む雲の壁は間近に迫っており、あの内側に入ってしまえば人狩りをしている余裕などなくなってしまう。攻めてこないのはそれをわかっているからか、殺してまで止める気がないのか。
「辛いんならやめればいいのにどうして続けるのよ!顔も知らない相手のために、こんな自分を犠牲にして全部投げ捨ててまで…!」
「お前が言うのか…知らないどころか関係すらない人間達のために表舞台へ戻って!今まさに火事場泥棒をするような相手を体を張って守ろうとしているお前が!」
一歩前に出る、応じてスズも1歩退がる。
「復讐に意味が無いなど関係ない!終わった後の事などどうでもいいんだ!虚しいだけだと、自分のために時間を使えとお前達は言う、だがそうしたら彼らは、奴に殺されていった彼らの思いはどうなる!?あんな事にさえならなければ今も生きて暮らしている筈だった彼らの無念はどこに向ければいい!どうせ生き返りなどしないから捨て置けとでも言うのか!?実体の無いものの思いを聞くのが我らの使命だろうが!」
そして額に角が現れ、雨粒が蒸発を始める。
「私の父はアレを止めようとして、事が起こる前に殺された!幻術で動けなくされ、抵抗もできずなぶり殺されたんだ!」
急激に熱せられた水分は気化して体積を増やし、更に過剰な熱を受け取ったそれは周囲へエネルギーを伝播し。
「父の、母の、皆の無念を晴らすためだけにここへ来て、私は今も生き続けている!邪魔するというのなら、お前が何者かなど関係ない!」
限界に達した水分と空気は、まるで爆発するかのように。
「そこをどけえぇーーッ!!」
あらゆるものが吹き飛んだ。
円花を中心に発生した水蒸気爆発は家屋の壁を砕き、柱をへし折って崩壊させ、一時的ながら展開していた玉も消滅させた。体勢を崩したスズへ向けて地面を蹴りつけ、中段の大太刀を脇へ引き寄せ刀身を倒し、力任せに薙ぎ払う。どうにかという感じに彼女の太刀は防御に入った、触れた瞬間にやはり衝撃波が発生したが、それに打ち勝ってスズの体を空中へ押し飛ばす。
「づぅ…!」
地から足を離した彼女を追撃するべく更に前進、着地点でまた刃を合わせ、鐘を2度鳴らす。3度目の直前に大太刀が炎を纏い、刃を受けた後に襲ってきた火炎への対処を余儀なくされた彼女は無理な回避行動を行って。
「だあぁぁぁぁ!!」
続く4度目で今いる枝の上から弾き飛ばされた。
迷った顔のまま宙を舞い、足場を失って遥か下へと落ちていく。
「はぁ…ッ…!」
邪魔者を排し、乱れた息を整え、円花は改めて視線をワイルドハントへ。
時間切れである、力では勝ったが、これは負けだ。
ズン、と音を鳴らして体長3メートルの人型をした化け物は円花の眼前へ降り立つ。着物を半脱ぎにし、赤い肌を晒して、右肩で大斧を担いだ、雲のような実体の男。その後方には無数の兵隊が続き、円花を囲うように展開しつつある。
「……来い…この時のために生きてきた…!」
大太刀を構え、炎を燃やし。
「思い知れぇ!!」
咆哮を上げるそれへと突っ込んでいく。




