52-3・麻由の仲裁~紅葉と響希の鬼ごっこ
「アナタ達、何をやってるの!!いい加減にしなさいっっっ!!!」
響希が何度目かの突進をした時、凜とした怒鳴り声が中庭に轟いた!「タイムリミットが来た」と美穂は冷静に返って溜息をつき、声の主をチラ見してから拳を降ろす。
「おせ~よ!もっと早く止めに来い!」
弓道着姿で肩を怒らせた麻由が、足早に寄ってきて美穂と響希の間に入り、2人を交互に睨み付ける。
「原因にかかわらず、今回は、喧嘩両成敗で、お咎め無しとします!
ですが、もし、また同じ事をすれば、
その時は生徒会会議の議題にさせていただきます!!」
教諭が止めに入る前に生徒が止める。あえて「次はリスクを課す」と言うことで、今回は不問にする。それが、麻由が(特に、内申の悪い美穂に対して)できる精一杯の裁定だった。美穂は、麻由の最大限の譲歩を、直ぐに理解する。
「美穂さん、理由はあとで聞きます。3Eで待っていてください」
「はいはい・・・事情聴取でも裁判でも、何でも応じるから、好きにしてくれ!」
「田村さん、大丈夫?立てるかしら?」
響希は脱力をして、その場に崩れ落ちる。膝や脛や股は擦り傷だらけで、ブレザーは泥だらけ。おでこからも血が滲んでいる。見かねた麻由が、しゃがんで背中を向けて差し出した。
「・・・え?」
「背中に乗ってください。保健室まで送ります」
「で、でも、私、血だらけで・・・
生徒会長の服(弓道着)に、血が付いちゃいます」
「洗えば落ちますから気にしないでください。
私の服を汚さないことより、アナタの治療の方が大事ですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
響希は、麻由の言葉に甘えて背中にしがみついた。麻由は、響希を背負って立ち上がり、保健室に向かって歩き出す。安堵をした清華と七菜が、麻由の後ろを付いていく。
「全く・・・女の子が、なにをやっているんですか?」
「・・・でも」
「争わなければ、解らない事も沢山あります。
だから、喧嘩を全否定するつもりはありません。
でも、もう少し、自分が女の子って自覚は持たなきゃダメですよ」
「・・・はい、ごめんなさい」
響希は、麻由に背負われて諭されながら、小学生時代を思い出していた。
姉と同い年で、同じ町内に住んでいる佐山一郎君が嫌いだった。響希が小学3年生のある日、一郎君に食って掛かった。最初はのろくさと言い訳をしていた一郎君だったが、あまりにもしつこく詰め寄って来るのに苛立って、響希を突き飛ばした。頭に血が上った響希は、一郎君に掴みかかったが、小学6年の男子と、小学3年の女子では、勝負になるわけがなかった。
服を泥だらけにして膝から血を滲ませて涙目で突っ掛かる響希を止めたのは、姉の環奈だった。響希と一緒に居た清華が呼びに行ってくれたのだ。一郎君は、最初は言い訳をしてたけど最後は「ゴメン」と謝ってくれた。
響希は、環奈に背負われて家に帰る。「可愛い服に血が付いちゃう」と言ったけど、環奈は、響希のおんぶをやめようとはしなかった。翌日から一郎君は、響希の前では、姉の注意を聞くようになった。
「・・・かんちゃん」
響希は、いつの間にか泣いていた。傷が痛いからではない。良く解らないけど涙が止まらなくなった。背負われながら、麻由の肩に廻した手に力を込める。やっぱり、この人は格好良い。姉と同じ優しい匂いがする。
「生徒会長さんは、あの人達と友達なんですか?」
「はい、美穂さん達は大切な友人です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
姉が負けたのが、もしこの人なら、仕方が無いのかもしれない。むしろ、この人が、姉の恋敵であってほしい。それならば諦めも付く。それくらい素敵な人だ。
一方の美穂は、麻由と響希の背中を眺めながら大きな溜息をつく。やり過ぎた自覚はある。解っていても止まらなかった。「自慢の姉」を隠そうともせずに連呼する響希がムカ付いた。美穂にだって「大好きな姉」は存在した。でも、2年半前に死んだ。『食べ放題』に行った帰り道でゲロをしたのを苦にして、2日後に自殺をした。「大好きな姉」が、情け無い理由で死んだのは、美穂にとってのトラウマだ。紅葉達と出会って気持ちが前向きになるまでは、「大好きな姉」と「情けない姉」の狭間で苦しんでいた。だから、「自慢の姉」「仲良し姉妹」を前面に押し出す響希に苛立ってしまった。
「・・・ちぃっ!」
『食べ放題』から、姉が亡くなるまでの2日間、姉がどんな様子だったのかを思い出そうとすると、気分が悪くなる。何故か、その2日間の記憶が抜け落ちていて、思い出すことに拒否反応がある。しばらくは、思い出さずに済んだ“嫌なこと”だったが、響希の所為で“思い出せないこと”を思い出してしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・んぁ?」
気絶をしていた紅葉が目を覚まして起き上がる。常に騒ぎの渦中に居る紅葉だが、今回は暴れる機会無し。気が付いた時には、騒ぎは終息をしていた。
-数分後・3E教室-
「なるほど、そういう事情でしたか。どっちもどっちですね」
麻由は、美穂が下級生を一方的に嬲るとは思っていない。それなりの理由があったと信じていた。だから、美穂&紅葉&真奈への事情聴取は、比較的簡単に終わった。
美穂自身、もっと大騒ぎになっていたら、立場を失って処罰されるのは自分だと思っていたので、言葉にはしなくても麻由の行動には感謝をしていた。
「お互いに謝罪をして水に流すことを提案します」
「解ってるよ。明日の朝一で、紅葉と真奈と一緒に、アイツ(響希)に謝るよ」
「んへぇ?ァタシも謝るの?ァタシ、何かやったっけ?」
「私と紅葉ちゃんも同罪だよ。一緒に謝ろう」
「サンキュー、真奈」
「ん!よくワカンナイけどワカッタ」
美穂は、頭では「キチンと謝罪しなきゃ」と解っている。だけど、1人でちゃんと謝れるほど、素直ではない。
「なぁ、オマエ等さ。アイツ(響希)のこと、どう思った?」
美穂は、1年生如きを相手にして、自分がムキになるとは思っていなかった。響希には、それをさせる何かが有った。
「変な子だよね。・・・歌ゎ超下手っぴだし」
「可愛いけど、立場を解っていないというか、ちょっと凶暴かな」
「素直な良い生徒ですが、些か目が離せないところはありますね」
近々で美穂が「コイツには勝たせない」と感じたのは、雲外鏡事件直後の紅葉(第3話)と、優麗祭で衝突をした麻由(第5話~第10話)の2人。響希からも似た何かを感じており、先日のカミキリ事件では紅葉と麻由以外が排除されたはずの結界内に響希が紛れ込んでいたことを聞いている。
「案外、愉怪部の体験入部が成立して、妙な奴が引っ掛かってきたのかもな。
まぁ、派手にやらかしちゃったから、簡単には入部しそうにないけど・・・」
「んぉ?なんの話?」
「いや、独り言だ。」
愉怪な仲間達は、真奈も含めて、皆、衝突を経て仲良くなっている。そして美穂は、響希のような度胸のあるタイプは嫌いではない。
-1B教室内-
保健室での手当を終えた響希は、副担任の玉木百萌音先生に、1B教室内に呼び出されていた。
「彼女達が、素行不良な有名人と知って喧嘩をしたの?」
「・・・えっ?源川先輩達のことですか?」
「以前から目立つ存在みたいだし、
去年の学園祭ではルール違反をして、大騒ぎになったみたいよ」
「あぁ・・・ゲリラライブのことなら、知っています。
源川先輩達って、悪い人達なんですか?」
響希は、紅葉達のルール違反に憧れて優麗高校に進学をしたから、今更言われても困る。今回の喧嘩は「自分にも非がある」と自覚している。
「さぁ・・・悪い人かどうかは解らないけど・・・
余計な出来事に首を突っ込むトラブルメーカーみたいよ」
「そ、そうなんですか」
「接点を持つな・・・とは言わないけど、付き合い方はちゃんと考えなさい」
「・・・はい」
「困ったことや、彼女達への不信感があったら、いつでも私に相談してね」
「ありがとうございます。」
演劇部の先輩達も同じことを言ってくれたが、玉木先生の言葉には安心感があり、響希には「信頼できる先生」と感じられた。
「今日もこれから競技場(陸上部の練習)に行くの?」
「はい、そのつもりです」
「痣と擦り傷だらけなんだから、無理をしないでね」
「はい。でも、練習頑張ります!」
(ふふふ・・・本当に可愛い子ね。仇を取らせてあげたくなっちゃう)
玉木は、教室から出て行く響希を愛おしそうな表情で見送る。響希には、問題児の先輩達からのキツい洗礼を受けて萎縮をして欲しくない。彼女の良さを「どうやって活き活きと伸ばしてやるか?」を思案する。
―翌朝―
響希&清華&七菜は“優麗高前の停留所”でバスから降りた直後にフリーズをした。正門で美穂&紅葉&真奈が立っている。
「まさか私達を待ち伏せしているわけじゃないよね?」
「待ち伏せしているとしても“私達”じゃなくて“ひびき”だよ」
「関わりたくないですね。裏門に廻りましょうか?」
バスから降りた他の生徒達に紛れて迂回を試みる清華と七菜。怖い先輩達と眼を合わせたくない響希は、カバンで顔を隠しながら歩くのだが、露骨すぎて逆に目立ってしまう。
「ぁ~~、来たっ!!ぉ~~~~ぃっ!!!ヒビキぃぃぃ~~~~~~っ!!!」
「げっ!気づかれたっ!?」
「余計なことするからだよっ!」 「響希ちゃん、バカなんですか?」
紅葉が駆けてきた。美穂と真奈は正門で構えている。特攻隊長の紅葉に捕まって引っ立てられて「姉御、連れてきやしたぜ」とボス格の美穂&真奈に差し出されるんだろうか?入学早々にスケ番グループ(?)から目を付けられるとは、何と幸先の悪い高校生活か?
「よし、逃げよう!」
「えっ!?ちょ、ひびきっ!」 「響希ちゃん?そこまでしなくても」
響希が逃走開始。呆気に取られた清華と七菜の間を、紅葉が駆け抜けていく。やはり狙いは響希1人だったらしい。「私達は対象外」と一定の安堵をする清華と七菜だが、心配なので響希と紅葉を追い掛ける。
「ぉ~~~~ぃっ!!待ってょぅ~~~~~~~っ!!」
「待てと言われて待つアホが、いるわけないでしょっ!!」
響希が路地へ飛び込んで裏門に向かう。陸上部・長距離走のエース候補。足には、かなり自信がある。だが、体力バカの紅葉も負けていない。
「ぉ~~~~ぃっ!!ぉ~~~~~ぃっ!!」
「くっ・・・しつこいなぁっ!!」
「ヒビキ~~~~~っ!!待ってってばぁ~~~~~っ!!」
「友達じゃないのに、馴れ馴れしく呼ばないでっ!」
裏門へ向かう道を曲がり、加速をして一気に引き離して物陰に身を隠した。響希を見失った紅葉は、周辺を見回し明後日の方へ走っていく。安全と判断した響希が物陰から顔を出して紅葉が居なくなったことを確認。そのタイミングで清華と七菜が合流してきたので、揃って裏門から校庭に入る。
一方、振り切られて正門に戻った紅葉は悔しがっていた。状況を聞いた美穂と真奈は、体力バカでウザしつこい紅葉が、足で負けたことを驚く。
「くやしぃぃ~~~~~~~~~~~~!!!」
「紅葉から逃げ切るって・・・アイツ(響希)何者なんだ?」
「待ち伏せしてもダメみたいですね」
「んぁぁぁっっっっっっ!!!次は勝ぁつ!絶対に捕まえてみせるっっ!!!」
「おいおい、なんの勝負してんだ?」
「私達、鬼ごっこしているんだっけ?」
朝一の“生意気な1年生捕獲作戦”は失敗に終わった。紅葉達は「放課後になったら、もう一度接触を試みよう」と決めて、それぞれの教室に向かう。
-昼休み-
次の接触は放課後に決めたんじゃなかったっけ?
「待て待て待て待て、こんにゃろぉぉ~~~~~~~~~~!!!!」
「怖いからイヤですっ!!!」
紅葉は競走で負けたことが余程悔しかったらしく、弁当を後回しにして1年B組に乱入。七菜と一緒に弁当を広げていた響希は、青ざめて問答無用で逃走開始。そして今に至る。
階段を駆け上がって、3年生の廊下を突っ走る響希。まだ昼食中とは言え、通行中の生徒が疎らにいるので、ぶつかりそうになって、避けてペースを乱しながら走る。瞬発力や動体視力は紅葉の方が優れているらしく、響希とは違って、障害物(生徒)の回避でスピードを落とすことなく、グングンと響希との距離を詰めていく。
「あのバカ、何やってんだ?」
当事者の美穂ですら、呆れ顔で鬼ごっこ(?)を眺めている。「廊下を走るのは不利」と判断した響希が、広い校庭に出たのをキッカケにして、紅葉が引き離されて昼休みは終わった。




