空振り
倉庫然とした建物が建っていた。古びたコンクリート壁に、蔦が張った雨どい、雑然とし人気のない区画だった。そこへとある一団が音もなく取り付く。
グレーのツナギに黒いボディアーマー。顔の下半分を覆うバラクラバ。一団は手際よく、建物の正面と裏手に分かれた。無駄のな機械的な流れ。軍隊、あるいはそれに類する訓練された者の動きだ。
先頭の一人が扉を叩き声を上げる。
「労働局だ。令状に基づき強制臨検を行う。扉を開けろ」
返答はなかった。風が壁に張り付いた蔦を揺らす、葉擦れの音だけだった。
指揮官とみられる男が小さく頷く。先頭の隊員の肩を二度叩く。叩かれた隊員は突入用の散弾銃を構え、蝶番と錠前に向けて撃った。素早く退き、ドアの正面を空ける。
次の瞬間、指揮官の男が扉を蹴り込む。
扉がわずかにつながっていた蝶番ごと枠から引き剥がされ、粉砕された。蹴倒すのではなくバラバラとなる。信じられない膂力だ。フラッシュライトの光が壁を走る。
「クリア」
——声が短く、廊下の奥へ消えていく。裏手から入った別働班と合流し、全室の確認が終わった。
誰もいなかった。
壁には卑猥な落書き。床には浮浪者の痕跡、空き缶と汚れた布切れ。窓の隙間から差し込む街灯の光が、舞い上がった埃を白く照らす。人が組織的に使っていた形跡はない。あるのは壁際の通信端末が一台、壊れているようだ。
指揮官の男が通信端末を一瞥した。雲の切れ間から月の光が差す。それにより指揮官の左右の目がわずかに異なる光を返した。虹彩の奥で焦点が機械的に調整される、ごく微かな差だった。
体格のいい隊員が、バラバラになった扉の残骸を見下ろし、肩を揺らした。
「おーおー、橘班長はご立腹か?義体で蹴飛ばしゃショットガンはいらなかったな」
笑っている。空振りだと分かった苛立ちを軽口流す。だが、橘と呼ばれた男はそれには応じなかった。
「撤収するぞ。」
部隊は来た時と同じ手際で引き上げる。足音が遠ざかり、建物は再び静かになった。埃が、ゆっくりと降りていく。
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どこか別の場所にある薄暗い事務室では、先ほどの一団の突入の様子を大型モニターで眺める人物がいた。
「また空振り……かなり周到に予防線を張ってますね。あまりつついて潜られても業腹です。とりあえず、地方警察に引継ぎをしておきます。」
赤茶色の髪を肩まで伸ばした女性技官が、端末から目を上げずに言った。
「そうですね……」
プラチナブロンドの、神像のように整った女性が続ける。声は穏やかだが、諦めの色はなかった。
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また別の場所では、施設に踏み入り、落胆した様子の一団を眺める者がいた。
少し離れた廃ビルの作りかけの一室に、存在感の希薄な二つの人影。
どちらも赤外線遮断のローブを羽織っている。一人はスポッティングスコープを覗き続けている。もう一人が双眼鏡を下ろし、通信端末を取り出した。
「グラウです。問題ありません。証拠は全て処分してあります」
短い沈黙。相手の返答は聞こえない。
「警察ではないようです。労働局ですか……。えぇ、かなり訓練された連中です。調べてみます」
通信が切れた。スコープを覗く女が、スコープから目を離さずに言う。
「撤収するみたいだけど、私たちも帰るか?」
「そうね。彼らが消えたら帰りましょうか」
「了解」
それだけだった。二人は一団の車両が完全に視界から消えるまで動かなかった。さらにしばらく建物を観察して装備をまとめ歩き出す。
彼女たちにとって、今夜は予定通りの夜だった。




