ベンティ・サイズの孤独
スタバに似合わない男のランキングがあれば、俺は間違いなくこの街でトップ3に入る。
名古屋駅の喧騒を見下ろす、JRゲートタワー15階。
日本で一番高い場所にあるスターバックス。
ガラス張りの窓の向こうには、迷路のような名駅の線路と、湿った熱気を孕んだ濃尾平野がどこまでも広がっている。
「ダーク モカ チップ フラペチーノでお待ちの、ミキ様ー!」 若いバリスタの弾んだ声が、店内に響く。
ストローを刺し、スマホを構える女子大生。
その背後で、俺はくたびれたトレンチコートの襟を立て、死んだ魚のような目で街を見つめていた。
「……ワンモア・コーヒー。ブラックだ」 俺は空になったベンティサイズの紙コップをカウンターに置いた。「いつもありがとうございます、左神さん」 ブラックエプロンの店員が、微かに目を細める。
彼だけが知っている。俺がここでコーヒーを啜り続けているのは、カフェインを求めているからではない。
ここは、俺にとっての「監視塔」であり、唯一の「約束の場所」だからだ。
三年前。名古屋の経済界を牛耳る「神楽坂グループ」の社長が、自宅のある東山公園近くで消された。
事故として処理されたその闇を、一人娘の玲奈は追っていた。
俺は彼女の警護員だった。
『左神さん。私、あいつらを許さない。……いつか必ず、この街のどこかのスタバで会いましょう』
最後にそう言い残し、彼女は雨の名鉄百貨店、ナナちゃん人形の下で人混みに消えた。
それ以来、俺は毎日、街中のスタバを回っている。 彼女が現れるのを待つため。そして、彼女を狙う「組織」の犬どもを嗅ぎ分けるために。
「お待たせいたしました。ドリップコーヒーです」 差し出されたコップを受け取ろうとして、俺の指が止まった。 スリーブ(熱除けの紙)の裏に、見慣れないカスタマイズの略称が殴り書きされていた。
『ダブルショット追加。バニラシロップに変更。キャラメルソース抜き』 ――心臓の鼓動が、一気に速まる。 それは、玲奈が「一番落ち着く」と言って好んでいた、甘さを苦みで殺した彼女だけの呪文だ。
「これ、誰が注文した?」 俺の声が低く響く。
バリスタは困惑したように、入り口の方を指差した。
「あちらの、サングラスの男性が『あそこに座っているコートの男に渡してくれ』と」 指された先、自動ドアの向こうに、黒い傘を差して立ち尽くす男の背中が見えた。
俺はコーヒーを一口も飲まずに席を立った。
ベンティサイズの孤独が、音を立てて崩れていく。
警護は、まだ終わっちゃいない。
https://50944.mitemin.net/i1150834/




