14話 決戦!ラージペロゴン
視界の隅で、あの巨大な舌が再びうねるのが見えた。次の瞬間、奴の目が俺たちに向いた。
戦いが、始まる。
ズン――ッ!!
沼地全体が揺れた。
見ると、ラージペロゴンが大きく体を縮め――次の瞬間、その巨体が宙に舞った。
「嘘だろ……跳んだ!?」
空が、一瞬、暗くなる。
落ちてくる。――俺たちの頭上へ!!
「逃げろッ!!」
グルメマンの声が響くと同時に、俺はマリネさんの腕を掴んで横へ飛んだ。
直後、地面が爆発したような音とともに泥水が天高く舞い上がる。
顔に、体に、重い泥が叩きつけられ、何が起きているのかすら一瞬分からなかった。
「ぐっ……!?」
吹き飛ばされた勢いで背中を打ち、沼地に転がる。耳の奥がジンジンと鳴っていた。
「……全員、無事か……っ!?」
体を起こし、視線を巡らせる。少し先、グルメマンは既に構えを取り、さらにその背後――ラージペロゴンの死角に、マリネさんの姿が見えた。
二人とも、動いている。――大丈夫だ。
「マリネさん、氷魔法お願い!」
俺がそう叫ぶと、マリネさんは頷き、泥まみれのまま詠唱を始める。
だが――。
「グエッ!!」
ラージ・ペロゴンが異様な目をぐり、と動かし、マリネさんの位置を見据えた。
そして、まるで弾くように――片脚を高く振り上げる。
「やばい、逃げ――」
ドンッ!!!
重い衝撃音が鳴り、蹴り飛ばされた泥土がマリネさんの全身を飲み込む。
その姿は、濁った沼の中に消えた。
「マリネさん!!」
「くそっ……!」
俺とグルメマンは同時に剣を抜いた。
ペロゴンの注意を引く。それしかない。
「おい、こっちだ! こっち見ろ、化けガエル!」
剣を振り、叫びながら、一歩、二歩と踏み出す。
グルメマンも静かに間合いを詰め、構える。
――今だ!
二人で同時に斬りかかる。
だが、ペロゴンはまたもや体を縮め――
跳んだ!!
「なっ……はやっ!!」
俺の剣は虚しく空を切り、ぬかるみに足をとられた俺は、泥を巻き上がながら盛大にスッ転んだ。
着地したラージペロゴンはさらに距離を取りながら、こちらをじろじろと見下ろしている。
「……これが、Cランク……」
目の前の“化け物”は、ただの図体のデカさだけじゃない――
強さも、動きも、次元が違う。
――何か策は……?
泥の波打つ視界の端で、モゾモゾと動く気配があった。
――マリネさん……無事だったか!
だが、彼女は何も言わずに膝を着き、静かにうつむいたまま微動だにしない。
その様子に、一瞬肝を冷やす。――怪我か?意識を……?
……違う。これは、詠唱だ。吹き飛ばされても、ずっと続けていたのか。
俺と彼女の視線が交差し、ほんの僅かに頷き合う。
――すごい。こんな状況で……。
俺が把握している彼女の氷属性魔法は、【フロストスパイク】。
氷の槍を地面から突き上げる魔法だが、あの化け物に正面から当てるのは難しい。
ならば、こちらに向かわせるまで――誘き寄せて、狙い撃つしかない!
「グルメマンさん、やつの気を引いてくれ!」
「うむ、了解した!」
彼は俺の方を振り向きもせず、刹那、風を裂いて走り出す。
ラージペロゴン。あの異様な目がある限り、奴に“背中”など無いも同然だ。
どこから近づこうが視界に捉えられ、強靭な舌か蹴りが飛んでくる。
だが、それでもほんの一瞬、やつの“意識”が他に向けば――
「【サーチ】! 【ハイド】!」
スキルを連続発動。視界が僅かに歪み、空気が肌にまとわりつく感触が変わる。
木々の影に身を沈め、泥をかぶり、慎重に、一歩ずつ、やつに迫っていく。
【サーチ】によりやつの視線の隙をかいくぐり、安全なポイントを選ぶ。そして【ハイド】によってやつから俺の認知度を下げるという二段構えだ。
跳ね回る水音と、グルメマンの気迫が混じった怒号。
ぬかるむ地面を這いながら、俺はラージペロゴンの死角を探り続けた。
その時だった――
グルメマンが刀を振り上げ、スキルを発動させる気配。
ラージペロゴンの動きが、僅かに止まり、その身をかがめる。跳躍がくる――
「おらぁぁぁぁ!!!」
声と同時に、俺は木の陰から飛び出し、跳躍。
ぬめった背中の甲殻に、両手でしがみついた。
「ゴッ!?」
ラージペロゴンの目玉がギョロギョロと動き、俺と目が合う。
瞬間、奴の身体がビクリと震えた。
「ゴババァッ!!」
地響きを立てて暴れ出す。跳ね、転がり、木に背中を叩きつけるように動き回る。
「ぐっ……! がぁ……ッ!!」
激痛が腕に走る。幾度となく木にぶつかり、意識がかすむ。それでも――
――離すもんか!!
手のひらから血が滲み、指先の感覚が麻痺していく中で、突如として耳の奥に鋭い音が鳴り響いた。
キィィィンッ――!
……これは。
頭の奥が冴え渡るような感覚。身体が本能的に理解していた。
――スキル、習得。
追い詰められた時、人は時に“限界のその先”を掴む。
そして今、俺が得たのは……そう、大した力じゃない。だけど――
「うおぉぉぉぉ!!【グリップ】!!」
全身がわずかに光り、掴んだ感触がずしりと重くなる。
手の中の甲殻が、まるで掌と一体化したかのように感じる。
――単なる“握力強化”かもしれない。でも、今の俺には、それで十分だ!!
ぐるぐると沼地を跳ねまわっていたラージペロゴンの動きが――止まった。
一瞬、視界がフワリと浮く。
――跳んだ!
ラージペロゴンは、林を超える高さまで跳躍し、沼全体を見下ろす位置に達する。
眼下には――刀を構えるグルメマン、そして両手を構えたマリネさんの姿。
跳躍のピーク、空中での無防備な一点。
「今だっ!!!」
地面から数メートル、俺は背中から飛び退いた。沼の空気を切り裂き、泥の匂いが鼻をつく。
「【フロストスパイク】っ!!!」
マリネさんの叫びとともに、地面から突き上がる無数の氷柱。
そのうち一本が、狙いすましたかのように――
バキィィィィンッ!!!
ラージペロゴンの腹を貫き、音が空気を裂いた。
「ゴボァァッ!!」
重い衝撃が伝わり、泥と血飛沫が宙を舞う。
俺は全身で着地の衝撃を受け止め、転がるように倒れ込む。泥まみれ。全身、痺れてる。
……でも、まだ終わっていない。
崩れ落ちた氷柱の中から、のそり、と――カエルの巨体が、まだ動く。
「ゴバ……ゴババァッッ……!!」
断末魔のような叫びをあげ、今にも暴れ出しそうなその時――
グルメマンの姿が、ふわりと視界の端に現れた。
その刀が、空気を裂くように振り抜かれる。
「ミザン式武刀術――【コルレット】!!」
研ぎ澄まされた斬撃が、音を立てずにラージペロゴンを断ち切った。
そして次の瞬間、緑の血を噴き出しながら、あの巨大な蛙が地に伏した。
――勝った。
あたりに広がるのは――音の消えた世界。
飛び散った泥が静かに地面に落ちる音すら、妙に大きく感じられる。
虫の鳴き声も、風のざわめきも、今は聞こえない。
勝った――
そう思っても、現実味がなかった。
全身の力が抜けて、指先から感覚が遠のいていく。
「マーシュさん!!」
「マーシュ殿、大丈夫か!!」
ドチャドチャと駆け寄る足音。ぬかるみを踏む音。
視界の端に、ぐしゃぐしゃに泥をかぶったマリネさんの顔が現れる。
その顔は――泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
「じっとしてて……今、回復魔法を……」
震える指先を額に触れさせ、彼女は詠唱を呟いた。
「……【ヒール】」
淡い光が額から全身へと染み込んでいく。
傷の痛みが和らいでいくのを感じながら、代わりに意識がどんどん薄れていった。
「よかった……ほんとに……」
マリネさんが、俺の胸元にぱたんと倒れこむ。
その身体は熱く、ぐったりとして、呼吸が早かった。
――ああ、限界まで魔力を使ったんだな。
重みと温もりに包まれたまま、俺もそっと目を閉じた。
疲労、緊張、安堵――
すべてが一度に押し寄せ、意識の底に引きずり込まれていく。
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