12話 マーシュの決意とランク上げ
俺たちはそのままギルドへと足を運んだ。
……例のペペロン、いや違うペロゴンを探すために。
「……あったぞ!ペロゴンだ!」
掲示板の前でグルメマンが指差したそのクエストには、こう書かれていた。
【Dランク指定:ペロゴン討伐】
依頼者:農場管理組合
報酬:10,000ゴルド
備考:最近農場近くの沼地にでかくて気味の悪いモンスターが現れた。うちの家畜が何頭か食われて困ってるから、何とかしてほしい。
「Dランク……か……」
思わず言葉が漏れる。クエストボードの前に立つ俺の手が、自然と震えていた。
というのも、俺の冒険者ランクはF――最下層だ。
聞けば、マリネさんでもE、グルメマンがC。
……いや、Cランクってやっぱあの人すげえわ。
「……だが、残念ながら我々の構成では、このクエストは受けられんだろうな」
グルメマンが眉を寄せて腕を組む。
「えっ、何でですか?」
「パーティーを組む時、確かランク制限というものがあったはずだ」
ギルドの受付嬢に確認したところ――やはりダメだった。
パーティ全体のランクではなく、「一番下のランクの冒険者の、ひとつ上」までしかクエストは受けられないらしい。
つまり、俺がFランクの限り、俺たちはEランクの依頼までしか受けられないってことだ。
「……みんな、ごめん。俺のせいで」
自分の足元が急にぐらついたような気がして、視線が下を向く。
「いえ! マーシュさんが謝る必要なんてありません!」
マリネさんは、即座に首を振ってくれた。
「方法なんて、他にもきっと――」
……だけど、その「他の方法」なんて、そう都合よく出てきやしない。
グルメマンとマリネさんの二人だけで行けばいい、と提案もした。でも、マリネさんはあっさり却下した。
「みんなで行かなきゃ意味がない」――そう言って。
だったら、もう腹をくくるしかない。
「……お願いがあるんだけどさ。俺、Eランクに上がりたい。だから……力を貸してほしい」
「もっちろんだよ!」
マリネさんが笑顔で即答してくれる。
「マーシュなら、あっという間に昇格しちゃうって!」
「ふむ、言われるまでもない。既にそのつもりでいた」
二人の声に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
最初はただ、金を稼ぐために始めた冒険者生活だった。
命の危険もあると知った今でも――
俺は、もっと高みを目指したいと思ってる。
マリネさんのために、未知なるグルメのために。
「よし、それじゃあ……さっそくクエスト、行きますか!」
「おーっ!」
幸いなことに、俺はあと一回Eランククエストをクリアしたら昇格の条件を満たすらしい。
……何十回もFランククエストを頑張ってきたかいあったな。
こうして俺は、ランク昇格を目指して人生二度目のEランククエストに挑むことになった。
――……俺、生きて帰れるかな?
* * *
Eランク昇格のために受けたクエストは、草原地帯に出没する虫型モンスター〔グラスホッパー〕の討伐だった。
名前の通り、でかいバッタみたいなモンスターで、全身を硬い甲殻で覆った厄介なやつだ。
高速で跳ね回りながら移動するその動きと、特定の部位だけ異様に硬い装甲が特徴で、素人相手なら簡単に翻弄されてしまうという。
目的地付近に到着してすぐ、【サーチ】スキルに複数の反応が現れた。
音もなく茂みが揺れる。
「前方、四匹来るぞっ!」
俺が声を上げたのと同時に、風を切る羽音が草原を駆け抜ける。姿を現したのは、全身が青黒い甲殻に覆われた巨大なバッタのようなモンスター――〔グラスホッパー〕。その脚力で一気に間合いを詰め、跳ね回りながら攻撃してくるのが特徴だ。
「いざ尋常にッ!!」
先陣を切るのはもちろんグルメマン。彼は長さの異なる二本の刀を刀を手に前へ躍り出た。
しかし――
「はっ! ……むっ!? くっ!」
斬撃は鋭く、風を裂くほどの速度なのに、モンスターの動きには届かない。すれ違いざまに刃を振るうたび、草が切れるだけで、グラスホッパーはひらりと逃れてしまう。
(おかしい……当たらない?)
グルメマンの動きに迷いはない。だが、肝心のモンスターの位置を読み違えているように見える。
いや、それだけじゃない。
(……今、音で反応した?)
気づいた。彼はグラスホッパーを“見て”いない。モンスターの羽音や、草の揺れ、地面の振動――そういう曖昧な情報や気配を頼りにして、動いている。
(まさか……目が……?)
「マリネさん、援護お願い!足止め系の魔法!」
「はいっ!」
俺は、スキルと感覚を頼りにグラスホッパーの位置を把握し、即座に指示を出す。
「グルメマンさん!今、左の茂み! 一匹跳んだ!」
「っ!?……了解!」
グルメマンが短刀を振りぬき、跳ね上がったグラスホッパーを弾くように斬り上げた。
そこへすかさず、右手の長刀が追い打ちをかける――鋭い一閃。
甲殻が砕け、空中でグラスホッパーが回転しながら落下していく。
「よし、あと三体!マリネさん、詠唱は!?」
「いけます!【ウインドバインド】!」
風の魔力が足元を巡り、残りのグラスホッパーたちを捕える。拘束を受け、宙に浮いたままもがく虫たち。
「今だっ!」
俺の声に合わせ、グルメマンが大きな円を描いて刀を振り抜く。
その直後、バラバラになったグラスホッパーたちが地面へと音をたてて落ちていった。
「やったー!すごい連携だったね!」
「うむ、まさに見事だったな……それに、……マーシュ殿。助かった」
少し沈んだ声音で、グルメマンが礼を述べた。
彼の口調にしては、素直というか、寂しい感じだ。
「いえいえ。相変わらずすごかったです。あなたがいなければ、三日位はここに居座る羽目になってました」
グルメマンは小さく笑う。
彼の目が気になるのは確かだが――今は勝利を喜ぶとしよう。
さて、魔結晶も忘れずに回収しないとな。
* * *
ギルドへ戻った俺たちは、受付で討伐報告を済ませ、魔結晶を提出した。
しばらくして、ココットさんが報酬の三千ゴルドと封筒を持って駆け寄ってくる。
「こんにちは、マーシュさん!」
「やあ、こんにちは」
「大活躍だったみたいですね〜。じゃじゃ〜ん!」
封筒を開くと、そこには一枚の冒険者証。……誰のだ?
これはDランク以上の冒険者のしか与えられない、俺とは程遠い代物だ。
「今日からあなたは――Dランクです!! おめでとうございま〜す!」
「……えっ」
あまりの出来事に、思わず固まってしまう。
けれど、目の前の証と報酬袋は現実そのものだった。
「いやいやいや、え? Eランクでしょう? 今朝までFランクだったんですから」
俺の動揺を見て、ココットさんは得意げに胸を張った。
「それがですねー。プリン騒動の件での対応も高評価されてまして! 今後の活動に支障が出ないように、ってことでギルドが特別推薦したんですよ」
「……特例ってやつか」
嬉しいような、急すぎて怖いような……
気持ちの整理がつかずに立ち尽くしていると、不意に背中にドン、と強烈な衝撃が走った。
「マーシュ殿、やったな!」
振り向くと、グルメマンが親指を立てて、歯を見せて笑っていた。
――文字通り、俺の背中を後押ししてくれたわけだ。……まあ、力が強すぎて、もう少しで吹っ飛ぶとこだったけど。
「マーシュさーん!」
マリネさんが手をパーにして駆け寄ってくる。
「ふふっ」
俺は無言でその手を受け入れ、パシーンと音を立ててハイタッチを交わす。
手のひらがじんわりと熱かった。
(……少しずつ、だけど確実に前に進んでる)
(目標はまだ遠い。けど――)
(この手で、必ず最高の料理を作ってみせる)
そう、改めて心に誓った。
俺たちの旅は、ようやく始まったばかりだ。
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