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御礼小咄 ダース <下>


ブルーイ=ダンブリュッケは学生の身であるが騎士団にも所属している。

見習いとしてだが。

騎士団配属が決まっているものは学生の時より見習いとしてこきつかわれるのがこの国の通例である。それは平民であろうと貴族であろうと変わらない。

「騎士として生きていくと心に決めたその時より、己の心に背くことなく正しくあれ」

という国の、そして騎士団の方針でもあるが、一方で貧困層への救済措置でもある。


騎士団に所属しその厳しい戒律を守りさえすれば、衣食住だけではなく教育や雇用さえ騎士団が全て後ろ楯となってくれるのだ。

騎士団は叩き上げの精鋭を育てあげることができ、国民は強い意思さえあれば子供であれその身ひとつで家族を養える。

とはいえ、年間通して脱落者も少なくはない。


建国初期からある名門であるダンブリュッケ家はかつて公爵までのぼりつめた。

しかし今は男爵へと落ちている。

ダンブリュッケ家は浮き沈みの激しい一族だ。

しかしありがたいことに王家の覚えはめでたい。

数代まえの当主のもとへは王妹が降嫁なされたこともある。

ある意味特殊な一族であると世間はダンブリュッケ家をそう評価する。


ブルーイ=ダンブリュッケの祖父は愛に生きた。前王の愛妾だつた祖母を堂々と口説き落とし、前王の不興を買い没落の憂き目にあった。

しかも祖母との歳の差は16。

祖父は初恋を死ぬまで貫き通した。


そして、祖父とは真逆の父は忠義のために生きている。まるで犬のように忠実な王の僕だ。


なんてことはない、ダンブリュッケの者は己の信念に従い生きるだけだ。


では、自分はどうなるのだろうか。

剣の道に進むだろうことは決まっていた。けれど、その剣を捧げるべき相手は未だに決まっていない。

ジディオルデ王子はよき友ではあるが、主かと言われればそれは違うのだ。

盲目的なほどに尽くせるかといえば否だ。


祖父や父の姿をみているからこそ違うと思う。

ジディオルデ王子とは不敬であるといわれようとも友でありたい。王子が道を違えたならばブルーイ=ダンブリュッケは殴ってでもってでも止める。


共に奈落へ落ちるよりも止めたいと思うのだ。


剣を、心を捧げる相手は決まらずとも騎士団所属が内定している。そして、今日も程よくこきつかわれていた。


さがしものは卵。


重厚な箱に入った非常に貴重な竜の卵だ。

小さな12個の卵は3つほど孵した後、残りは封印する予定だった。


予定だったのだが、なぜか箱ごと行方不明になった。



騎士団にその報せが届いた瞬間辺りが一瞬しんと静まり返った。


封印していない竜卵は直ぐに孵る。

少し暖かいところにおいておけば半刻もしないうちに孵るのだ。


孵化させることは簡単だが、孵化した竜を騎士団で使える竜にすることが非常に難しい。


孵化したばかりの腹を減らした竜は周囲の魔力を食べる。最初の食事で竜の器が決まるのだ。

空気中や地中に魔力を多く含む地で産まれた竜はとても強い竜になる。

人の住まう地では自然から取り込める魔力は少ない。

そのため、騎士団では騎乗する騎士が限界まで魔力を注ぎ竜の最初の食事にする。


孵化してから食事をするまでに要するに時間は1刻ほど。

高濃度の魔力を含んだ殻を食べ終わってしまえばあとは手当たり次第に周辺の魔力を食べていく。

食事は産まれたばかりの竜が睡魔に負けるまで。その間にどれだけの量の魔力を注げるか、時間との勝負だった。


その竜の卵が行方不明。


孵化して脱走した竜が手当たり次第そこらの魔力を喰えば混乱間違いなしだ。

灯りや水道はもとより、侵入阻害の陣や封印すら食べてしまうのだから悪食としか言いようがない。

そして、騒ぎを起こした先で捕まえたとしても騎士団の竜としては使いものにはならない。


どう考えても来年度の騎士団の予算は減らされる。

それだけならともかく罰則もあるだろう。

腹を減らした竜は急激に成長するのだから…大騒ぎになるだろう。



騎士団長は頭を抱え、騎士団総出での捜索となった。


稽古中だったブルーイ=ダンブリュッケも知らせを受けたその場に居合わせ、甲冑を脱ぐ暇もなくあちらこちらを探し回ることとなった。


探すけれども見つからない。


木の裏や石の下を汗だくで探し回る騎士団員たちを傍目に、木陰で本を読みながらゆったりと紅茶を楽しむエイリンビィ=ファベットをちらりと見て騎士団員たちはため息をついた。

「優雅にお茶か…」

「…あ~俺もお茶のみてぇ」

そう笑いながら泥にまみれて竜を探した。


ブルーイ=ダンブリュッケは半刻ほど過ぎたあたりでまだ同じ場所で本を読んでいるエイリンビィ=ファベットを何気なく見た。


おや?


ブルーイ=ダンブリュッケは首をかしげた。

いつも本をとてつもなく早く読み終わるはずの彼女が殆ど開かれている頁が変わっていないような気がしたのだ。

ブルーイ=ダンブリュッケも本を読むのが遅い方ではないのだが、エイリンビィ=ファベットはいつもブルーイ=ダンブリュッケの倍の…いや、倍の倍ほどの早さで読み終わっていたりするのだ。


そんな彼女が一冊の本にそんなに手こずるのだろうか?


不思議に思いながら見ているとドンッと背中からどつかれた。

「主の想い人に横恋慕か?若いねぇ」

にやり笑った副団長が後ろに立っていた。

「いえ、そうではなくて…」

「まあ、きれいだよなぁファベット孃はさ、あそこまでいったらもう妖精かなんかだろってレベルだよな」

ニヤニヤとそう笑う副団長は長く独り者だ。


「やめとけ、誰も幸せにならない恋なんて胸ん中に育てるもんじゃない」


珍しく重いこえでそっと他に聞こえぬように囁かれた。

そして、どん、と甲冑の真ん中を拳で強めに叩かれた。

「俺たちには護るべきものがある。

忠義心を濁らせるな、想いを曲げるな、そして、常に正しくあれ。己と主が誇れる騎士となれ」

珍しく真顔で顔で言う副団長の言葉はやけにずしりとした重みを持って胸にのし掛かった。

なぜだろう?ブルーイ=ダンブリュッケは少し不思議に思いさえざえとした淡い青の瞳をすがめ、ゆるく首をふった。

「いえ、そうではないんです」

と鈍色の髪をかるくゆらしながら再度言う。

「ファベット孃の様子が少しおかしい気がするんです。もしかして、何かしっているのかもしれないと…」


勘でしかなかったけれど。


だが、こういった勘も時には当たりを引くことがあるのだということも知っている。

眉をぴくり、と動かした副団長が重い声で「行ってこい」という言葉に敬礼をした後、ブルーイ=ダンブリュッケはエイリンビィ=ファベットの座るテーブルへと歩み寄った。


「いつもと違うって気づく時点でもう手遅れってやつなのかね」


ぽつりと呟かれた副団長の声は真っ直ぐに前しか見ていないブルーイ=ダンブリュッケの耳には届かなかった。



ブルーイ=ダンブリュッケが近づくと

重々しい魔力が手前に置かれた箱の中で渦巻いていることに気付かされる。


まさか…ここに?


エイリンビィ=ファベットは涼しげな表情でこちらを見た。

優雅に茶たしなみながらも騎士団がごたついているのには気づいていたらしい。

探りをいれるとああ、とばかりに目を細められた。

すべて解っていると言うように。


どうやらエイリンビィ=ファベットは

騎士団が探していた竜を一部保護し、しかも魔力まで与えてくれていたようだ。


慌てて箱の中を確認しようとした手をそっとたおやかでけれど、ひやりと冷たい手がとめる。


びくり、と僅かに肩が跳ねた。


艶やかに磨かれた一部の隙もない美しい指先の手が自分の甲に触れている。

その事実にカッと胸が熱くなった。


そのまま運ぶように言われ動揺を隠すようにブルーイ=ダンブリュッケは慌ててその場を離れた。


騎士団の稽古場に向かう間、手の甲だけがやたらと暑いような、そんな気がした。


騎士団の稽古場のまんなか、竜が暴れても差し支えのない場所でそっと開けた箱の中では、12匹のちいさな竜がお腹をぱんぱんに膨らませひっくりかえって眠っていた。


「12匹!?」


ざわざわと覗いていた面々がざわつく。一匹でももて余す竜を12匹纏めて封じ、さらに満腹にさせるとは…

その魔力量と技術の高さに皆がごくりと唾を飲み込んだ。

そして、竜の美しさにも。


眠る竜は皆美しい白銀の鱗だった。


まるでエイリンビィ=ファベットの髪のような。

そっと指の背ちいさな頬を撫でるとぱちりとひらかれた瞳は美しい紫色。


そうか、彼女の魔力を食べたからか。

ブルーイ=ダンブリュッケはなるほどと納得した。


くわぁ…とアクビをして羽を伸ばし、箱から飛び出した瞬間、その竜はみあげるほどの大きさ、それも騎乗するのに最適な大きさに変化した。


そして、するりとブルーイ=ダンブリュッケの手の甲にすり寄った。

そこはエイリンビィ=ファベットの手が触れた場所と同じだった。そして竜の鱗の滑らかな冷たさも、まるで彼女の指先のようだと。


「お前の竜はそいつだな、他のねぼすけ共の相手も探さなきゃならんな」


竜は気に入ったものにしかなつかない。

幸運にも見習いでありながらブルーイ=ダンブリュッケは竜を与えられるとこになった。


眠っていた竜達が起きだし、辺りがざわざわと騒がしくなっていく中で、ブルーイ=ダンブリュッケは竜の背中にそっと触れる。

触れた場所から魔力を流し己に馴染ませていく。そぅっとそうっと、白い鱗と紫の瞳の色が変わらぬように苦手な魔力調整を必死に行う。その丁寧さに竜はうっとりと紫色の目を細めた。

その表情にブルーイ=ダンブリュッケの胸がほっこりと暖かくなった。


綺麗な色を無くすのがひどく惜しかったが、けれど、残念なことに竜の背中の半ばから尾のさきにかけての鱗は白銀と混ざるように色を変えてしまった。ブルーイ=ダンブリュッケの瞳とおなじさえざえとした淡い青色に。

「エル」

ブルーイ=ダンブリュッケは竜にはそう名前をつけて白銀の鱗を優しく撫でた。





エイリンビィ=ファベットが魔力を喰わせた竜達は非常に強かった。太陽の下で輝く艶やかな鱗は最初に食べた魔力がどれだけ上質だったのかを表していた。


しばらくして12匹のチームが結成されることになり、恩人の彼女にもチーム名の候補をと声がかかった。


「ダースはどうかしら」


さして悩みもせずにそう答えた彼女は…残念なことにあまりネーミングセンスがないと評価を受けた。


その後、煌めきの猛き竜騎団と美しい鱗を讃えてつけられた団名が採用されたが、団員には長い!ダサい!!と不評で、裏で12匹はまとめてダースと呼ばれるようになった。


時折、エイリンビィ=ファベットがお茶をしているとブルーイ=ダンブリュッケの竜のエルは勝手に脱走し、お茶菓子と魔力をこっそりと貰う。、


掌サイズの竜はとても可愛らしく、エイリンビィ=ファベット竜が側にいることをいとうことはなかった。


そんな竜を探しに庭園の東屋にいくブルーイ=ダンブリュッケは「まったくしょうのないやつだ」と呟きながらもその頬を僅かに緩ませている。

普段表情の出にくいブルーイ=ダンブリュッケが竜を溺愛しているのは皆が認めるところとなった。


ダンブリュッケの長男は竜を溺愛している。

次期ダンブリュッケ当主は竜に嵌まったらしい。


と皆が呆れたようにそう噂したが、当のブルーイ=ダンブリュッケはエルが素晴らしい竜のだから惚れ込んでも仕方がない、と満更でもない様子でその美しい白銀の鱗を優しく撫でた。



けれどエルは兄弟達に「私はご主人様想いなのよ」と澄まし顔で言う。

竜の言語を人間が理解することは出来なかったが。



そうして今日もエルは小さな竜に擬態して、自分と同じ銀色の元へと遊びにいく。

美味しい菓子と魔力と、迎えに来る主のために。





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