3.妹たちと仲良くなろう
『……お兄様は私のことなんて何も思ってませんわ』
白銀の美しい髪を持った少女は、悔しそうに唇を噛み締め、目を伏せる。
そして、再び目を開くと、その青空のような瞳には、憎しみや怒りといった強い意志を宿していた。
少女は、まっすぐに目の前の、兄と同じ瞳を持つ少女を睨みつける。
『だから、貴女は嫌いなんですわ。貴女のような、誰にでも愛される乙女に私の気持ちなんて、わからない!!』
少女の悲痛な叫びと共に、魔法陣が輝いた。
**
「アーサー様」
「あ、あぁ、どうした?」
「いえ、お手が止まっているようでしたので、よろしければ変わりましょうか?」
「いや大丈夫だ。もう完成してるからな」
アーサーは、手に持っていた泡立て器とボウルを置く。どうやら、上の空になっていたようだ。
しかし、手はしっかりと動かしていたようで、ボウルには角が立っているきめ細かい生クリームが出来上がっていた。
アーサーが、シェリーにお菓子の差し入れと言う名の餌付けを開始してから、早2週間が過ぎていた。
その成果もあり、シェリーはアーサーに対しての畏怖感が軽くなったようで、ここ最近ではアーサーが、部屋にいるときには、シェリーの方からやって来る時も多くなった。
初めてシェリーが来た時、アーサーはようやく子猫が懐いてくれた!!と心の中でガッツポーズをするほど喜んでいた。無論、鉄壁のポーカーフェイスで、それが表にでることはない。
何故か、侍女含めイザベル女史がよく医務室にお世話になっているが、クロエが対応してるので問題はないだろう。
感染のものかと思い魔法を使ったが、何も出なかったため、クロエに任せている。クロエさんならなんとかしてくれる安心感。
あとルーツに関しては相変わらず、クロエに扱かれている。合掌。
「本日のスイーツは、ロールケーキですか?」
「あぁ、シェリーからのリクエストだからな」
「お兄さま、あのロールケーキを食べたいのですが、お願いしてもよろしいでしょう、か?」と可愛い妹から可愛くお願いされて、断れる兄がいるだろうか。いやいない。
その瞬間に、アーサーの中でロールケーキを作ることは決定事項となったのだ。
「お料理中に申し訳ございませんが、至急アーサー様にお耳に入れたいことがあるのですか、ご報告させて頂いてよろしいですか?」
「許可する」
「ありがとうございます。
御当主様が、例の子のみを連れて、2週間後に開催される第1王子の生誕パーティに参加するおつもりのようです」
スパン、とアーサーは苺を勢いよく切り落とされ、飾り切りされている。
それと勢い余ったのか、まな板まで真っ二つに切れてしまっていた。どうやら、思ったより力を込めてしまったようだ。おっと危ない危ない。魔力まで漏れている。
アーサーは、荒れ狂う心を収めるようにゆっくり息を吐いてから、クロエの言葉を繰り返す。
(第1王子のパーティにアリスを、ね)
本来、王宮からの招待状であるのなら、家族揃って向かうのが普通である。
しかし、母親が亡くなってからは、当主であるローリはすべて断ってきていた。
普通なら、許されることではないが、あまりにもローリが傷心であったことと、ローリが宰相の仕事だけはしっかりしていたため、特例で許されていたのだ。アーサーもパーティなどは好きではないので、丁寧ろ度いいかと思っていた。だが、生まれた時からすでに第1王子と婚約が決まっていたアーサーの妹、シェリーは違うだろう。
ゲームでは、シェリーは、あの第1王子を本当に、深く愛していたのだから。そのため、王妃になるべく、幼いながらすでに王妃教育を頑張って受けているのだというのに。
あの、クソ親父は何をしてる?、とアーサーの魔力が一気に膨れ上がる。
「そのことは、シェリーは?」
「まだ、ご存知ではありません」
「ほう、そうか」
そこにいるものが全てひれ伏してしまいそうな魔力という名の殺気を押し込めながら、アーサーは壮絶に微笑む。恐らくここにルーツがいたらトラウマを発動させているだろう。
(あのクソ親父。テメェがそうなら俺にも考えがある。覚悟しとけよ)
恐らく、アリスが来たことにより脳内花畑な父親は、アーサーとシェリーのことを綺麗さっぱり忘れているのだろう。愛する妻の面影を強く残した子どもを見るのは辛いのだろう。だが、しかし、敢えて言おう。
クソ女々しいし、鬱陶しい、と!
これは、前世のアーサーが前世の妹がゲームの時にも思っていたことだが、ローリはあまりにも女々しすぎだし、家族蔑ろにしすぎだし、てめぇ奥さん愛してるくせに義娘に手をだしてんじゃねぇよ!?とツッコミどころが満載だったのだ。まぁ、フィクションだから許される。
しかし、これは残念ながら現実なのだ。実の親父になるともはや、呆れてツッコミすら入れたくない。なんだあれ。
(仕事だけは、有能だから腹立つんだよなぁ。あと本館の使用人たちは、親父にクッソ甘いし)
ここはローリの生家でもあるため、ローリの小さい頃から仕えている使用人たちが多いのだ。今回の件も、御当主様がお元気になられた!って感涙してるのだろう。父親を支えてくれてるのは有難いが、これと話は別だ。
アーサーは関わりたくなくて、放置していたが、やはり父親とは一度話し合わなければいかないようである。
「ところで、例の子はどうなってる?」
「はい、アリス様ですが、基本的には御当主様に構われているようです。ただ、」
その後に続けられたクロエの言葉に、アーサーは、思いっきり眉間にしわを寄せた。折角押し込めた魔力が暴発しかけたが、すんでのところで保った。
事態はアーサーが思ったよりも深刻のようだ。これは早めに手を打つべきなのだろう。
「父上の今日の予定はどうなってる?」
「本日は午後からは、王宮に向かうようです」
なら、午後からだな、とアーサーはクロエに指示を出した。
**
「あの、お兄さま? いきなり、動きやすい格好でと言われたので着替えてきましたが、何をなさるのですか?」
ドレスではなく、ズボンとワイシャツと、そして髪をポニーテールにしたシェリーは、不思議そうに兄を見つめる。アーサーは、シェリーの姿に心のシャッターを切りながら、重々しく口を開いた。
「シェリーには、俺と鬼ごっこをしてもらう」
「おにごっこ、ですか? 私とお兄さまが?」
「ルールは俺が鬼で、シェリーには俺から逃げる、という一般的な鬼ごっこと一緒だ。範囲は、うちの裏庭の森。安心しろ、結界魔法を張っているから奥には入れないようにしている。時間は1時間だ。俺は魔法は使わないが、シェリーは使ってもいい」
アーサーの言葉に、シェリーはまだ少し戸惑っている。それもそうだ。いきなり兄から鬼ごっこすると言われて、戸惑わないわけがない。
「えっと、お兄さま、質問してもよろしいですか?」
「なんだ」
「なぜ、鬼ごっこなんですか?」
シェリーの疑問は最もであることはわかっていたが、アーサーは少し困っていた。なんと言えばいいのか。素直に言うと、今から君と義理の妹を仲良しにしようと色々と考えてます!とか。
(言えなーい!!言えるわけないわ!!?あ、でもシェリーにあんまり嘘はつきたくないし!!!ていうか、シェリーのポニテ可愛すぎじゃね? これにした侍女グッジョブ!!)
内心、若干気持ち悪いことになっていたが、表面上は見事なポーカーフェイスなので、何も問題はない。
アーサーはふと、前世の兄友からのある言葉を思い出した。
そうだ、前世のアーサーが妹に構いすぎて、口に聞いてもらえなくなっていた時に兄友はこういってたのだ。
「敢えて、自分の気持ちを素直に言葉にして伝えることは大事だぜ★」と。
「……一般的な兄妹は、こういう風にして遊ぶそうだ。その、シェリーと一緒に遊びたい、と思ってな。
……嫌、か?」
「!!!!!? そ、そんなことはありませんわ!!!! 私も!!!ずっと!! お兄さまと遊びたいと、思ってました、から!!その、うれしい、です!!」
顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうにへにょりと笑うシェリーに、アーサーは兄友に感謝した。ありがとう、兄友。お前のおかげで可愛い妹が見れた、とそっと2度と会えない友人に心で敬礼を送った。
「遊んだら、お菓子を食べよう。ロールケーキを作ったんだ」
「え!? ロールケーキですか!?」
「あぁ、シェリーが食べたいっていってただろ」
アーサーがそういうと、シェリーは勢いよくアーサーに抱きついた。シェリーの突然の行動にアーサーは少しだけ目を丸くした。
「お兄さま!! シェリーは、お兄さまが大好きですわ!!!」
キラキラと目を輝かせたながら、ぎゅっと抱きついてくる妹にアーサーは思わす、天を仰ぐ。うちの妹が天使すぎてやばい。
(ちょっと可愛すぎてわけがわからない。そんなにリンゴのようにを真っ赤にさせながら、キラキラとした目で見られたらお兄ちゃん、すごく耐えられないから!!! 今すぐにも、シェリーを撫でまわしたくなるから!!! うおおおおおおお!! うちの妹かわええええええええええ!!)
※顔は一切の無表情です。
ただ、ものすごく荒ぶっていた、内心で。
アーサーは必死にそれを押さえ込みながらも、ポンとシェリーの頭を撫でる。
「俺も、シェリーのこと大好きだから」
「お、にいさ、ま」
ちょっと恥ずかしいなぁ、とアーサーが思っていると、シェリーは目を見開いてポロポロと涙を流しはじめた。
(え、ええええええ!?なんで泣いてるの!?これって泣かしたのは俺か!?俺なのか!?くっそ!!誰か俺を殺せ!!!?)
珍しく、本当に珍しく、表面上のアーサーにも焦っている様子が見てとれくらい、アーサーは焦っていた。ただし、実際には無表情である。
「おにい、さま、わたくし、は、おにい、さまの、妹で、いて、よろしい、のでしょうか?」
「当たり前だ。シェリーは生まれたその時から、ずっと俺の大事な可愛い妹だから」
「おにいざまぁああああ!!!」
泣き出したシェリーをぎゅっと抱きしめる。アーサーはそっと目を伏せた。アーサー自身が思っていた以上に、妹は深い傷を負っていたようだ。泣きじゃくる妹の背を撫でながら、これからはもっと甘やかしていこうと決意する。あと、父親は許さない。八つ当たり? 上等である。
(とりあえず、あの親父にはギャフンって言わす。絶対に土下座させる)
兄がそんな薄暗いことを決意してるとはつゆ知らず、シェリーはずっと恋い焦がれていた暖かいぬくもりに包まれながら、これまでの寂しさやドロドロした気持ちを全て洗い流すかのように涙を流した。
*
「それでは、お兄さま! 存分にあそびましょう!!」
少し目を赤くしながらも、元気よく拳を握るシェリーにアーサーは、少しだけ顔をしかめた。シェリーが泣き終わってからは、即刻氷魔法で目を冷やしてた、治癒魔法をかけたが赤みはなかなか取れなかったのだ。今日はやめくかと口にしたが、それはシェリーによって断れたのだ。
「お兄さま! 私は大丈夫ですわ! だから、思いっきり私と遊んでください!」
「……無理はしないと約束をしてくれ」
「はい!!」
シェリーに気分が悪くなったり、危険なことがあったらこれを鳴らせと魔法の鈴を渡して、いざ鬼ごっこはスタートされた。
勢いよく、裏庭の森の中に入っていくシェリーはアーサーは数を数えながら見送る。すでに気配を感じなくなってるので、気配を消したようだ。幼いながらに中々だな、とアーサーは感心していた。すると、後ろに人の気配が現れた。
「アーサー様」
「手筈はどうだ?」
「アーサー様の仰せのままに進んでおります」
現れたクロエにアーサーは、千里眼の魔法を発動させる。シェリーではなく、クロエに頼んだアリスを見るためである。
どうやらアリスはすでに、この森の中に入ってしまっているようだ。ついでに本館を覗くが、まだ誰もアリスが居なくなったことに気がついて居ないようだ。アーサーの指示通りに、クロエはしっかりと動いてくれたようだ。
「あとは調整は任せる。俺はシェリーを追っていく」
「畏まりました」
アーサーは森の中へと、入っていった。鬱蒼とした緑が覆い繁っているのに、軽く眉を寄せる。
先ほど、クロエが結界魔法を張った時に、なにやら変な魔力を感じていたのだ。なんというか、ルーツと、災厄の終焉と会ったときのような、肌を這うよう嫌な感じだ。滅多なことにはならないだろうが。
シェリーとアリスを仲良くさせようとするのは時期尚早だったか、とアーサーは顔をしかめる。アーサーも全力でフォローするが、絶対に上手くいくとも限らない。
アーサーには、1つ懸念していることがある。前にも言ったが、よくある世界の抑止力とか呼ばれる原作の力である。
アーサー自身、最大のフラグとも言える魔王フラグはすでに捨て去っており、黒幕も片付けている。それは、前世を思い出し、すでに原作のアーサーではなくなった、アーサーだったから自身のフラグをへし折ることができたのではないかと思ってる。
だからこそ、シェリーとアリスを仲良くさせるというのは、抑止力とやらが働いて、結局ライバル令嬢とヒロインの関係になってしまうのではないか、とアーサーは危険視しているのだ。
それでも、アーサーはシェリーとアリスは仲良くしてほしいと思っている。間違いなく、アーサーのエゴである。しかし、それだとしても、アリスの現状を知って黙ったままなんていられなかったのだ。
『アリス様は、どんなに御当主様に構われても、ほとんど過ごされてる時は、人形のようにほとんど表情を変えておりません』
そんな事を言われてしまったら、アーサーは動かざる終えない。彼女が、自身の義妹であるのならば。
クソ親父から幼気な少女を救わなければならない。やはり、あの父親とはは念入りな話し合いが必要なようだ。それに、あんなに小さい子が人形のままなんて、悲しすぎる。
それに、アーサーは常々、思っていたのだ。
白銀のような銀髪サラサラストレートのシェリーと太陽のようにふわふわした金髪のアリス、正反対な2人が仲良くなったら、それはもう癒しの光景だろう、と。そうなったら、恐らくアーサーは全力で妹たちを愛でると決意してる。
しばらく、森を歩いているとクロエからの念話が入る。
「どうした?」
【アーサー様、緊急事態です。アリス様が魔物に襲われています】
「なに!?」
アーサーが一気に魔法を展開して、彼女の場所を探る。見つけた、と同時に近くに小さな気配と禍々しい気配を見つけて、アーサーの血の気が引いていく。
【近くにシェリー様もい、】
「話は後だ」
念話を切ったアーサーは、転移魔法を展開して、一瞬にしてアリスの元へ飛んだ。
そして、そこでアーサーの目に入ったのは怪我をしたように座り込んでいる金髪の少女と、その少女を守るように、立っているシェリーであった。
一気に体の芯が熱くなるのと同時に急速に冷えていく。
「お兄さま!?」
シェリーは突然現れたアーサーに驚きの声をあげる。
アーサーは、それよりもシェリーの腕から、真っ赤な血が流れているのを見つけてしまい、今にも途切れてしまいそうだった堪忍袋の緒が切れた音がした。
シェリーの声によって、その魔物は振り返る。
一般的な狼よりも、数十倍にも大きい黒い狼であった。また、その狼は災厄の終焉のような生命力を吸い取るような嫌なオーラを発しており、かの魔物の周りの木々がみるみるうちに枯れ落ちている。魔物は、何故か全く持って魔力を感じられないアーサーを視界に入れると、ターゲットを定めたようだ。こいつは餌である、と確信してしまったのだ。
「アオオオオオオオオンンンン!!」
狼は、己の勝利を確信して遠吠えをあげる。そして、アーサーに襲い掛かろうとした瞬間、その狼は綺麗さっぱりと居なくなった。
まるで、その空間だけ切り取られたように。
シェリーは突然のことにキョトンと目を丸くしていると、アーサーが近づいてきた。
「あ、お兄さま、たすけ、」
パシン、と乾いた音が響いた。
シェリーはじくじくと痛む自身の頬と、冷たい目でこちらを見下ろすアーサーに、なにが起こっているのが理解ができなかった。
「シェリー、なぜ鈴を鳴らさなかった」
「あ、のお兄さ、ま」
「あの魔物を自分で倒せると思ったのか? 相手の力量も読めずに? 自身の力を過信したのか?」
「に、いさ」
シェリーはようやく理解した。兄は、アーサーは怒ってるのだ。
理解した途端、身に感じるのは恐怖だ。折角、兄と仲良くなれたのに、これではまた、自分は1人になってしまう。ガタガタと身体が震えてくる。しかし、どうしたらいいかなんてわからない。兄に怒られるなんて初めてだ。謝れば許してもらえるのか、嫌われない、のか。シェリーはわからない。
視界がぼやけてきていた、シェリーの手が温かいなにかに包まれた。
「この子をおこらないで」
シェリーが横を見ると、そこには金髪の少女が、立っていた。
「この子はわた、しを助けてくれたの。わ、たしが足をけがしてたから。だから、逃げないでたたかってくれたの。悪いのは私。だから、この子をおこらないで」
シェリーをかばうように真っ直ぐにアーサーの前に立って言う少女にシェリーは、ぼやける視界で驚いていた。そして、自身が情けなくて目線を下げると、少女の足が震えてるのに気がつき、ハッと少女を見る。
アーサーをじっと見ているが、その顔は青くなっており、身体を小さく震えている。何せ、こんなにも怒っている兄を前にしてるのだ。優しい兄を知っているシェリーでも怖いのに、兄を知らないこの少女はもっと怖いはずだ。それなのに、シェリーを庇ってアーサーに立ち向かってくれてる少女にシェリーの胸は締め付けられる。
「ちがうわ!! わたくしが、わるいです!! わたくしがすぐに助けをもとめなかったから!! お兄さま、ごめんなさい!! 」
「ちがう!!! わたしがケガしたのがわるい!! あなたはわるくない!! たすけてくれたの!! わたしがわるいの!!!」
シェリーと少女は、お互いの手を握りしあいながら、涙を流して訴える。
お互いを守るように、必死にアーサーに訴えた。ごめんなさい、ごめんなさい、と彼女たちの声が森に響き渡る。
今まで黙っていたアーサーが、動き始めて2人の少女は目を瞑った。
「死ぬかと思った」
少女たちは温かいぬくもりと、小さく弱々しい声に目を開ける。
「心配をしたんだ。叩いてすまないシェリー」
ぎゅっと抱きしめてくれるアーサーに、ようやく安心した少女たちの涙腺はさらに刺激される。
「にいざまぁぁああ!! ごめんな、さぃ!!! ごわがっだぁあああ!!!」
「うわぁぁあああん!!! ごめん!!な、さい!!!!!!!」
鼻水やら涙やらでアーサーの服がびしょびしょになっても、アーサーは2人を決して離さず、生きている温かい2つのぬくもりに、そっと安堵のため息をついた。
今回はアーサーは本当に肝が冷えていた。少女が、アリスが怪我しているのとシェリーが血を流している確認した瞬間、理性が飛んだのだ。
一瞬にして消滅魔法を使ってしまったのは、今では失敗したな、と思っている。あの魔物、もっと苦しめてたから殺すべきだった、と今更ながら後悔していたのだ。
妹たちを宥めながら、戻ってきた理性にようやく頭が冷静になってくる。やはり、これは抑止力とやらが働いた結果なのかもしれない。そもそも、公爵家の所有地である森であんな魔物が出ることは可笑しいのだ。
(そうだ、なんであの魔物はここにいれたんだ? そもそも、クロエの結界があったはずだから外からは入れないし、それなら元からここにいた?)
思い当たった答えにそれはないだろうと、捨て去るが、何かが引っかかる。
公爵家、森、黒い狼、それをキーワードに思考を巡らせていると、あっ、と1つのイベントを思い出した。
( あの狼もしかして、シェリーがアリスと対決するときに使っていた使い魔の奴か!? )
確か、あれは歴史あるが色々と恨みを買ったりしてるホワイト公爵家のこれまで負の感情を糧にしてる魔物であったはずだ。ホワイト公爵家の負の遺産ような存在だ。
(あー、そっか。俺がいるってか、ルーツがいる離れに気づかれないように気配をずっと消してたな。獣の本能か。そうなると、今回は本館にいた魔物がアリスにくっついてきたってところか)
恐らく、自身の天敵になるであろうアリスを始末するために1人なったところで実体化して襲い、そこで、シェリーが助けに入った、ということだろう。
(ということは、アリスとシェリーの対決フラグ折ったということか?)
何せあの魔物は、シェリーがアリスを殺すための切り札だったのだ。大体、あの魔物も災厄の終焉のように負の感情を助長させていたので、早期に始末はしなければいけないものだっただろう。しかし、今の今までその存在に思い至らなかったのだ。
アーサーは、今回のことに大いに反省していた。自身がいくらチートで前世の記憶があると、油断していたのだ。前世の記憶においても、ゲームのシナリオに断片的にしか思い出していないのだ。どうやら、この記憶にはある一定の条件があるようだ、とアーサーは察した。
(過信してるつもりはなかったけど、慢心してたんだろうなぁ)
これからは先手をうって、手加減せずに対応していこうとアーサーは気を引き締める。とりあえず、まずは妹たちの無事を素直に喜ぼう。
**
散々泣きまくった妹たちは、疲れて眠ってしまった。アーサーは2人を抱き抱えて、転移魔法を使い、クロエの元に飛んだ。
「アーサー様、お2人のベットの準備はできております」
「すぐに向かう。本館はどうだ?」
「バレておりません。しかし、御当主様が何やら慌ててご帰宅されているようです」
クロエの言葉に、アーサーが嫌そうに顔をしかめて、千里眼の魔法でローリを確認すると、ものすごい勢いで馬車を走らせている。あの様子では残り30分で到着するだろう。アーサーは、鑑定の魔法を使いアリスを見るて、大きく舌打ちをする。
(あのクソ親父!!! こんな幼気な少女に探知魔法つけてやがる!!!しかも隠蔽魔法までつけやがって!)
それは前世において所謂、GPSのような場所を特定する魔法である。精密なまでに隠された魔法陣をアーサーは握りつぶす。仕事の休憩か何かで確認して、本館にいないから焦ったのだろう。アーサーはもう一度舌打ちをする。ローリの魔法に気がつかなかった自分への苛立ちと、父親の気持ち悪さに。千里眼の魔法で見ていたローリの顔が真っ青になっていた。
どうやら、話し合いの予定が早くなったようだ。
「クロエ、幻術はもういい」
「承りました」
パチン、とクロエが手を鳴らした瞬間、本館で悲鳴が上がった。あまりの騒がしさに、眠っている妹たちが、身じろぎをする。すでに、2人には治癒魔法もかけて怪我も綺麗さっぱり無くなっている。アーサーとしても、怒りのあまりシェリーを叩いてしまったのことには反省をする。手を出してしまうなんぞ、兄の風上にもおけない。まだまだ、自分自身の感情のコントロールが必要だ。
そっと、2人の頭を撫で、防音魔法をかけると穏やかな寝顔になる。
「クロエ、2人を俺のベットに。俺が行くまで誰も入れるな。あとルーツもそばに控えさせろ」
「畏まりました」
クロエに2人を預けて、アーサーは騒がしくなっている本館へと足を向けた。
その顔には、まるでゴミを見るかのようにどこまで冷たい目をしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。やっぱり、妹って最高なんだと思います。
あと主人公はシスコンを拗らせてるだけです。たぶん、父親はクッソヤベェ感じに気持ち悪くなる気がするので先に謝っておきます。すいません。