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決戦の朝

 夜が明けた。

 寝る前にお母さんが淹れてくれたハーブティーのおかげで寝ざめはすっきりだ。起きて、朝のジョギングに行こう。

 準備を済ませて扉を開けると、そこにはなぜか佑真がいた。



「よっ、早いじゃん」

「佑真もね」

「へへ、まあな」



 楽しみなことがあると朝早くに目が覚めてしまう。そういえば昔からそうだった。こいつも、わたしも。



「とりあえず公園まで行こーぜ」

「ん、そうしよう」


 だから早朝の道を、こいつと2人で走ることにはなんの違和感も無いのだった。





 朝の公園はとても明るくて、夕べの幻想的なそれとはまったく違う、爽やかな雰囲気だった。やっぱり早朝は空気も違うね。あー、深呼吸したくなる感じ。



「落ち着いてんなー、今日の勝負は余裕か?」



 佑真がケタケタ笑いながらそう言ってくる。その笑い方から、冗談で言ってるんだというのがわかる。



「そういうわけじゃないけどさ、早く目が覚めたから、たぶん楽しみって思ってるんだよ」



 そう言うと、佑真が「あー」と納得したような声を出す。

 落ち着いてるわけじゃない、むしろそわそわはしている。でもそれが緊張かというとそうではなくて、今言ったように、楽しみなのだ。王様との、勝負が。



「ま、やるならやっぱ勝てよな!」

「んー、なんかべつに、勝ち負けもどうでもいいんだよね」

「え?」



 もともとこだわってなかったけど、王様の称号がどうでもいいっていうこともあるし。



「わたしは本気でやるだけだから、結果なんて考えてないよ」

「うわっなにそれカッコいい」



 カッコいいってなんだ。どうせかわいかないやい、ちくしょう。



「俺も試合の前とかそう言ってみよっかな~…あ、だめだ、部長に笑顔で殺される」

「どうした」

「部長コワイ」

「どうした」


 悲観的になるのはお腹が減ってる証拠だよ、佑真、帰ろう、朝ご飯食べよう。

 そう言ってわたしはうつむく幼馴染の背中をぽんと叩いた。







「おはよう、高波さん」

「あ、おはよう真利くん」


 下駄箱の前で靴を履きかえていると、真利くんに声をかけられた。朝から爽やかな笑顔だなあ。



「調子はどう?」

「うん、たぶんいい感じ、今朝なんてね、楽しみで早く目が覚めちゃったんだ」

「楽しみ?」



 わたしの答えに、真利くんは少し目を丸くした。

 今後の学生生活がかかっているかもしれない勝負なのに、なにをお気楽な事言ってるんだろうなんて思われるかな。いや、真利くんならきっと。



「ふふ」



 そう、こんな風に笑って。



「高波さんらしい、かな」



 こう言ってくれるのだった。そうやって笑う様はやっぱり王子様のような気品に満ち溢れているなあ。



「ずいぶんとのんきなことを言っているな」



 突然、後ろからかけられた声に驚いて振り向くと、そこにはやはり驚くべき人物が呆れたような顔をして立っていた。



「平胤?」



 なぜ平胤が驚くべき人物かってそれは、平胤が離反を切り出したあの日から3日間、こいつがわたしに話しかけてくることは無かったからだ。同じクラスなのに。

 平胤はそんなわたしの態度に対してなのか呆れたようにため息をついてから、いつものあの癇に障るようなニヤリとした笑みを浮かべた。



「剣はだいぶ仕上がってるぞ、もともと短距離が苦手とはいえあいつの持てる知識と財力となにをやらせてもそこそこできる才能をもってすれば出来ないことは無い、油断すると、負けるぞ」


 そう言って私を見るまなざしには、明らかに挑発的なそれが含まれていた。王様との勝負は勝ち負けに興味ないけど、こいつの挑発的なそれに負けるのは、なんか悔しいな。

 だからわたしは平胤のメガネを睨み返して、ふふんと笑ってやった。



「わたしだって仕上げてきてるし、勝ち負けは正直どうでもいいけど、本気でやることは約束するよ」



 王様にも宣言しちゃったしね、とは言わない。なんとなく、昨日あの公園で王様に会ったことは言いたくない気がした。

 わたしがそう言い返してやると、平胤は笑った。いつものようにふははって。それから「じゃあな」とだけ言うと校内へと去って行った。あいつ、挑発しに来ただけだったのかな。そう考えていると、真利くんがふふと笑う声が聞こえた。



「平胤くん、高波さんを励ましに来てくれたんだね」

「え?」

「きっとそうだよ、だって高波さんが言い返したとき、とても安心した顔をしてたから」



 真利くんには世界がどう見えているのだろう。いや、たぶん、とても優しい世界なんだろうな。





 真利くんと別れて教室へ向かっていると、前方から駆けてくるかわいらしい姿が2つ。嬉しそうに「高波さん」とわたしを呼んでくるその2人は。



「横尾さん、湯上さん」

「あの、これ」

「使ってください!」



 そう言って2人が差し出してくれたのは、真っ白でふかふかの、2枚のフェイスタオルだった。こころなしかいい匂いもするなあ。これが女の子のタオルというやつか、なるほど貴い。

 嬉しそうに笑ってくれる横尾さんと湯上さんにお礼を言っていると、後方からバシンとなにかが投げつけられた。柔らかいものだったから痛くはないものの、何だ?と振り返ってみると、びっくりした。



「えっ稚菜ちゃん?」

「あたしのタオルなんてお呼びじゃないんでしょう!わかってるわよ!」

「えっちょっと稚菜ちゃん!?」



 いつもの取り巻き3人を連れて顔を真っ赤にした稚菜ちゃんは、言いたいことを叫ぶとくるりと背を向けて走り出してしまう。



「稚菜ちゃん待って!なんかいろいろよくわからないけど、稚菜ちゃんのタオルも嬉しいから!」

「待ってなんてぬるい言葉じゃ稚菜ちゃんは待ってくれないわよ!」

「止まれって命令しないと止まらないんだから!」

「タオルはちゃんと突き返すのよ!」



 そんな稚菜ちゃんを追いかけようと走り出したわたしの背中に、取り巻き3人のそんな声が聞こえる。だから3人目!突き返さないってば!









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