洗ってくれる! / 拉麺(らぁめん)、のびる。★
■ 『洗ってくれる!』
うぃぃん、と起動音が低く鳴る。
「こいつ…! 動くぞ!」
咄嗟に魔王の放った光条魔法は回路を灼き切り、
魔導装置はその動きを止めたのだったーー。
勇者「…あーあ。壊しちゃった」
魔王「す、すまぬ…///」赤面
魔王「だ、だって! 思わんじゃろ?! バシャー!て!!
水が! ぐるんぐるんーって回るんじゃもん…。反則じゃ…」よよよ…
勇者「うんうんうん。恐かったなー。もう大丈夫だよ俺がいる」棒読み
魔王「バカにするでないわい!」ぷんっ
***
勇者「というワケで、今日俺たちは『1ゴールド魔導洗濯屋』にやって来ました」
魔王「それにしても驚いたわい! 思ったより らぐじゃりーな雰囲気じゃの!
もっと安っぽいかと思っておった…。これならば、ワシの城に勝るとも劣らぬの!」
勇者「趣味の骨董品集めに凝りすぎて、ゴミ屋敷化してんだろお前の城…」ボソッ
魔王「ん? 何か聞こえたかのう?」そよっ
勇者「ジム併設でトレーニングマシンが置いてあったり、色々だよな。
ココはインテリア雑貨置いてるみたいだな!」
魔王「見るがよい勇者よ! この魔導照明、氷の中に閉じ込められておるぞ!
はは! 愉快、愉快!」
勇者「お~。よく見るよな、ソレ。家にあると邪魔だけど、見てる分には害がないよな!」
魔王「物欲のないやつじゃのう…。」
魔王「…さて。ワシの高級魔鳥羽毛布団はどうなったかのう…?」
おフトゥン「ぐるんぐるんぐるるん」
魔王「よう廻っておるの…」
勇者「この回転は見習いたいよな」
魔王「うむ。ミドリ・イトーの4回転ジャンプを彷彿とさせおる…。
見習いたいのう。縦回転とゆうのが、また、そそるの」
勇者「ああ。縦に4回転ジャンプは難易度が高い。
お。洗うのが終わったようだぞ」
魔王「ふむ…。次は脱水じゃな♪」
洗浄魔導装置「ブシャー!! ぐるんぐるん…!!」
魔王「ほんに、よう廻るのう…」
勇者「ああ。日頃の悩みやストレスが、洗い流されてゆくようだ…」
ぐぃんぐぃん。
魔王「おヌシにストレスや悩みなんぞ、あったとは初耳じゃ」
勇者「まあな。俺は生涯現場主義だからな。
いかに責任を負わずに、気楽に働くかということについては、
考えざるを得ないな…」
魔王「悩むのはそこなのじゃな…」
勇者「全力で、責任と出世を回避していくつもりだ!」
魔王「まぁ、自由じゃが」
ごぅんごぅん。ぐぃーん。
勇者「仲間の僧侶が、回復魔法を教えるベンチャーを立ち上げるって言ってるんだけど、どう思う? 俺もノッたほうがいいかなー?」
魔王「さあのう…。(二番煎じじゃと思うがのう)」
勇者「あと、盗賊も、貧しい人々にカネを配るボランティア始めるって言ってた」
魔王「篤志精神、素晴らしいの(資金源が謎じゃな…)」
勇者「みんな、将来のこと、ちゃんと考えてるんだなー。
俺なんか、幼稚園の頃から、世界を救うことしか考えてない。
もうちょっと、しっかりしなきゃな~」
魔王「そうじゃの。平和になった世界で自分が何をするべきか。
何ができるのか。
それは、見据えておいたほうがよいかもしれぬ」
勇者「うん」
ぐぃんぐぃん。ピーッ!
魔王「うむ。乾燥も完了したようじゃの」
勇者「とりだすぞー♪ 取り出しちゃうぞー♪ レッツ、オープーン!」がぱっ
魔王「ずるいぞ勇者よ! ワシだって
ふわふわ洗い立ての布団を触りたいのぢゃ!
ええい! 頭上に持ち上げるでない! ワシの手が届かんではないか! こらっ」
勇者「はーはっはは! この布団が惜しくば、俺に世界の半分を寄越すがいい!
うわーっはっはっは!!」走り去る
魔王「…くっ! なんと卑劣…! これが勇者のやり口か…!!」
部下A「魔王様は、ふわふわのお布団で、いい夢が見れたみたいです!」
勇者「よかったなー。世界征服も大変なんだな」
部下A「ええ。気苦労も多いみたいですが、僕らはあきらめません」
勇者「そうかそうか」
>>>
■ 拉麺、のびる。
その日、東の新米魔王は上機嫌であった。
魔王「フン、フン、フーン♪
個人オーダーのまくらが届いたぞ♪
早く使ってみたいのじゃ~。
ビーズとストローでふわっふわじゃ。
この埋もれ心地…。埋もれすぎて現世に戻ってこれんような気になるのう♪」
ぽふっ
魔王「…ひつじがにひゃくさんびき、ひつじがにひゃくよんひき…」
魔王「…ダメじゃ! 眠れん! たっぷりと午睡をしてしまったせいかのう…
喉も乾いてきたのじゃ。エナジードリンクでも飲もうぞ…(※)」のそのそ
ピィン、ポォオオオオン
魔王「びくっ」
魔王「誰じゃ、こんな時間に…」びくびく
インターホン「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪
貴方の! 勇者です!! ラーメンをお作りしに参上しましたァ!!」
魔王「そ、そうかの…。ふむ。感心、感心。よい心掛けじゃ」
勇者「(インターホン越し)とはいえ、こんな深夜に、一人暮らしのお部屋に他人が入るわけにもまいりません!」
魔王「ふむ?」
勇者「そこでコレ! カセットコンロ!」
カチッ! ボボォ
勇者「アウトドアでも大活躍のこのアイテムが! 今ならなんと!
予備のボンベもお付けして、2980ゴールド!
ニーキュッパで貴方のものに!」
魔王「…おヌシ、何しに来たんじゃ…」じとー…
勇者(商人風)「あーっ!? まってまってまってぇえええ!!!
今! お湯を沸かしてますから! ねっ?
どうでしょう、この万遍のない沸騰! そこいらのナベじゃ、こうはいきませんよ!」
魔王「そうかのう…?」ボソッ
勇者「このチタン製ナベが! なんと! 今なら…」
魔王「2980ゴールドくらいなのかの…?」
勇者「アイヤー! よくわかってらっしゃる!」おでこ、ぺちっ
***
勇者「おっ。湯が沸いてきましたよ! ここに、この袋ラーメンを…」どぼーんっ
魔王「うずうず」
勇者「上に生タマゴを落として…」片手でパキッ
魔王「そわそわっ」
勇者「ハーイ♪ 完成デース!」
夜食ラーメン「きらきら…」上品なほほえみ
おタマゴ「ふんわり」ニコッ
魔王「…ごくりっ」
勇者「じゃあ、俺、帰るわ」
魔王「…えっ?」
勇者「目的は果たした。ラーメンは作ったし。…なっ?」インターホン越し
魔王「こ、このドアの前のラーメンはどうなるのじゃ…?」
勇者「冷めてゆく」
魔王「えっ…えっ?」
勇者「朝もやが街にかかる頃、ラーメンはすっかり伸び、出勤する人々が通りかかり、ドアの前に置かれたままのラーメンを目にする。
しかし、道行く人々は誰も足を止めない。ーーそう。彼らは知っているのだ。
そのラーメンが己とは無関係であることをーー。
野良猫がラーメンの脇を通り過ぎるーー。
少し匂いを確かめるが、ぷいと顔をそむけ、それきり見もしない。
昼ーー。
近くの公園からは、小さな子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。近くの住宅からは、テレビの音もーー。
宅配のバンが、生協のトラックが、郵便配達のバイクがーー通る。
夕暮れーー。
自転車で、中高生がとおりすぎてゆく。ふざけあい、笑い合いながら。
その顔はみな、明るくーーこの世のどこにも、不幸なんかないようだ。
夜ーー。家のない人が疲れた様子で通りかかる。
一度は通り過ぎたもののーーさみしげなラーメンの様子が気にかかったのだろう。きびすを返し、再びラーメンの前にーー立つ。
「…お前、ウチにくるか?」
勇者「そうしてラーメンは温められ、無事にその人の胃に収まったのでした。
めでたし、めでたし♪」
魔王「そうなる前に食らうわい。
できたてのラーメンにそんなつらい思いをさせてなるものか」
勇者「…フッ。ではな、魔王。またーー会おう」
魔王「うむ。勇者よ、息災でおるのじゃぞ」
そうして勇者はアウトドアお料理セット一式を背負いなおし、どこへともなく旅立っていった。今頃はーーどこの空の下を旅しているのだろうか。
ピィン、ポォオオオオン
ほら、あなたの家にも深夜…。
(『拉麺、のびる』幕)
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