8話
ひとしきり抱擁を交わしたあと、二人は一旦離れた。
「ソニア、まず君の認識について、1つ訂正しなければならないことがある」
「は、はい?」
クラレンスからいきなりそのように言われ、ついソニアは身構えた。
「魔力暴走についてだ。魔力暴走は決して責められるようなことではない」
「そう、なんですか?」
「そうだ。君は…いやこの場合はリベルト家が、待てよ、リベルト家は分かっていてソニアに教え込んだのか?そのほうが可能性がありそうだな…」
いつの間にかクラレンスはブツブツと一人で考え込み始めてしまった。
ソニアはつい、魔力暴走について早く知りたくてクラレンスの前で手を振った。
「はっ!済まない。魔力暴走についてだったな」
「はい」
「まず、魔力暴走は極めて優れた才能と、膨大な魔力を持つ者にしか起こせない現象だ。言ってしまえば、魔力暴走を起こすのは優れた魔法士になれる、黄金の卵であることを意味する」
「えっ……」
「それゆえ、魔力暴走を起こした者がいる場合は国に報告し、保護される。これは法律で決まっていることだ。この時点でリベルト家は罪を犯している」
クラレンスの話にソニアは驚くしかない。散々責められてきた魔力暴走が、それほどまでに重要なことだとは思わなかった。
そこでふとソニアは、魔力暴走を起こしたことがある人が、他にもいるのか気になった。
「あの、旦那様。魔力暴走を起こしたことがある人がは、他にもいるんですか?」
「いる。ここ50年の間では、2人だ。それも、君が良く知っている人物だ」
「えっ?」
よく知っている。そう言われても、ソニアにはピンとこなかった。
「私と、君の祖父だ」
「えっ、ええっ!?」
「そこまで驚くほどでもないだろう。私は魔法師団第二部隊隊長だし、将来的には団長を有望視されている。君の祖父は前魔法師団団長だ。知らなかったか?」
「旦那様のことは知ってましたけど、おじいさまについては初めて聞きました」
ソニアは祖父から、祖父が何をしているのかについて詳しく聞いたことは無かった。ただ、魔法についてとても詳しいという認識程度。
「そして君もそうだとすれば、3人目ということになる。どれだけ希少かは分かるだろう?」
「はい…」
「魔力暴走は確かに、何も知らない者からすれば脅威になる。だが、国としてはかけがえのない希少な人材だ。起こした者の保護はもちろんのこと、魔力暴走による被害に対し、国が保障金を払うことも法律で決まっている。だから、普通は隠さないが…どうやらリベルト家に普通は期待できないからな」
普通ではないと言われても、生まれたときからリベルト家と、そしてフォースター家しか知らないソニアは何とも言えなかった。ただ、クラレンスのおかげで、やっとあの家が普通ではないということが分かったのは、ソニアにとっては喜ばしいことである。
「だから、君が魔力暴走を起こしたことについて引け目を感じることは一切無い。それは分かってもらえるか?」
「はい」
「よし。さらに…実はこっちのほうがとてつもなく重要なのだが、魔力の強奪は極めて重い罰だ」
「えっ」
「事実であれば、一族郎党死ぬまで重労働の刑になる。当主は極刑すら免れない」
「そ、そんなになんですか?」
ソニアはクラレンスの言葉に驚きが隠せなかった。
8年間もされてきたことが、実はそれほど重い罰に繋がるとは思わない。
「魔力強奪は、魔法士にとって生命線である魔力を奪う行為だ。それだけではない。魔力を無理に強奪し、枯渇させれば死に至る。君が、瀕死になったようにな」
「あ……」
あのときの、闇に沈んでいくような感覚が呼び起こされる。
顔色を悪くしたソニアの頬に、クラレンスの手が添えられる。
(ああ、温かい…)
浮かび上がった感覚は、その温かさに払拭された。
(旦那様が触れてくれると、本当に温かい。あの時と同じ…。旦那様の手に触れると、魔力を感じられるから、かしら?とても気持ちいいわ)
クラレンスの手が触れる感触にソニアが安心している間、クラレンスは話を続ける。
「そんなわけで、君が異母妹にされてきたことは決して許されることではない。だが、問題は魔力強奪を第三者が認識しづらい点だ。当人同士はもちろん分かるが、第三者に認識させる方法が乏しい。一応、魔力を奪うには呪具が必要だから、現物を抑えるだけでも捕まえることできる」
「呪具……」
「どうだ、何かそれらしい物を見たことはあるか?」
「いえ…」
ソニアは記憶を掘り起こす。そもそもメリアは派手好きだから、しょっちゅう衣装もアクセサリーも変わる。その中で変わらないものがあっただろうかと振り返る。そこで、ふと気になったものが思い浮かぶ。
「…もしかして、手袋…?」
「手袋?」
「はい。メリアは凍傷痕を隠すために常に手袋をしています。もしかしたら…」
「…待て。君の異母妹は常に手袋をしているのか?」
「えっ、はい、そうですけど…」
「んん…?」
しかしクラレンスは納得いかないという感じで考え込んでしまった。
(私、何かおかしなことを言ってしまったかしら?)
ソニアが不安を感じ始めたころ、クラレンスはやっと口を開いた。
「君の異母妹は、第二王子の婚約者だな?」
「あ、はい、そうです」
「…私は魔法師団第二部隊隊長ということもあり、王族と面会する機会もある。自然、第二王子とも会い、そこに君の異母妹がいたのを見たこともある。だが、手袋をしているのを見たことが無い」
「えっ……」
そんなはずは…無いと言おうとして、まさかという思いが確信に変わってきた。
「もしや、君が魔力を奪われるとき、常にその手袋で触れられていたか?」
「はい、確か…」
「…決まりだな。その手袋が呪具だ」
「あの……」
「なんだ?」
ソニアはためらっていた。もし、その答えが自分の考えている通りだったら、これまでの自分の半生を否定しかねない内容だから。
だけど、もし『それ』が無ければ、ソニアの抱えている心の重荷が一つ無くなることにもなる。
ソニアは意を決して聞くことにした。
「メリアの腕に…傷跡はありましたか?」
「傷跡?」
「はい。私が…魔力暴走で負わせてしまった傷跡が、手袋の下に隠れていたはずです」
聞きながら、ソニアはなかば答えを自分で出していた。
もし傷跡があれば、手袋を脱いでいるはずがない。それなのに、ソニアの前以外では脱いでいるということは…その答えを、クラレンスの口から出てくるのを待つ。
「……すまない。そこまでは見ていない。手袋をしていなかったという記憶はあるが、それ以上は気にしたことがなかったものでな」
「そう、なんですね。すみません…変なことを聞いてしまって」
「いや、君にとって大事なことなのは分かる。傷跡が無いのなら、君が責任を感じる必要は無いのだからな。だが、元々そんな責任は無いのだ。気にしなくていいぞ」
「はい…」
そう言われても、ソニアは気にしないわけにはいかなかった。責任は無いと言われても、自分が負わせた…のかもしれないのだから。せめて、ちゃんと無いことは確認したかった。
納得していないソニアの様子に、クラレンスは苦笑して一つの提案をした。
「分かった。君の異母妹の傷跡についても調査しよう。分かり次第連絡する」
「えっ、そこまでしていただくのは…」
「気にする必要はない。そもそも、今回の魔力強奪の件で調べなければいけないのだ。そのついでだ」
「……はい、ありがとうございます」
二人は一息つくために、紅茶を飲んだ。
カップを置いた後、クラレンスは懐から一通の手紙を取り出した。
「ソニア。実は君が静養しているときに、君の異母妹から手紙が届いていた」
「えっ」
クラレンスの言葉に、ソニアは驚きで目を見開いた。
「君をあんな目に合わせておいて何様だと思い、悪いが先に読ませてもらった。済まない」
「いえ。気にしないでください。それで、なんと…?」
「ずいぶんと単純な内容だった。今日の日付で例のカフェに来いというものだったぞ」
「えっ!?」
クラレンスから手紙を受け取り、中身を読む。
確かに内容はその通りで、日付は今日になっている。
そのことに、ソニアの顔は蒼白になっていった。
「そ、そんな、なんで黙って…」
「静養している君を、また魔力強奪の可能性があるのに行かせるわけがないだろう。それに思いだせ。魔力強奪は重罪だ。君には応じる義務はないし、むしろ応じてはならないくらいだ」
「あ、そ、そうでしたね」
つい日付のことで頭がいっぱいになってしまったが、メリアのしていることは重罪なのだ。それを思いだし、ソニアは少し落ち着いた。
「私が代わりに返信しておいた。妻が寝込んでいるのに、屋敷の外に出すことはできないとな」
「あ、ありがとうございます…」
頭を下げたソニアは、同時に心が少し暖かくなったのを感じる。
クラレンスがそこまで気を遣ってくれたことと、妻と呼んでくれたことがうれしくて。
「おそらくそろそろ返信が来るだろう。まぁどうせ日付を変えて呼び出す内容だろうが…そこでソニア。君に頼みがある」
「は、はい、何でしょう?」
クラレンスの話にソニアは居住まいを正した。クラレンスからの頼みは初めてだ。
なんとか応えたい。その気持ちでクラレンスの言葉を待った。
「………いや、だが。せっかく……回復したのに…」
だがクラレンスは独り言のようにブツブツ呟くだけで、なかなか話してくれない。
(どうしたのかしら?やっぱり頼めない、とか…?)
だとしたらソニアにとっては悲しい。今日までクラレンスには返しきれない恩がある。少しでもその恩に報いたくて、ソニアはクラレンスの手を握った。
「旦那様、なんでも仰ってください。私にできることなら、なんでもしますので」
「…君にしかできない。だが、君にとってリスクがある。そう思うと、頼めないんだ」
ソニアにしかできない。けれどリスクがある。
そしてこれまでの話の流れから、ソニアはクラレンスが何を頼みたいのか、察することができた。
「…メリアの、魔力強奪のための囮、でしょうか?」
「!!…そうだ。呪具の所持だけでも罪に問うことはできる。だが、これまで君が味わってきた苦しみを思えば、それだけでは罪が軽い。魔力強奪を行っていたことを証明できれば、彼女にさらに重い罪を背負わせることができる」
クラレンスの言葉に、ソニアは考えた。
自身を囮にして、魔力強奪の瞬間を押さえることでメリアの罪は重くなる。
それを、果たして自分は望んでいるのか、と。
(私は…メリアに罪を背負ってほしいのかしら?)
そんなこと、考えたことが無かった。
いつも自分が悪いんだと思っていた。だから、いつかやり返したいとか、恨みを晴らしたいとか…そんな気持ちがあるのかと考えると、どうしてかピンとこない。
今は、自分が悪いと思っていたことから解放されたことのほうが大きい。
だから、メリアに罪を償ってほしい…そういう気持ちが、あまり無い。
口ごもるソニアに、クラレンスは(やはり嫌だろうな…)と思って話を無かったことにしようとする。
「ソニア、やはりこの話は無かったことにしよう。君の異母妹は呪具所持の現行犯で捕まえるから」
「…あの、旦那様は、メリアに魔力強奪の罪を償わせるべきと考えますか?」
ソニアは一旦自分の気持ちを置いておき、クラレンスがどうしたいかを聞くことにした。
「……無論、償わせるべきだと思っている。呪具を没収すれば、彼女はもう君の魔力を奪うことはできない。だが、彼女のこれまでの功績が君の魔力を奪って成したものだとすれば、それは本来君が受けるべきものだ。彼女が奪ったのは魔力だけではない。ソニア、君が本来成すはずだった名誉や功績も奪っているのだ」
クラレンスはそう熱弁するが、ソニアはピンときていなかった。
メリアが何かしら功績を上げているようだが、だからといってソニアも上げられたはずだと言われても、そうと思えないからだ。
ソニアの自己肯定感は相変わらず低いまま。だから、クラレンスの言い分にはほとんど同意できないのだけれど、クラレンスが許しがたいという気持ちを持っているのだけは分かった。
(なら、私は…)
ソニアの答えは決まった。自分のためではなく、クラレンスの気持ちを優先した答えを。
「旦那様。私、囮をやります」
「…本当にいいのか?無理をしなくていいんだぞ」
「はい。大丈夫です」
(…大丈夫。私にでも、それくらいできるはずだわ)
怖くないわけではない。メリアを前にすれば、また恐怖がよみがえってくるだろう。
それでも、クラレンスのために何かしたい。
その気持ちだけが、ソニアを突き動かしていた。
決意を固めた瞳でしっかりクラレンスを見つめるソニアに、クラレンスも覚悟を決めた目で見返した。
「…分かった。当日は私もいる。絶対に無理はさせない」
「はい、ありがとうございます」




