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6話

 気付くと、ソニアの視界は真っ暗になっていた。

 メリアに腕を掴まれ、魔力を奪われると、意識はどんどん暗い何かに沈んでいく。

 まるでお風呂に浸かっているかのような居心地で、でもどんなにもがいても上がることができない。

 一片の光すらない闇の世界。


(…ああ、これって……もしかして…)


 なんとなくだけど、今の自分がどんな状況に陥っているのかがわかった。


『死』


 これまで魔力を奪われていたときは全く異なる感覚。

 されてはならないラインを越えられてしまい、疲労とかそういうレベルではない状態になっている。

 これ以上沈んではならないとわかるのに、自分ではどうしようもできなかった。

 何度も頭をかすめた死が、もうすぐそこにある。

 もう何度も死んでしまいたい。そう思っていた。

 それなのに、いざそれが目の前に来てソニアが思ったのは、イヤだという感情。


(私…まだ、何にもお返しできてない…。フォースター家に来て、おじいさまに、使用人のみんなに…クラレンス様に、まだ何の恩返しもできてない…)


 祖父はリベルト家でのソニアの境遇を知り、脱出するための手立てを考えてくれた。

 フォースター家の使用人は、ソニアを衣食住含むあらゆる面で幸せを教えてくれた。

 そして、その状況を作るために仮初とはいえ婚姻を受け入れてくれたクラレンス。

 受け入れるばかりで、甘えることしかしていなかった自分が、このまま死んでいいなんて思えなかった。


 けれど、現実はひたすらに沈んでいく感覚しかない。どんなに手を伸ばしても、何も掴むことができない。

 真っ暗な闇の中はひたすらに冷たく、体温は奪われ、だんだん意識も薄れていく。

 抗う気持ちすらなくなり、ただ死を待つだけ。


 だがしかし、そこに一筋の光が差し込んできた。


(温かい…)


 その光はまっすぐにソニアを照らす。

 しかも、徐々にその光はあたりまでも照らし始めた。周囲が闇から光に変わっていく。

 まるで太陽の優しい光を浴びながら、母に抱かれているような安心感。

 その穏やかさに徐々に意識は覚醒し、身体も浮上していっているのを感じる。

 今自分に何が起きているのか、ソニアには分からなかった。


(もしかして、もう私は天国にいるのかしら?)


 そう錯覚してもおかしくないほどの、気持ちよさ。

 そんな心地よさの中を、ソニアはずっと漂っていた。

 ソニアの周囲からはすっかり闇が消え去り、光が満たしている。しかし時折、別の光がソニアを直に照らすことがあった。それが何なのかをソニアは分からなかったが、その光が降り注ぐときは特段の気持ちよさを感じられた。


 だんだん、だんだんと自分の体が光の出所に近づいているのがわかった。

 その光のまぶしさに目を細め、再び目を開けたとき、そこには見慣れた部屋の天井があった。


「……ソニア?」


 すぐ脇からソニアを呼ぶ声が聞こえる。

 顔をそちらに向けようとしたが、思うように動かない。ゆっくりと顔を横に傾けると、そこには最初に顔を合わせて以来、ずっと会っていなかったクラレンスの姿があった。


(どう…して、旦那様が…?)


 なぜクラレンスが自分が眠るベッドの脇にいるのか。

 さらによく見れば、自分の手をクラレンスの手が包み込んでいた。包み込まれている手が、とても気持ちい。

 その気持ちよさは、さっきまでいた光の中で差し込んできた光に照らされるのと同じものだった。


「だん…な…さ…ま」


 口もまともに動かない。それでもかろうじて動かすと、クラレンスは目を見開き、次には弾かれるように声を上げた。


「ソニアが目覚めた!皆に知らせろ!」

「は、はい!」


 部屋を飛び出した侍女を合図に、一気に屋敷が騒々しくなっていく。

 ソニアの目覚めを一目確認したいと、何人もの使用人が入れ代わり立ち代わり部屋に入ってくる。

 そのせいでなかなか主治医が部屋に入って来られず、リチャードに順番を整理されていた。

 主治医はソニアを診察し、とくに後遺症のような症状はないが、死に瀕した影響で体は今しばらくまともに動かせないこと。リハビリが必要であると診断した。

 その間も、クラレンスはひと時も手を離さない。

 その状況に、体は動かなくても頭は動くソニアは混乱するしかなかった。


(一体、何がどうなってるの?どうして旦那様がずっと私の手を…?)


 しかも、その握られている手が気持ちいいものだからなおさらだ。

 主治医が部屋から去り、一通り確認し終えた使用人たちも持ち場に戻っていった。

 残ったのはずっと手を握りっぱなしのクラレンスにマリー、リチャードだけ。

 クラレンスはソニアへと向き直り、口を開いた。


「ソニア、まだ喋るのは難しいだろう?」

「は…い……」

「無理にしゃべらなくていい。元気になったら、君がこのようなことになった理由について説明する。それまでは、快復することだけに努めてくれ」


 クラレンスの手がソニアの手から離れ、今度はソニアの額に乗せられる。

 クラレンスの手が触れるだけで、ソニアの中に安心と心地よさが広がっていった。

 ソニアは分かったと言うように、こくんと頷いた。


「いい子だ」


 まるで幼子をあやすような言いぶりだが、それでも今のソニアにはうれしい。


(元気になったら…説明してくれるのは、どこまでなのかしら?)


 気絶…いや、死にかけたことについてクラレンスはどこまで把握しているのだろう。

 なにより、どうしてクラレンスがついていてくれたのか。

 ソニアには疑問がいっぱいあったが、それもクラレンスの手がもたらす気持ちよさの前に、再び眠りに戻っていった。



 ****



 ソニアが寝たのを見て、クラレンスはそっとそばを離れた。


「頼んだぞ」

「はい」


 マリーに小声でそう言うと、執務室へと戻っていく。

 ソニアが意識を取り戻すまで3日かかった。もちろんクラレンスは3日間つきっきりだったわけではない。

 ソニアがこんなことになった事態の把握に、ソニアの状況と魔法師団隊員の不審死との関連性など、やるべきことは山ほどある。その合間にソニアの様子を見に、足しげく通っていた。

 魔力を譲渡する必要はなかったが、ソニアの手を握るのがすっかりクセになっている。クラレンスの大きな手で、すっぽり包み込めてしまうソニアの小さな手。

 この小さな手で、これでどんな苦労を背負ってきたのか。今更ながらにそれに目を向け始めた、己の愚かさをクラレンスは恥じていた。

 その罪滅ぼし…といえばクラレンス本人は否定するが、リベルト家について公爵家の力を持って調査を進めている。

 そして浮かび上がる、きな臭い情報の数々。


 今この国には、王位継承権を持つ者が二人いる。第一王子と第二王子だ。

 第二王子の支持はフランコス公爵であり、以前から動向が問題視されていた。

 最も問題なのが、血統主義者ということだ。

 フランコス公爵は平民を卑しき血とみなし、貴族こそが至高という思想を持っている。この考えを第二王子も受け継いでいた。

 それに対し、現国王は有能であれば貴族平民問わず採用している。王宮内の文官はもとより、騎士や魔法師団にも平民がいる。第一王子も国王と同じ考えだ。

 そのため、以前から国王とフランコス公爵は対立していた。それはつまり、第一王子と第二王子の対立でもある。

 クラレンス自身も、有能であれば生まれなど関係ないという考えの持ち主であるため、フランコス公爵とは馬が合わない。


 そのフランコス公爵の支持派の一つがリベルト家だ。

 さらにリベルト家の次女は第二王子の婚約者となっている。

 その次女がソニアの異母妹のメリアであり、今回のソニアの瀕死に陥った元凶だとみている。

 そのメリアだが、婚約者となった決め手は極めて高い魔力を持っているからだという。


 実際、今から2日前。つまりソニアが瀕死になった翌日に、王宮内の訓練場で魔法のお披露目があった。そこで、見事な火の鳥の魔法を見せたという。

 通常、鳥の魔法獣というとせいぜい鷹ほどのサイズだ。しかし異母妹はその3倍の規模で発動させたという。しかも、それだけの魔法を発動させながら、余裕があったとか。


 当然クラレンスはその異母妹を怪しんでいる。

 前日にソニアが魔力枯渇で死にかけたタイミングであり、マリーなどの証言でも異母妹が何か仕掛けたのは明白だ。おそらく、魔力を奪われたのだ。

 だが証拠がない。どうやって証拠をつかむべきか、いい案が思いつかない。


(ソニアをあんな目に合わせた連中を野放しになど、絶対許さん)


 だがクラレンスがそれで諦めることはない。

 また、今回のソニアの件である点が頭をよぎったクラレンスは、魔法師団不審死の被害者の身元を洗いだした。

 その結果、被害者は全て平民だった。貴族出身者の被害者はいない。

 これが果たして偶然か、それとも魔法師団の中でも平民だけを狙ったものなのか。

 そして被害者に見られた状態と酷似したソニアの状態。

 被害者は魔力を奪われたことが本当の死因なのではないか。


(ソニアから魔力を奪った異母妹に、魔力を奪われたことが死因と思われる被害者。この2つは、ただの偶然か?)


 クラレンスの勘は否と答えている。こんな偶然があるわけがない。

 ただ、異母妹のほうが私利私欲のために魔力を奪ったと思うけれど、魔法師団の被害者については奪われた理由が分からない。

 異母妹のように、死なせないことで定期的に魔力を奪えるようにしていない。1回きりで奪い切り、枯渇させて殺している。何のためなのか、その情報がまだ足りていない。


 そしてクラレンスは、同時に一つの決断を下していた。


(この想いは……もう封印するべきだ)


 これまでクラレンスは、どんな令嬢に言い寄られても首を縦に振らなかった。

 それは言い寄ってくる令嬢が不快感しかなかったからだが、それ以上に記憶の中の少女への想いがあったからだ。

 それゆえに、ソニアへも自身が好意を持たれないようにと距離をとっていた。


 しかし今回、クラレンスは自らソニアへと近づいた。

 ソニアを守ると決めたのだ。しかしそれは、今後の離婚の約束も破棄し、同時に思い出の少女へ打ち立てた誓いも破ることになる。

 後悔が無いと言えばうそになる。

 だが、記憶の中の少女よりも、今目の前にいるソニアを優先すべき。そう内なる自分が叫んでいる。死に瀕したソニアを前に、過去の気持ちを優先し見捨てることがあれば、それこそ思い出の少女に顔向けできない。

 脳裏に、氷の龍が少女の周りを飛び、とびきりの笑顔を浮かべた少女の姿がよみがえる。


(さようなら、氷龍の少女)


 クラレンスは覚悟を決め、屋敷を出て王宮へと向かった。元凶の全てを、この手で捕まえるために。


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