9.担任「えっ、私のホームルーム全カット!?」
ホームルームが終わって、1時間目の授業。少年たちの学年、2年生全員は、体操着に着替え、校庭でクラスごとに整列していた。普通の学校であれば、この光景を見た人は皆、今から体育の授業だと思うに違いない。
しかし、朝礼台の上に立つジャージ姿の体育教師、村中の一言が、そうではないことを示していた。
「では、今から能力制御の授業を始める!」
能力制御――文字通り、自身の異能を鍛えたり、制御するための授業。異能というのは、決して誰もが生まれながらに発現するものではない。ある日、起きたら突然使えるようになっていたり、感情に身を任せて行動したときに、偶発的に使えるようになったりなど、発現には法則性がなかった。更に、発現する年齢もまちまちで、物心つく前から使えた人、成人を迎えてから発現する人、ある記録では還暦を迎えて初めて発現した人もいるという。
そういった異能を発現した人たちに向けて、異能との向き合い方や、異能を使う際の注意点、制御・発達の仕方を学ぶための講習というものが開かれており、異能者は全員、定期的に受講することが義務付けられていた。
他の市町村や国では、異能者が現れたタイミングで特別に講座が組まれるのだが、この町は、異能持ちでない人間の方が少ない。そして、新しい異能に目覚める者が定常的に出てくるので、学校の通常のカリキュラムに組まれているのだ。
とはいえ、整列している多くのクラスメイトは、早くから異能に目覚めており、制御は既にできている。それ故に、異能の意義だとか、責務だとか、ありがたいご高説を続ける村中の言葉も話半分に聞き流し、早く異能を使いたそうにうずうずしている。
村中もそんな生徒たちの様子を察しているのか、やれやれといった感じでまとめに入る
「あー、君たちにとっては何べんも来ているから耳にタコだろうが、もう一度言うぞ、能力は人の為に使うものだ。決して自身の力を誇示するための武器にしたりだとか、人を傷つけるために使うべきものじゃない。それを必ず、心にとめて、授業に臨むように。
それじゃ、新規に能力が発現したものがいたらこの場に残るように。その他はいつも通り、異能の系ごとに分かれて鍛錬、能力がないものは、自習か補助を頼む。では、解散」
はーい、という気の抜けた返事と共に生徒たちは散らばっていき、自身の異能系に合わせて集合場所に向かっていった。
先ほど、系と村中が呼んでいたものは、能力の種類を大別したもので、大きく5つの系に分かれる。
一つは生成系。炎や水、風の生成・操作といった、自然現象を操る類の異能が該当する。
二つ目は身体系。身体能力の増強や、回復といった肉体に作用する異能が該当する。
三つめは念動系。いわゆるサイコキネシスといった、念じることで、物理現象を引き起こすといった超常的な現象を操作する能力が当てはまる。
四つ目は、精神系。人の内心を読む能力であったり、人や動物の記憶を読み取る能力といった、人やモノの心理に作用・干渉する系の異能の類。
最後、五つ目がケモノ系。ケモノ耳や尻尾といった、人以外の特性も持っている者がこの系統に当てはまる。この系統は他4つと比べてもいくつかの違いがあり、それは、この系に属するかどうかは先天的に決まるという事、授業内容は成長というより、制御・向き合い方についての方に注力していることだった。
ケモノ耳、尻尾は生まれた段階で付いていなければ、その後の人生で生えてくることはない、少なくともこの世界に異世界人がやってきて、今までそういった事例は一度もなかった。
また、ケモノ耳、尻尾を持っているものは、人よりも嗅覚や聴覚が優れている者が多い。時には、それは単に小さい音や僅かな匂いもかぎ分けられるというだけでなく、人によっては紫外線、赤外線、超音波といった、人間が感知できない類のものも感知できる者もいた。
日常生活で使う多くの製品は、人が感知されない音や光を発している事が往々にしてある、そのため、敏感なケモノ系の者で敏感なものは、普通に過ごすだけでも騒音や、異臭に悩まされる場合もあり、そういった事に対応するために自身の感覚を制御しようというのが、この系統のメインの授業内容になっていた。
ケモノ系だけ、他4つとだいぶ気色が異なっているため、外しても良いのではないかとも、たまに専門家から言われているようだが、制定以来、なぜか一度も変更されることなく、この5個の系の定義のまま今に至っている。
校庭では、系ごとに合わせて、5つの集団ができ始めていた。また、それぞれの集団ごとに、系の指導担当の教員が向かって歩いていく。
そんな中、少年はというと、
「ま、自習でいっか、、ってぐぇ!?」
モチベーションの欠片も感じさせない一言共に校舎に引きこもろうと――したところで何者かに首根っこを引っ掴まれた。
「だめだよーゆーくん」
「あ、あの佳奈、声が怖い」
少年にかけられたのは、先ほどまで会話していた、すごく馴染みのある声。ただ、不思議なことに声のトーンは朝と全く一緒なのに、怒っているのが凄く伝わってくる。
「えー気のせいだよー、きっとゆーくんが後ろめたいことがあるからじゃないかなー」
「いや、後ろめたいことは何m」
「う、し、ろ、め、た、い、こ、と、あ、る、ん、じゃ、な、い、か、な~?」
「はい、あります、サボろうとしていました、すみませんでした」
これ以上は危険と判断した少年は、謝罪に切り替える。だが、内心で少年は思う、凄い、声はこんなにのんびりしているのに、恐怖しか感じないことあるんだ、聖母だ何だと言っている人がこの様を見たら、やっぱり般若の間違いだったと撤回するに違いn
「何か失礼なこと考えてるかなー、ゆーくん」
「いえ、全く、何も、これっぽっちも、微塵も、露ほども思っておりません」
「そう?ならいーんだけど、、」
口ではそういいつつも、佳奈の視線は相変わらずジト目のまま。少年は首根っこをつかまれた状態から、解放されると、3回ほど咳き込んだ後に佳奈の方に向き直る。
ただ、後ろめたさからか、真っすぐ目を見ることはできなかった。
「そ、それで、何だ?手伝ってほしいことでもあるのか?」
「あ、うん、そうなんだよー。ゆーくんに手伝って欲しいことがあって、探してたんだよー。まさか、帰ろうとしているとは思わなかったけどー」
「あ、あはは、それなら早くやろうぜ、時間がもったいなし」
「あ、待ってよー、ゆーくん」
やばい、このままだと暫くお説教モードのままだな、別の話題にしても軌道修正されてしまった少年はそう判断し、流れを断つべく、無理やりケモノ系のグループの方へ歩を進めた。その試みはうまくいったようで、佳奈は慌てて2,3歩後ろからとてとてと、少年の後を追いかけていった。