11.妹の心は猫の目
「聞いた、ゆぅ」
「何をだ、そして誰からだ」
時刻は昼休み。開口一番、全く話が読めない切り出し方をする結良に、毎度のことと呆れながら、少年は説明を求めた。
あの後、佳奈の頭を撫でる姿を目撃して狂乱した英也に襲われるという小っちゃなハプニングもありながらも少年は能力の授業を終えた。
そのまま午前中の一般科目の授業を受け、今は、3階の空き教室で弁当を広げていた。少年と、2個つなげた机を挟んで座っているのは、無表情なはずなのに、どこかむすっとした雰囲気を出している結良。結良の方の机には、購買で買ったと思われるパンやおにぎりが何個か入っていた。2人は食事には手を付けず、購買で戦利品を勝ち取るために奮戦しているだろう佳奈の帰還を待っていた。
3人は特に用事がない限り、空き教室で一緒に食べることが多い。ただし、わざわざ空き教室で食べるのは、人の目を避けたいから、というわけではない。この学校の校舎は空き教室が多くあり、ちゃんと清潔な状態で使用するのであれば、昼休みや放課後での使用が認められていた。現に、少年たちの隣の教室も空き教室なのだが、楽しそうに歓談する声が聞こえてきており、多くの生徒が利用している証左になっていた。
3人も、どうせなら広いところでゆっくり食べたいよねー、という佳奈の一言がきっかけで空き教室で食べるようになっていた。
そんな、佳奈を待っているまでの時間、じっと少年を見ていた結良は少年の問いに、その表情を特に変えることもなく、簡潔に答える。
「佳奈の頭撫でてたって、狐から、」
「撫でたって、、能力の授業のときのか?あれは佳奈の方が――」
「どっちが提案したとかは問題じゃない、ゆうが撫でたという事実が分かれば大丈夫。……狐の言っていたことは間違いじゃなかった」
「狐って、、せめて澤木とか呼んでやれよ」
「いい、アイツも私のこと銀猫って呼ぶし、お互い様」
佳奈のことは心酔するレベルで崇めている英也だったのだた、なぜか妹の結良とは折り合いが悪かった。
そのため、会うたびに毎回ヤジや煽りの応酬になっているのだが、かといって、本当に険悪な中という訳ではなく、今回の様に情報が2者間伝達されることもあったりもする。少年の目から見ても、仲が良いのか悪いのか良くわからない関係性だった。
ただ、今回提供された情報はどうやら結良の期限を損ねるものだったようで、少年の回答直後から、結良の尻尾が小さく早く振られていた。
どれがどうかしたか、少年がそう尋ねる前に、結良は唐突に立ち上がって、両手を机の上に置き、上体を少年の方に向けて倒してくる。
それはまるで、頭を差し出すかのような体制になっていて。
少年も突然の行動に目を丸くしながらも、すぐに結良の意図を察して苦笑いした
「あー、撫でてほしいのか?」
「違う」
「あれ?」
予想と違う答えに虚を突かれる少年。結良はそんな少年の様子も気にせず続ける
「撫でてほしいとかじゃなくて、佳奈の頭を撫でたのだから、私のも撫でるべき」
「どういう理屈なんだよそれは、そもそも筋が何一つ立っていない気が」
「それに、これは別に私の問題じゃない、ゆうの問題」
「俺の?」
無茶苦茶としか思えない結良の言い分にますます訳が分からなくなる少年。
「そう、姉の頭を撫でたのだから、ゆうは妹の私の頭も撫でる義務が生じている。私はそれに協力してあげてるだけ」
「そんな義務を課せられた覚えはねぇよ」
「ちなみに義務を果たさないと大変なことになる」
「へぇ、具体的にはどんな」
どんな脅し文句がくるのか、できればカワイイ感じのやつが良いなと、少年はニヤニヤしながら結良の脅しを待ち受ける。
結良は特に迷うことなく、真っすぐに少年の目を見て告げる。
「――来年から所得税が2倍になる」
「本当にすげぇ大変なことになるな⁉」
「しかも国民全員が対象」
「俺が頭を撫でないだけで負担が全国民に⁉」
「それと103万の壁も撤廃される」
「え、それは良いことな気が」
「0円に下方修正される、基礎控除全廃」
「改悪中の改悪だ⁉日本中で暴動が起きるぞ」
あまりの絶望の事態に想像し、震える少年。そんな少年を見て溜飲が下がったのか、先ほどまでの不機嫌はどこへやら、勝ち誇っているように見受けられた。相変わらず、表情は全く変わっていないが。
「ん、分かったら、さっさとゆうは頭を撫でる」
「全く、了解ですよ、結良さん」
「変に敬語使わな、ん、、」
結良が不満を言い切る前に、少年は差し出された頭を撫で始める。
佳奈の時と同じく、なるべくゆっくり、丁寧にすることを心掛けながら。
佳奈の頭を撫でた時には、髪と耳の柔らかさが少年の手に伝わってきていたのに対し、結良の髪と耳はさらさらとしており、絹の様な滑らかな感触を少年に伝えていた。
姉妹でも結構違うものなのだな、と思い、撫でつつ結良の表情を観察する。
結良は撫でられる感触に集中したいのか、目を閉じ、頭を少年の手に委ねていた。顔色は撫でる前とほとんど変わっていなかったが、背後の尻尾はゆっくり大きく揺れており、リラックスしているだろうことが見て取れた。
そのまま1,2分経ち、少し腕が疲れてきた少年は結良に、撫でるのを止めることを告げようとする。
「なぁ」
「だめ」
「まだ言い切ってもないが⁉」
「どうせ、もうそろそろ、とか言おうとしてた。もう少し撫でる」
「でも、もうそろそろ佳奈も来るだろ、いいのか、撫でてる姿見られても」
「……構わない、あくまで、これはゆうの義務に私が協力しているだけだから」
「そういいながら、何で距離をとるんだよ」
何とか撫でるのを止めたい少年が、佳奈がもうそろそろ来る頃合いであることを引き合いに出すと、結良は口では撫でることを許容しているものの、ビニール袋を手に取り、さっと距離をとる。
一応、頭を撫でたことで、撫でられたい欲より、撫でられる様を見られる羞恥の方が上回ったようだ。
結良は距離をとった勢いで空き教室の出入口の方に向かっていく。
「どこか行くのか?」
「佳奈を迎えに行ってくる、ちょっとだけ、心配」
「まぁ確かに、」
少年は黒板の上にかかっている時計を一瞥する。いつもであれば、この時間には3人そろって食べ始めていることが多い。
恐らく誤魔化すための方便とはいえ、結良の指摘もあながち間違ってはいない。そう判断した少年は、席を立つと結良と同じ方向に向かっていく。
「俺も行くよ、、それと結良」
「何?」
「どうせなら、迎えに行くまでの間も撫で続けてやろうか?」
「一人だけ国民皆保険制度の対象外になればいいのに」
「俺だけ医療費10割自己負担⁉」
ついでに、登校時の仕返しがてらに揶揄おうとした少年の目論見は、見事に砕け散った。




