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fika夜話「とあるカフェ&バーの閉店後の風景」

ダンシングマンのお友達であるカフェ&バーの店長さんのお話。

 厨房で自分用のつまみと酒を用意していると、エプロンの端をくい、と引っ張られた。

 密かに自慢している「ウチの奥さん」が口をへの字に曲げている。

 カウンターを指差して「ねえ、あれ何」と言った。

 だいたい、言いたいことは分かる。


 平日は23時閉店だが、既に時計は24時5分前だ。他の客ももういない。片付けは奴の周り以外は終わっている。


 要するに早く帰れと。


「由紀は先に上がってて」


「ヤダ。いつもそうやって仲間外れにする」


 可愛い奥さんがブスっと膨れた。

 一体いつのことを指して「いつも」と言うのか、だいたい仲間外れになどした覚えもないのだが、奥さんがそう言うならきっとそんなこともあったのだ。

 15年近くも一緒に居れば、この場合、どのような対応をすれば無難かは分かる。


「じゃあ、無理しないように気をつけて座ってな」


 由紀はコクン、と頷いてカウンターの中にお気に入りの椅子を引き込むと、膝掛けやクッションを配置して青汁を手元に用意した。最近、奥さんは青汁にはまっている。しかも飲む度に酷い顔で「まずい」と呟くので、いつも爆笑してしまい怒られる。

 体に良いから、という理由で飲んでいるようだ。一度、一口貰ったら本当にまずかった。


「悟、本当に何とかならない? ヤバいって本気で」


 カウンターで頭を抱えているのは昔から知っている男だが、こんなに困り果てているのは初めてだった。とても楽しい。

 だいたい、こいつは今までが順風満帆過ぎたのだ。

 学生時代からそこそこ勉強が出来て女にモテてダンスの大会では周りを圧倒するような腕前を披露し、世界大会で華麗に由紀をエスコートして、由紀の可愛さを世界にアピールしまくったのに本人同士は全くその気がなかったという不可思議な現象を起こし。

 やはり、ウチの奥さんは可愛い。

 青汁をちびちび飲んでは顔のパーツを思い切り中央に寄せている。楽し過ぎる。笑い死に出来そうだ。


「聞いてんのか、悟!」


「はいはい、聞いてますよ」


 適当に相槌を打つと、第三のビールの缶を開けた。

 まずくはない。旨くもないが。


「ハルさんだっけ? しっかりした人で良かったんじゃないか? そこでホイホイ付いて来るようならただの尻軽だったかもしれないだろ」


 うー、と唸るイケメン。男の自分から見ても、見た目は良いと思う。

 それが、『俺は恋に落ちたorz』という頭を打ったとしか思えないメールを寄越したのが半年前だった。


 勤めているビルの裏口で目撃した『泣いている女の子をひたすら慰めていた女の子』に惚れたらしい。


 どうすれば軽い男だと思われずに話し掛けられるか、という無茶苦茶な相談に、『ダンスでアピールして話し掛けてもらうといいよ。もう閉店だから帰れ』というウチの可愛い奥さんのアドバイスを生かし、何とか食事をする仲にまでなったのに、しばらくぶりに会えたテンションでいきなりホテルに誘ってしまい、撃沈してここにやって来たのだ。いい気味、いや、哀れな男だ。


「謝れば?」


 ウチの可愛い奥さんが、どのあたりにカッパが存在しているのか分からないエビ味のスナック菓子を食べながら言った。

 単純で分かりやすいウチの奥さんならすぐに許してくれるだろうが。


「ハル、許してくれるかなあ?」


 情けないことに涙目だ。笑える。


「誠心誠意謝れば、表面上は許してくれるだろ、大人っぽいし」


「表面だけじゃ困るんだよ。俺、ハルに結婚申し込むんだから!」


「ゲファっ」


 ウチの可愛い奥さんが青汁を吐き出した。


「結婚? 付き合ってもないのに?」


 鼻からも青汁を垂らしながら奥さんが言う。さすがにそれは可愛くない。


「インストラクターに戻ろうと思っててさ。今の仕事、出張とか転勤多いから結婚向かないし。でも、インストラクターやるとアレだから」


 こいつは一度、インストラクターを辞めている。

 同僚がレッスン生に酷い嫌がらせをし、その原因が自分にあると思ったからだ。こいつはどちらにも気がなかったのに、同僚とレッスン生が取り合っていたらしい。モテ男にはモテ男の苦労があるようだ。


「結婚してるからってそういうのなくなるわけじゃないよ?」


 ウチの可愛い奥さんが鼻を拭いて言った。何故、そんな経験者口調なのかが気になる。しかも微妙に現在進行じゃないか?


「それでもだいぶ数は変わるだろ? ついでに悟並みにラブラブアピールする予定だし」


 俺並み? どういう意味だ。


「えー、やり過ぎると嘘っぽくなるよ?」


 由紀、まさか俺を疑っているのか? 浮気なんかしてないぞ。いや、そんな時間は物理的に作成不可能だ。


「とにかく、会って謝れば? その後、本気アピールして、結婚を前提にお付き合いしてくださいって言えば大丈夫じゃない?」


「本気アピールって?」


「んー……合鍵とか貰えると女の子は一応、安心するよね。あとは同棲するとか」


 待て、ホテルどころじゃない下心に走らないか? それで大丈夫なのか? ウチの奥さんが日本女子代表で良いのか? ちょっとズレてるところはあるような気がするぞ!?


「そっか。分かった。会って謝る。あと、いい店ない? ハル、結構魚介類好きみたいなんだけど」


 駅近くにスペイン料理の店が新規オープンだった。


「明日、新しいスペイン料理の店に偵察に行くけど」


「行く!」


「私も!」


 ……誰も何も訊いていないが。


 何故、自分の奥さんと元・ライバルがこんなに息が合っているのか、これがダンスパートナーの絆なのか。

 仲間外れであるのは自分なのではないかと、悟は思った。

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