第1話:なんですと? 私がスチームパンク&大正浪漫の世界に転移ですと!?
プッシュー――。
蒸気機関車から吹き出した白い煙で、一瞬周囲の視界が悪くなった。それがスーッと薄れていくと同時に、石畳の上にはひとりの少女がぽつんと立っていた。
不思議なことに、周りを行き交う人々は、突然そこに現れた少女に対して誰も違和感を抱いていない。当の少女――十三歳の私、薬鋪 暁は、キョロキョロと目をパチクリさせながら周囲を物珍しそうに見回していた。
私の名前である「暁」は、両親が「今はもう使われていない古い言葉の『アウローラ(Aurora)』――つまり新しい時代の幕開けや夜明けという意味を込めて」と、ちょっと気合を入れてつけてくれたものだ。
「……まさか、本当に新しい時代の幕開けを体験することになるとは思わなかったけどさ」
私がなぜ、いきなりこんな見知らぬレトロな街に立っているのか。
話は少しだけ、ほんの数分前にさかのぼる――。
◇◆◇
中学に入学して一ヶ月ほど経った、ゴールデンウィークの真っ只中。
部活にもまだ入っていなくて、両親は共働きで仕事。家にひとりでゴロゴロしていた私の頭に、天啓が閃いた。
『あ、そうだ。今日はドラッグストアのポイント10倍デーじゃん!』
行かなきゃ、行かなきゃ。何が足りなかったっけ? お母さんに頼まれたものは……そうだ、スマホのメモ書きを確認しなきゃ。
私は愛用のリュックにスマホと水筒と熱中症対策の塩飴とエコバッグを突っ込み、毎日のように通っている近所のドラッグストアへ飛び出した。
お店に着いて、まずは入り口すぐの薬コーナー。
「お母さんが風邪気味だって言ってたから風邪薬。あと、頭痛薬も切らしてるって言ってたな。お父さんは胃腸薬。もう、なんでみんな自分で買わないかなぁ」
カゴにポイポイ放り込みながら、次は目薬コーナー。
「最近また花粉で目が痒いから目薬も、っと。次は食品コーナー!」
牛乳とマーガリン、いちごジャム、それからパン。ついでだからお昼のお弁当とおにぎりと菓子パンも3つ買っとこう。海苔も高いからドラッグストアで買うのが一番安くていいんだよね。醤油もカゴに入れたら、だんだん腕が重くなってきた。
でも、今日はポイント10倍デーだからね! 多少の重さは気合いで乗り切る。
シャンプーとコンディショナー、サランラップにアルミホイル……。うん、結構な重さだ。これは手持ちの袋じゃ入り切らないから、レジで有料のビニール袋(五円!)を一枚買おう。
有人レジで会計を済ませ、大量の商品をエコバッグとビニール袋に分けて両手でしっかりと抱え込む。
「ふぅ、重っ……!」
そう呟きながら、自動ドアを抜けて外に出た――その瞬間だった。
「――っまぶしっ!?」
目を潰されそうなほどの強烈な光が視界を埋め尽くし、私は思わず叫んだ。
次の瞬間、目の前で呑気な声が響いた。
「ようこそいらっしゃいました!」
やがて目が慣れ、ぼんやりとした視界の向こうに浮かび上がってきたのは――なんと、宙にふわりと浮いている、ゴスロリ衣装にツインテールの可愛い女の子だった。
「はぁ……? なんですかここ。もしかして今流行りの異世界転生、または異世界転移……? って、私いま両手にスーパーの袋持って、指に食い込んでるんですけど!? まさかまさか、ねぇ!?」
大パニックを起こす私をよそに、ゴスロリツインテールの女の子――自称・女神様は、ふふんと胸を張った。
「私はドラッグストアの女神です! いつもあなたが熱心にドラッグストアを愛しているのを見ていたのよ。そこでね、お願いがあるの。ちょっと停滞しちゃっているとある世界に行って、あなたのその『ドラッグストアの知識と愛』を広めてきてほしいのよね!」
「……は? 断る権利は?」
「これ、もう決定事項だから! ごめんね!」
「どういうことですかっ! 私、死んでるわけじゃないですよね!? 勝手に決めつけないでよ、元に戻してください!」
私がキーッと抗議すると、女神様は「だからごめんねって言ってるじゃない、もう決めちゃったんだからさ」と可愛らしくウインクをしてきた。
……っ、あぁ、この女神様、めちゃくちゃ腹が立つタイプだ!
「……で、ですね」
私は深呼吸をして、ジト目を向けた。
「私が強引に連れてこられたんだから、それなりの『手厚いサポート』、してもらうからね?」
「えっ?」
「まずは定番の、無限収納庫機能付き(亜空間収納)の肩掛けバッグ! それと、ただの収納じゃダメ、時間停止機能もつけて! 入れたものが劣化しないやつ! あと、インデックス機能とゴミ捨て機能、それから中に入れたものの自動鑑定機能もつけなさいよ! 私の意思を無視したんだから、これくらい当然よね!」
私のあまりの圧に、女神様は少したじろいで「わ、わかったわよ……」と青くなった。
さらに私は畳みかける。
「スマホの代わりになるもの! それから、この世界でお金なんて持ってないんだからね! 子どもをいきなり放り出してどうするつもりよ!」
「ちょ、ちょっと待って! その世界では13歳なんてもう立派に働ける年齢よ! あと、魔物とかはいないから安心して。魔法や魔力の残滓はあるけど、今の日本と変わらないくらい便利よ。少し『スチームパンク』が入ってるけどね!」
「スチームパンク……?」
「そう! 電気や石炭の代わりに、魔力と魔石で動く蒸気都市よ。だから、ドラッグストアでのお買い物は『物々交換』でお願い!」
「ぶつぶつ交換!? 何と何を交換するのよっ」
「この世界にあふれてる『ネジ』とか『釘』とか、そういう機械パーツよ! ほら、向こうに着いたら分かるから!」
「ちょっと待って、それじゃ不公平でしょ! これまで私がドラッグストアで貯めまくったポイントはどうなるのよ! それもちゃんとチャージしといてよね! じゃなきゃ絶対に行かないから!」
私は女神様にぐっとしがみついた。
「なっ、ちょ、何をする気よ! 時間がないんだから離れなさいよ!」
「嫌よ! あと、スマホ代わりの懐中時計に『マップ機能』と『検索機能』もつけなさいよね! わかった!? つけてくれるまで離さないから!」
「わかった! わかったから! つける! 全部つけるから、もう離して――っ!」
女神様が絶叫した瞬間、私の足元の床がパカッと割れ、まるでフリーフォールのようにお腹がふわりと浮いた。
「きゃあああ――っ!?」
「『プラエクス』という都市にいってもらうからね〜! 名前の意味は『パイオニア(開拓者・先駆者)』ね。それっぽくていいでしょう〜? 聞こえてる〜〜〜!?」
(今かーい!)
「楽しんでねー!」
真っ逆様に落ちていく私の上空で、女神様の姿がどんどん小さくなっていく。不思議と声は届いてたけど……。
風を切りながら落下していく恐怖に目をつむりかけたその時、目の前に広がってきた景色に、私は思わず息を呑んだ。
――す、すごい……!
雲の切れ間から見えてきたのは、まさに夢にまで見たレトロな世界。
空には鉄骨と真鍮でできた巨大な飛行船が悠々と浮かび、はるか下界にはロンドンのビッグ・ベンを思わせる巨大な時計塔がそびえ立っている。そして、線路の上からは「プシューッ」と威勢よく蒸気を吹き上げる蒸気機関車が見えた。
フワリ、と体が軽くなり、私の落下スピードが嘘のように緩やかになっていく。
どうやら女神様の安全装置(あるいは最後の良心)が働いたらしい。
そして――。
プシューッと盛大に蒸気が噴き上がる蒸気機関車のすぐ傍らの石畳に、私はふわりと着地した。
周囲を行き交う人々は、なぜかまだ私の突然の出現に気づいていない。
手にしっかりと握りしめた懐中時計と、肩から下げた新しい無限収納バッグの重みを感じながら、私は前を向いた。
大正浪漫とスチームパンク、そして魔法が混ざり合うこの蒸気都市「プラエクス」で、私の新しい生活が――今、始まろうとしていた。




