番外編3:猫たちのその後 ――鈴々亭の騒がしい食卓
このお話で完結となります、お読みくださりありがとうございました!
りりんが空へ消えてから、5年。
商店街の外れにある『鈴々亭』は、今日も相変わらずの賑わいを見せていた。
「いらっしゃいませ! 3番テーブルにチャーハン二つ、餃子三つ入りました!」
厨房とホールを忙しく行き来するのは、すっかり大人の女性の顔つきになっためいりんだ。
陸上の実業団チームに所属し、オリンピックの代表候補にまで登り詰めた彼女だが、オフの日にはこうして実家の店を手伝っている。持ち前のスピードは配膳にも活かされ、目にも留まらぬ速さで料理が運ばれていく。
「ちょっとネイヴィー! あんたの切ったネギ、太さがバラバラじゃないの! ちゃんと愛を込めて切りなさいよ!」
円卓のテーブル席でビールをあおりながら、スーツ姿のりんかが厨房に向かって容赦ないヤジを飛ばす。彼女は今や若手ながらも優秀な建築士として現場を仕切り、その声の張りは現場の職人たちに鍛え上げられていた。
「りんか、お行儀が悪いわよ。ネイヴィーさんだって一生懸命やってるんだから」
その隣で、サングラスを頭に乗せたかりんが、優雅にジャスミン茶を飲んでいる。トップモデルとして世界を飛び回る彼女は、少しの休みを見つけてはこの店に帰ってきていた。
「うるさいな、人間ども。りんじゅの夫である僕に指図をするな」
厨房から、純白のエプロン姿のネイヴィーが包丁を持ったまま不満げに顔を出す。
そう、彼は2年前に東川家で正式にりんじゅと結婚し、今は『鈴々亭』の立派な(?)若旦那として、鍋の振り方と接客スマイルを日々猛特訓中なのだ。
「あなた、お客さんの前で『人間ども』って言うの禁止って言ったでしょ! まな板に向かいなさい!」
「はい、りんじゅ。君の言う通りにする」
妻であるりんじゅのピシャリとした一言に、かつて人間界を恐怖に陥れた魔王の息子は、まるで借りてきた猫のように大人しく頷き、せっせとネギを刻み始めた。
その光景に、りんかとかりんは顔を見合わせて大笑いする。
「本当に、平和になったわね」
かりんが目を細めると、りんじゅもエプロンで手を拭きながら円卓の席に腰を下ろした。
テーブルの上には、5人分のグラスが用意されていた。
そのうちの一つのグラスの前には、誰も座っていない。しかし、その「空席」は決して悲しいものではなかった。
りんじゅがそっと、その空席のグラスにオレンジジュースを注ぐ。
「……りりんちゃん。今年もみんな、元気に集まったわよ」
りんじゅが優しく微笑みかけると、めいりん、りんか、かりんもそれぞれのグラスを持ち上げた。
あの日、りりんは自分自身の存在と引き換えに、彼女たちから「孤独」を奪い去り、永遠に切れない絆という「居場所」をくれた。
彼女がくれたこの日常を、一日たりとも無駄にはしない。それが、遺された彼女たちの絶対的な誓いだった。
「おっ、俺も混ぜてくれ!」
厨房から顔を出したネイヴィーが、自分のグラスに水を注いで慌てて駆け寄ってくる。
「あんたは水でいいのよ。……さあ、りりん。あんたが守ってくれたこの世界で、私たち、最高に楽しく生きてるわよ!」
りんかが豪快に笑い、グラスを高く掲げた。
「また来年も、再来年も、ずっとこうしてみんなで集まろうね!」
めいりんが満面の笑みで続く。
「ええ。私たちが天界にいく時は、りりんちゃんがびっくりするくらい、お土産話をたくさん持っていかなきゃね」
かりんが美しく微笑み、りんじゅが優しく頷く。
「……乾杯!!」
チンッ、と。
グラスが合わさる澄んだ音が、鈴の音のように店内に響き渡る。
その時、開け放たれた入り口のドアから、初夏の爽やかな風が吹き込んだ。風は誰も座っていない空席のグラスを優しく撫でるように通り抜け、まるで「うん、見てるよ!」と答えるように、壁掛けの風鈴をチリンと鳴らした。
姿は見えなくても、彼女はいつだってここにいる。
大好きな仲間たちが、笑い合って、美味しくご飯を食べているこの居場所で。
戦いを終えた少女たちの絆は、時が経っても色褪せることなく、太陽の下で永遠に輝き続けているのだった。
(番外編・了)
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
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