第19話 見抜かれた嘘
嵐は、三日後に、来た。
黒幕公爵オズワルド・ヴァイス。シャルロッテを「白百合」に鍛え上げ、辺境へ送り込んだ男。
その公爵が、偽報告を見抜いた。
報せを運んできたのは、伝書鳩などではない。闇に紛れて砦へ忍び込んだ何者かが、シャルロッテ宛ての密書を置き去っていったのだ。
俺は彼女の肩越しに、その文面を読んだ。
短い、一行だけだった。
『失敗作は、製造元が処分する』
「……どうして」
シャルロッテの手が震えていた。
「黒鴉は騙せた。報告にも綻びはなかった。なのに、なぜ、お父――公爵は」
「あの男は、報告を信じていなかったんだろう」
俺は密書を、彼女の手からそっと取り上げた。
「君が何日も俺を殺せずにいる。その事実だけで、公爵には十分だったんだ。報告の中身じゃない。君は情にほだされた。製造元には、それが見えていた」
恐ろしい男だ、と思った。
俺は人の心を、数字で視る。だが公爵は、数字も魔眼もなしに、長年の経験だけで人の弱さを見抜く。遠く離れた辺境にいる自分の「道具」の、心の揺らぎまで。
その夜、俺は砦の物見櫓から、闇に沈む辺境を見渡していた。
公爵が動いた以上、次に来るのは言葉ではない。
刃だ。
「処分」のための刺客。それも、黒鴉のような一人ではない。失敗作を確実に始末し、ついでにそれを匿った辺境伯ごと片付けるための――精鋭の暗殺者団。
ヴァイス家の私兵、「白薔薇」。
言うまでもない。彼らが辺境に着くまで、おそらく三日。
背後に、足音。
シャルロッテが、櫓の上まで上ってきた。その顔は青ざめていた。
「……わたしのせいだわ」
絞り出すような声だった。
「わたしが、あなたを殺せなかったから。情を、移したから。だから、辺境ごと狙われる。あなたも、領民も、みんな――わたしのせいで」
「違う」
俺は振り返らずに言った。
「狙われてるのは、君を匿うと俺が決めたからだ。これは俺の選択だ。君のせいじゃない」
「でも――」
「シャルロッテ」
俺は彼女を見た。
頭上の殺意は、もう八十を切っている。視線を伏せ、唇を噛む。櫓の手すりを握る指が、白くなるほど力んでいた。
「逃げるなら、今のうちだ。君一人なら、公爵の目をかいくぐれるかもしれない」
わざと突き放すように言った。
彼女がどうするか。それを確かめたかった。
シャルロッテは、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……逃げない」
頭上の数字が、揺れた。だが、その声は揺れていなかった。
「逃げないわ。あなたを置いてなんて」




