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第16話 凪いだ本心


 それからの数日、シャルロッテは俺を避けた。


 食卓では目を合わせない。廊下ですれ違うと足早に去り、話しかければ最小限の言葉で切り上げる。

 暗殺はもう仕掛けてこなかった。最後の手札を使い切ったのもあるだろう。だがそれ以上に、彼女は俺と「二人きり」になることを恐れているようだった。

 俺の目に、本心の奥を覗かれることを。


 奇妙なのは、その間の数字の動きだった。

 俺を避けるたび、彼女の頭上の殺意は激しく上下した。俺と目が合うだけで九十まで跳ね上がったかと思えば、次の瞬間には七十台まで落ちる。落ち着かない。荒れている。数字だけが、彼女の混乱に追いつけずに乱れていた。

 けれど。

 ごく稀に、彼女が油断した一瞬――たとえば中庭で一人、空を見上げているとき。

 遠くから、その横顔の「奥」を視ようとすると。

 そこはいつもの盲点ではなく、不思議なくらい凪いでいた。

 荒れ狂う表向きの殺意とは裏腹に、彼女の本当の心の底は静かだった。まるで嵐の海の、深いところのように。


 十三日目の夕暮れ、、俺は中庭へ足を向け、その凪いだ横顔に、つい声をかけてしまった。

「シャルロッテ」

 彼女はびくりとして振り返った。途端に頭上の殺意が、八十八まで跳ね上がる。

「……何」

「いや。夕飯の時間だ」

「……すぐ、行くわ」

 それだけの会話だった。

 彼女は逃げるように、俺の前から立ち去った。その背中を追わなかった。

 追えばもっと遠くへ行く。それくらいはわかっていた。


 夜、執事のゴドウィンが茶を運んできた。

 白髪の老人は俺の前に茶を置きながら、ぽつりと言った。

「奥方様は近頃、よくお庭で泣いておられますな」

「……気づいてたか」

「歳を取ると、人の隠し事には敏くなるものでして」

 ゴドウィンは目を細めた。

「あの方が何者かは、存じ上げませぬ。ですが――泣けるということは、まだ心が死んでおらぬ証でしょう」

 茶を口に運んだ。

 避けられ、すれ違い、数字は荒れる。普通なら、関係は後退していると言うべきだ。

 なのに、彼女の本心の底は、あんなにも静かに凪いでいた。

 ゴドウィンの言葉が、しばらく耳の奥に残った。


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