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第15話 数値の下の本心


 次の日、シャルロッテは部屋から出てこなかった。


 昼を過ぎても、扉は閉ざされたままだった。食事も断っている。

 メイドが心配して様子を見に行こうとするのを、俺は止めた。代わりに、自分で彼女の部屋の扉を叩く。


「俺だ」


 返事はない。

 だが、扉の向こうに人の気配はある。頭上の数字は扉に阻まれて視えない。それでも、彼女がそこにいることはわかった。


「入るぞ」


 部屋の中、シャルロッテは窓辺の椅子に膝を抱えて座っていた。

 俺が入ってきても、顔を上げない。銀の髪が、横顔を隠している。

 頭上の殺意は――九十五。昨夜のままだ。高い。剥き出しのまま。


「……何しに来たの」


 声が掠れていた。


「殺し損ねた女を笑いに来た? それとも、もう茶番は終わりだと、わたしを公爵に突き出すの?」


「どっちでもない」


 俺は向かいの椅子に腰を下ろした。


「君の数字を、見に来た」


 シャルロッテが、初めて顔を上げた。

 その目元は赤く、泣いた跡が歴然としていた。完璧な令嬢にも、訓練された暗殺者にも似合わない、ただの十八の少女の顔だった。


「……数字?」


「君の頭の上の殺意。今、九十五だ。昨夜から下がってない」


「だったら、何だっていうの。わたしは、まだ、あなたを――」


「でも」


 俺は彼女の言葉を遮った。


「その九十五の奥底が、さっきから視界が歪むほど震えてる」


 シャルロッテが、息を呑んだ。

 俺は続けた。


「俺の目は、人の本性を数字で映す。殺意も、好感も、嘘も。――でも、君だけは違う。九十五っていう表向きの数字の、その奥が、いつも視えない」


「……やめて」


「君はまだ、自分でもそこに触れられないんだろう」


「やめてって、言ってるでしょう……!」


 シャルロッテが叫んだ。

 膝を抱えた腕に、力がこもる。


「わたしは、道具なの」


 その指先が、うなじの白百合(しろゆり)へ伸びかけて、止まった。


「優しくされたら――揺らいだら」

 言葉が途切れ、喉がこわばる。掲げた殺意とは裏腹に、抱えた膝が、小刻みに震えていた。


「……『失敗作』に、なる。処分されるの。だから、お願いだから。わたしの『奥』なんて、視ようとしないで……!」


 その言葉で、ようやくわかった。

 彼女の殺意が、なぜ九十五まで跳ね上がったのか。

 彼女は、俺に怒っているんじゃない。

 うなじへ伸びかけた指が、まだ空中で震えている。表向きの殺意は、彼女が自分を守るために掲げた鎧だった。


「わかった」


 俺は立ち上がった。


「無理に視ようとはしない。約束する」


 扉に手をかけ、振り返らずに付け足した。


「でも、これだけは覚えておけ。――俺は、君の表向きの九十五じゃなくて、その奥の、視えない君の味方だ。たとえ、その君が、まだ自分のことを嫌いでもな」


 部屋を出て、扉を閉める。

 背後で、小さな嗚咽が聞こえた気がした。

 俺は聞こえないフリをして、廊下を歩いた。


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