64 先祖がテントを作った理由
テントの外では、ササナが子ナイトウルフを羽交い絞めにしていた。
「なにしてんだ?」
「放っておくと、この子も入ろうとしちゃいそうだったから」
「ダメなのか?」
「今の状態なら問題ないけど、さっきまでは無理なのよ」
「無理とは?」
「説明するより、見せたほうが早いし納得するでしょうね。出て来て早々悪いんだけど、パルマだけ戻ってくれる?」
「わかりました」
……
なにも起きない。
というのも、子ナイトウルフが俺の足元に寄ってきたからだ。
「あっちよ」
「わん」
テントの入り口を指さすササナに、子ナイトウルフがかぶりを振った。
自分のいる場所はここだ、と言わんばかりである。
「仕方ないわね。アンナ。パルマと交代して」
「わふっ!?」
俺についてこようとした子ナイトウルフは、またもササナに羽交い絞めにされた。
かわいそうな気もするが、ガマンしてほしい。
「テントの中にいるだけでいいのか?」
「ええ。大丈夫よ」
ドン!
「わきゃん!」
衝撃音の後、子ナイトウルフの苦痛に満ちた一鳴きが聞こえた。
「出てきていいわよ」
「どうしたんだ? って、大丈夫か!?」
器用に前足で額を押さえた子ナイトウルフが、地面をのたうち回っている。
「大丈夫よ。頭を打っただけだから」
「どこに?」
「テントの入り口です」
「いや、ここはそんなに硬くねえだろ」
手で押しただけで、ふぁさふぁさ揺れる。
「試してみる?」
「おお!? 本当だ!」
ササナが入った後の入り口は、固く閉ざされていた。
これなら、子ナイトウルフの現状にもうなずける。
「どうやら、多種族での使用は認められないようですね」
「そうだな。でも、なんでこんな仕様になってるんだ?」
中の広さからして、大人数での使用が想定されているのは疑いようがないのに、それを拒否しているのは解せない。
「それを説明するには、当時の魔族たちを知ってもらわなくダメね」
テントから出てきたササナが言うには、昔の魔族は絶対数が少なかったらしい。
その中で高位の魔法が使えるのはごく少数で、全員が要職に就いていた。
プライベートもほぼない状態で、魔法の研究も遅々として進まなかった。
今でこそ転移魔法を使えるモノも多数存在するが、当時はいなかったそうだ。
それだけなら問題ないが、当時は人間の数が多く、魔獣たちが住む場所を侵略されていた。
「正直、蛮族みたいな連中も多かったから、人間を根絶やしにしよう派も多くいたそうよ」
けど、それはされなかった。
魔檻の森に、ご先祖さんが住んでいたのも大きいそうだ。
「全員が悪い人間じゃない、っていう証拠だったのよね」
そう確信するからこそ、魔族は人間側と停戦交渉を試みた。
けど、上手くいかなかった。
わからないでもない。
ササナが本気になれば単独で一国を滅ぼせる力があるように、高位魔族は強すぎる。
それはさながら、交渉という名の侵略に思えたのではなかろうか。
「それでも一応、交渉の場は用意されたのよ。人間側の軍備が整った要塞がね。しかも、そこに来るのは交渉人と御付きの二人だけ、っていうおまけ付きでね」
そんな対等とは程遠い条件を呑めるわけもなく、魔族側は条件の緩和を求めた。
すると、指定された場所に野営をし、道中にかかる費用を人間側が付帯しないことを条件に認める、と言ってきたそうだ。
それでいいと魔族側は答えたが、実際に野営に用意された土地は、猫の額のような場所だった。
そのあまりの仕打ちに憤慨したご先祖様が、あのテントを作ったそうだ。
そして、忌み嫌われた魔族が休んでいる間に襲われないために、あの仕様を取り入れたらしい。
「すばらしいな」
ご先祖さんが永く慕われるのも、納得だ。
「けど、それがわかっているなら、こいつが頭をぶつける必要はなかったんじゃねえか?」
「わんわん」
子ナイトウルフも抗議の声をあげている。
「言って理解したかしら? あたしはダメだと思うけど」
迫力がすごい。
反論したら、殺されそうだ。
子ナイトウルフもそう感じたのか、わざとらしく毛づくろいをしている。
「ササナ様の懸念は、それだけじゃありませんよね?」
微妙な空気を引き裂くように、パルマの質問が飛んだ。




