閑話 王都から来た錬金術師
一〇年ぐらい前の話になるが、とある貴族が脱税と横領の容疑で捕まった。
本人は無罪を主張し続けたが、裁判によって有罪が確定し、実刑判決が下った。
ただ、収監はされなかった。
横領した資金の返済と追徴課税を納めたことが考慮され、執行猶予が付帯されたのだ。
よくある話だが、この話には続きがある。
罪を犯した貴族は人生を省みて、地位に胡坐をかいたことがそもそもの原因であることに気づき、爵位の返還を申し出た。
その自戒は聞き届けられたのと同時に、高く評価された。
「権力に溺れた者であるからこそ、救える者もいる。貴殿には、そういう者になってほしい」
元貴族は上役の信を賜り、村長として小さな村で汗水流して働くことになった。
それがポーラド村で、現村長が有罪になった元貴族である。
おれと村長は同時期に赴任したこともあり、手を取り合ってポーラド村を支えた。
勤勉に働く姿は更生の証であり、だれもが村の仲間だと信じて疑わなかった。
けど、そうじゃなかった。
村長は横領を繰り返し、自分の爵位を買い戻す裏金として、貴族に配っていた。
見事、爵位を授かることにも成功したらしい。
数日後に、叙勲式が催されるそうだ。
その式典が終わるまで、王都の警備隊は動けない。
「くそっ!」
やり場のない怒りを、カウンターに叩きつけた。
クズを信じた自分が腹立たしいし、腐った貴族を殺してやりたい。
けど、今は村のために動くべきだ。
「冒険者の手配を頼む」
「依頼内容は魔物の討伐でいいか?」
「ああ。それと、王都の警備隊に救助要請も出してくれ」
「任せろ」
ギルドを出たおれは、ポーラド村へと踵を返した。
!!
見覚えのある馬車だ。
アレは間違いなく、村長のモノだ。
「停まれ!」
声を張り上げたが、減速する気配はなかった。
馬、御者、村長を斬ることは簡単だ。
けど、おれは捕まる。
死罪も確定だ。
ためらいはない。
けど、実行することはできなかった。
今のポーラド村にとって、後遺症のあるおれですら、欠くことはできない戦力なのだ。
一時の衝動を優先し、村を壊滅させるわけにはいかない。
血が出るほど唇を噛み、おれは馬車を見送った。
すれ違ったときの村長の薄ら笑いを、生涯忘れることはないだろう。
ポーラド村は地図から消える。
残された期間はわからないが、間違いなく消える。
増え続ける村人の墓が、その証拠だ。
「王都からの救援は?」
「ありません」
犠牲者が出てからは減らされる一方で、補充もない。
冒険者の集まりも、減少の一途だ。
「村民の避難は?」
「逃げ場のある者たちはすでに離れていますが、疎まれて戻ってきた者もいます」
王都に避難した者もいたが、物価の違いで生活ができないそうだ。
支援もないと嘆いている。
完全に見放されたわけだ。
「レアハム、もう大丈夫だぞ」
彼女なら王都でも生きていける。
こんなところで、無駄死にする必要はない。
「私のいる場所は、愛する人の隣りです」
涙が溢れた。
けど、嬉し涙じゃない。
愛し愛された女性を守ることすらできない自分が、情けなかった。
いよいよもって、村が消えるカウントダウンが始まった。
救いのないまま、絶望を迎えようとしている。
そんなある日。
「ムシアラ様! 王都所属の錬金術師が訪ねてきました!」
顔を輝かせたレアハムが、執務室に飛び込んできた。
体裁を整えるために、送り込まれたのだろう。
一つの村が滅びるのに、なにもしなかったのでは心象が悪すぎる。
けど、最後の命綱でもあった。
「頼む! 町を助けてくれ!」
「なにがあったんですか?」
出会って早々に土下座をしたおかげか、男は話を聞いてくれるようだ。
「ここ数か月の間、村は魔獣の襲撃を頻繁に受けているんだ。魔獣の攻撃に耐えられる防壁を作ってくれ! 頼む! この通りだ!」
ぐうぅぅぅぅぅ
床に額をこすりつけるおれの耳に、男の腹が発した盛大な音が届いた。
とりあえず、飯をおごって媚びと恩を売ろう。
「お待たせしました」
頼んだ出前を届けてくれたのは、見知らぬ女性だった。
「ご注文の味噌ラーメン大盛、カタヤキソバ、しょうが焼き定食、チャーハン、餃子二皿、油淋鶏、シュウマイ五個、春巻き四本、唐揚げ六個、チンジャオロース、レバニラ炒め、杏仁豆腐、マンゴープリン、月餅、紹興酒二本です」
「こんなに頼んでいませんが」
「ご安心ください。ほとんどが当店からのサービスです」
「そうですか。ではありがたく頂戴します」
最後の晩餐だと、大盤振る舞いしてくれたのだろう。
食後にお互いの自己紹介をし、交渉に入った。
アンナは防御柵を作ることに、抵抗はないようだ。
それだけでも助かる。
ただ、一〇〇〇ドンの価値があるモノを作るそうだ。
信じられない……と同時に、わかってしまった。
アンナは無理難題を押し付けることによって、依頼から手を引く算段なのだ。
そこからの話も否定ばかりだった。
あきらめよう。
「ご主人様。問題が山積なのは理解しました。ならば商品の一部を作ってみてはいかがでしょう? 試作品が用途を満たしているかどうか、のチェックにもなると思います」
「よし。そうと決まれば、ちょっと待っててくれ」
パルマの提案にヒザを打ち、アンナがギルドを出て行った。
彼らが戻ってくることは、二度とないだろう。




