閑話 ムシアラの勘違い
椅子から立ち上がり、窓を開けた。
「静かだな」
ナイトウルフの鳴き声が聞こえない夜は、久しぶりだ。
けど、脅威が消えたわけじゃない。
警備に出かけよう。
扉が開き、戻ってこないはずのアンナが戻ってきた。
「パルマのおかげで、問題は解決した」
ドンッと壺が置かれた。
「これは?」
「俺が作った強化塗料だ。いまある防御柵に塗るだけで、ある程度の攻撃なら耐えられる」
試作品は作っていないが、代価品があったようだ。
けど、問題は性能だ。
「ある程度って、具体的には?」
「スパークベアぐらいならイケる」
!!!!
信じられない。
スパークベアの一撃に耐えられる塗料など、この世に存在するはずがない。
「ふっふっふ。では、実践してみせようじゃないか」
アンナが自信満々に栓を開けた。
「普通だな」
「ええ。白のペンキですね」
がっかりだ。
どうせ噓なのだから、虹色に輝くぐらいのインパクトがほしかった。
(あっ、そういうことか)
善意を示したうえで実力不足を露呈すれば、だれに咎められることもないし、良心の呵責も軽減される。
アンナはそれを狙っているのだ。
憤りを感じないわけじゃないが、無反応だった王都の役人に比べたらマシだ。
ここまで来てくれたのもありがたい。
「さあ、一撃見舞ってくれ」
本気でやろう。
それが、嫌な役回りを引き受けてくれたアンナに対する謝礼だ。
ガンッ!
脚を切断することができなかった。
本気の一撃だったのに、傷一つ付いていない。
おかしい。
無意識に手加減してしまったのだろうか。
「もう一度いいか?」
「何度でもやってくれ」
キンキンキン!
全盛期の威力はないが、冒険者時代の必殺技でも駄目だった。
これほどのモノを作れるアンナは、間違いなく稀代の錬金術師だ。
「すまない。遅れた」
アンナたちが帰った後、おれは夜間警備に出た。
「珍しいな……って、なんかイイことでもあったのか?」
「王都から凄い錬金術師が来た」
「いまさらだろ」
吐き捨てる気持ちはわかる。
少し前のおれもそうだった。
けど、今回は違うのだ。
「アンナはマジで凄いヤツだ。明日になれば、みんなもわかる」
「ははっ、その明日が来ればいいけどな」
連日の襲撃に、全員が疲弊していた。
それでもここに集まっているのは、護りたいモノがあるからだ。
だからこそ、おれが見た奇跡を共有したい。
…………
「静かだな」
仲間が漏らしたつぶやきが、耳に届いた。
いつもなら魔獣のうなり声にかき消されていて、届くことのない声である。
こんな時が一番危ない。
「油断は禁物だぞ」
それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。
けど、本心はこのまま夜が明けてほしい。
だれも傷つくことなく、明日を迎えたかった。
…………
空が白み、夜が明けた。
数か月ぶりに、ナイトウルフの夜襲がなかった。
奇跡のような一日が終わり、新たな奇跡が始まる予感がした。
ギルドに戻って横になってすぐ、レアハムに叩き起こされた。
アンナが来たそうだ。
用件は、ナイトウルフの買い取り偽装。
利のない行為に思えるが、あるそうだ。
しかも、それをするだけで例の塗料を譲ってくれるという。
ありがたい話だ。
おれにできるのは、アンナに対して誠実に対応することだけ。
それで裏切られたり死んだりしても、悔いはない。
早速、おれは偽装書類を作り始めた。
本来、この手の作業はレアハムの担当だが、彼女にはギルドの運営を任せている。
表のカウンターで偽装書類を作るのはよろしくないので、おれががんばるしかない。
「ムシアラ! 大変だ!」
自警団の隊長が飛び込んできた。
「なにがあった!?」
「いいから来てくれ!」
「わかった。すぐ行く」
書類を引き出しに隠し、隊長の後を追った。
事件があったのは、防御柵の補修現場だ。
ざわざわしているが、ケガ人はいないらしい。
パルマの創造したゴーレムが、ヤシモク親子を守ってくれたそうだ。
「なあ、もしかして、思った以上に緊迫してるのか?」
「ああ。多くはないが、魔獣の侵入を許す場面が増えてる」
「そっか。んじゃ、ちょっと待っててくれ。悪いけど、パルマはここに残って、後三体ゴーレムを作ってくれ」
アンナの命令に従い、パルマが一瞬でゴーレムを創造した。
パルマの魔法も規格外だ。
ただ、それを吹き飛ばすぐらい、アンナは強烈だった。
普通の玉を組み込んだだけで、武骨なゴーレムが格闘家にフォルムチェンジした。
こんなのは、見たことも聞いたこともない。
「創造主パルマ・トーチスが命ずる。ポーラド村の治安維持に尽力せよ」
「了解しました!」
喋ることまでできるようだ。
おれの中の常識が崩壊していく。
「せりゃー!」
ナイトウルフを蹴り飛ばすゴーレムは、完全に人だった。
魔法の知識がない村人たちでさえ、これが異様なことだと認識している。
「ありがとう。おじさん」
「ふっふっふ。紳士が淑女のために働くのは当然さ」
「嬉しいお言葉だわ。なにかお礼をさせてくださいな」
受け入れているのは、ヤシモクの娘だけだ。




