24 プロですから
「さぁさぁ見ていってよ!今日は活きの良いのが揚がったんだ!」
歓待を受けた翌日、私はセーラム領の朝市に訪れていた。
朝市は観光地として土産屋が立ち並ぶ場所から少し離れた場所で、観光客の姿は少ない。
「やっぱりいい魚が多いわねぇ。王都でも食べられたらいいのに」
「そうですね」
お母様がいろんな魚を覗いてはそんな事を言う。
やはり朝市に並ぶ魚も煮付けや焼くことを前提とした魚が多い。
鯛などであれば生でも大丈夫そうではあるが⋯
だがどうせなら生でこその物がいい。
そんなことを考えながら生でも食べられる魚を物色していると、シグマが裾を引っ張ってきた。
「あれはなんなのです?とてもおおきいのです」
指を指すその先には値段も付けられていない大きな黒い魚があった。
まさか⋯あれは⋯
「間違いない⋯」
「?」
私はすぐにその黒い魚に近寄った。間違いなくそれは生食の王者。
「お嬢さん、そいつは売りモンじゃないよ。よく網にかかる上にでかいからいつもそうやって置かれてんだ」
「これ、いくらですか」
「だ、だからそれは売りモンじゃねぇって⋯」
「いくらですか」
「⋯⋯タダでいいよ。お嬢さんも物好きだな。マグロは食えたもんじゃないぜ。持ち運ぶ間に腐っちまう」
魔道具があまり発展していないこの世界では、魚の保存は難しい。
この市場では魔法で生み出された氷が使われているようだが、マグロの大きさともなると難しいのだろう。
「ほんとに物好きね⋯メアリは」
流石のお母様もこれには理解が及ばない様子。
「まぁ見ていてください」
水属性魔法の魔法陣を展開し、マグロに触れる。
マグロの保存には-50度だったか。触れた先から一気に冷凍する。
「凍らせたの?」
「はい。揚がって二、三時間ぐらいでしょうから少し鮮度は落ちてるかもしれませんが、これで今の鮮度を保てます」
この世界には無い概念だ。そう、冷凍。
マグロはこの技術がなければ食べれたものではない。
まさかこんなところで出会えるとは思わなかった。
しかし、醤油に似たものはあるのに醤油漬けが無いというのも不思議だ。
その後、点々と置かれていたマグロを引き取っていたら、漁師の人たちから、物好きの貴族の娘として顔を覚えられることになった。
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「それで?お昼はあなたが作るというから気になって見に来てみたけれど、そのマグロをどうするの?」
「どうしてほしいですか?」
「どうって言われても⋯そもそも食べられるの?」
「この鮮度だと臓器や目玉などの足の早いものを除けば骨以外全ていけると思います」
お母様が大変驚いた顔をする。シグマはよく分かっていない様子。
「その⋯お嬢様。私にはどうしてもその魚が食べれるようになる未来が見えないのですが⋯」
セセリアがそういう。確かに煮付けにするには明らかに大きすぎるからな。まあ火を使うつもりは毛頭ないが。
厨房に置いてある包丁類では当然刃渡りが足りないので、異空間収納から刀を取り出す。
「メアリ⋯それで切るつもり?」
「包丁じゃ長さが足りないので⋯」
しっかりと殺菌をする。過去にもこの刀で食材を切ったことはあるので、慣れたものだ。
ということでちゃっちゃと捌いてしまおう。
とても、というわけではないが十分に大きい成魚なので、三匹ぐらい捌けば十分だろうか。一匹を捌き終わってからすかさず取り出し、どんどん捌いていく。刀で。
「見事に身が切り分けられたみたいだけれど⋯ここからどうするのかしら」
柵にした赤身を包丁で切っていく。ここからは包丁でも問題ない。
あらかじめ用意しておいた酢飯をそばに置く。
セーラム領は観光地ということもあり、米も容易に手に入れることができた。
「シグマ」
「はいなの⋯むぐ!」
マグロの握り寿司にしたものを有無を言わさずシグマの口に押し込む。
「お嬢様!?生ですよ!?」
「少し遅い気もしますが⋯大丈夫ですよ」
言うのならシャリに乗せたタイミングで言うべきだろう。
「めありさま!おいしいのです!」
「それはよかった。ではこれも」
差し出したのは大トロ。
「!!!!!!!!」
初めて食べればこうもなるか。そもそも寿司という概念が無い。
「す、すごい反応ね⋯気になってきたわ」
「ではお母様もどうぞ」
三種盛りを差し出す。
「これはぞれぞれ違うのかしら」
「赤身、中トロ、大トロです。大トロは希少部位なんですよ」
お母様もシグマみたいな反応をしたことで、セセリアも欲しがったので渡す。
その間にも、私はどんどん切っていく。
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「すごいのです〜!」
「こんなにも種類を作れるのね⋯」
刺し身からマグロ丼、たたきやネギトロと作れるだけ作った。
「お店開けるわよ⋯」
「遠慮しておきます」
マグロ以外にもサーモンや鯛なども並べておいた。寄生虫対策もちゃんとしている。
「生で魚を食べるなんて⋯考えもしませんでした」
「王都だと不可能ですからね。このセーラム領だからできることでしょう」
冷蔵冷凍技術が無いから仕方がない。が、こうしてマグロを食べると王都や領地でも食べたくなる。
やはりミレイに相談をかけるべきか。
「午後からは海に行きましょうか。綺麗で冷たいわよ」
「水着を買った記憶が無いですね⋯」
「私の方で用意してるわ。安心しなさい」
なんだか不安だが、まぁいいか⋯
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「ばっしゃーん!なのです〜!」
海水浴場に着き、着替えるやいなやシグマが海に飛び込んでいった。
「しょっぱいのです〜!」
「海には塩分がありますからね。飲まないようにしてください」
「はいなのです!」
こうして海水浴をするのは久しぶりかもしれない。前の世界でなら何度かしているが、こういう異世界ではしていない。海水浴をするような文化があまり無いというのも一つの理由だ。
ちなみにこの世界の水着は当たり前だが化学繊維ではなく、水を含んでも重くなりにくい布でできている。着心地は前の世界のとは違うが、水着としての機能はあまり変わらない。
⋯⋯⋯最近どことは言わないが大きくなっているのだが、なぜお母様は完璧にサイズを分かっているのだろうか。怖いほどぴったりだ。
「⋯⋯セセリア、あなたですね?」
「なんのことでございましょう」
この侍女め⋯⋯⋯
「ぴったりなんだからいいじゃない。よく似合ってるわ」
「⋯⋯ありがとうございます」
やはりデザイナーとして評判が高いだけある⋯デザインは一級品だ。
勝手に目測採寸していることを除けば完璧と言えるだろう。
「⋯⋯どうしてシグマの水着は侍女服の水着版のようになってるんですか?」
「それがねぇ、侍女服を相当気に入ったみたいでね⋯」
確かに常に侍女服風の服を着ている気がする。そんなに気に入ったのか。
「どうも聞いてみたらお姉ちゃんとやらが着ていたらしいのよ⋯」
「⋯⋯⋯」
あの聖女、まさか侍女に扮して帝国に潜入していたのか?
何が何もできませんだ。なかなかぶっ飛んでるじゃないか。
「本人が強く希望するからそういう風にしたのよ」
まぁ聖女が侍女に扮していたのかは本人に聞くとして。
シグマにとって聖女の存在は大きかったのだろう。
バーラントが頭を抱える理由も分かる気がするな。
神力は精神の状態にかなり左右されるらしく、バーラントによる強制認識も日によってできない時がある。
今のバーラントはシグマの心の深層にまで入ることを嫌っており、同化率が頭打ちになるため、できない日はできないのだ。
一度、深層に入ってもらった時、バーラントは一瞬で同化を解除したのだ。
呑まれかけた。その時バーラントはそう言った。
シグマが寝ている間などにバーラントは深層を覗いてるのだそうだが、底なし沼のように深く暗いのだとか。
神器バーラントがシグマと共に暴走したのは、バーラントのリミッターが久しぶりの解放で歯止めが効かなくなったからなのだが、あの凄まじいまでの殺意や憎悪はシグマ本人のものであると、バーラントは言っていた。
「めありさま、どうしたのです?」
「⋯⋯いえ、少し考え事をしていただけです」
「ならあそぶのです!」
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「つかれた⋯⋯」
シグマに引きずり回されひたすら遊び相手にならされた。
5つぐらいしか離れていないのに、体力がまるで違う。そもそも私は同年齢の中では飛び抜けて体力には自信があるというのに⋯⋯
「この私を疲れさせるとは⋯シグマ、恐ろしい子⋯!」
「子供の元気というのは一概に体力だけで語れるものではありませんから⋯」
セセリアが紅茶を淹れてくれる。砂糖はもはや置かれてもいない。
「⋯⋯シグマはどれだけの闇を抱えてるんでしょうね。ああやって遊んでいる中で一度として神力の活性は起こらなかったそうで」
「私には分かりかねます。並大抵のものでは無いとは思いますが」
私にも分からない。バーラントのように心を見ることはできない。
バーラントですらその闇の深さが測れないのだ。たとえ見えたとしても、外からではその深さなど測ることなどできないだろう。
「そういえばシグマに渡さないといけないものがあるんでした。今あの子どこに居ますかね?」
「奥様の部屋におられると思います」
セセリアからシグマの居場所を聞いた私は部屋を出てお母様の部屋に向かう。
聖女から預かった紙を改めて見てみるが全く分からない。
⋯あの聖女、この紙を懐からすぐ出していたな。私が来る前提で記していたのか。
だが今更わざわざ暗号にする理由も分からない。私に直接言えばいい。
この暗号にはなにか他の意味も含まれているのだろうか。シグマに見せれば分かるだろうか。
そんなことを考えながら歩くと、あっという間に部屋の前に着いてしまった。
ドアをノックする。中から返事が返ってきた。
「どうしたの?」
「シグマは居ますか?少し用がありまして⋯」
「居るわ。入っていいわよ」
部屋に入るとお母様とシグマは手芸をしていた。
「シグマちゃんになにか用があるみたいよ?」
「?」
お母様からそう告げられて心当たりがないという顔をするシグマ。
「シグマさんに見てほしいものがありまして⋯」
私はそう言いながらあの紙をシグマに見せる。
「これ⋯おねえちゃんの⋯」
「はいそうです。ここに会える日と場所が記されているそうなのですが⋯」
シグマは私の手から紙を受け取ると、机に座ってもう一枚紙を用意してなにやら書きはじめた。
「⋯⋯メアリ、ちょっと説明を求めるわ」
「なにをでしょうか」
「シグマちゃんのお姉ちゃんからの手紙をなぜメアリが持っているのか、よ」
「それはもちろんシグマのお姉ちゃんと会ったからです」
「たまに遅い時間に居ないことがあると思ったらそんなことしてたのね⋯」
げっ、バレてる。おかしいな。偽装はしていたはずなのに。
「なんでバレたのって顔してるわね。私も魔法師なのよ?」
そういえばそうだった。なんなら私が強くしたのだった。
「まぁ危険なことをしていなければいいわ。それでそのお姉ちゃんって誰なの?」
「他言無用でお願いしますね?」
「えぇ」
「聖教国の聖女です」
私がそう言った瞬間、お母様が固まってしまった。
まぁその反応が普通だろう。お母様以外に教えたこともないが。
「まさかとは思うけど⋯聖教国まで会いに行っていたの?」
「はい」
お母様が額に手を当てる。流石に聖教国は予想外だったらしい。
「聖女ってことは聖教国のかなり中枢よね?そこまで潜り込んだの?」
「えぇ、まぁはい。と言っても簡単ですよ?入り込んでしまえば警備も何もありませんし」
「⋯⋯⋯」
実際簡単なのだ。そもそも警備に当たっている者も油断しきっているのもあって、本当に簡単なのだ。
「まぁ心配するだけ無駄ね。あなたはまだまだ実力を隠してるのでしょうし。それにその行動もシグマちゃんのためと言われると怒るに怒れないわ」
それでいいのだろうか。普通はなんであれ怒るものではないのだろうか。
「でも程々にしなさいね?絶対は無いのだから、何回もしていたら一回は見つかってしまうかもしれないわ」
「はい、お母様」
まぁ元より行くのはけっこう大変だから頻度は高くない。大丈夫だろう。
「めありさま、かいどくおわったのです」
「いつのどこと?」
「らいしゅうあけのりょうしゅていなのです」
来週明けの領主邸?なにかあるのだろうか。
「そういえば行幸で領主邸に来るって言っていたわね。義姉さんが面倒だってぼやいていたわ」
ふーむ。領主邸なら特に理由⋯どころか伯母に聖女に会いたいとでも言えばいけるか?
「でも難しいわね。当たり前だけど聖教国が認めた相手以外は面会謝絶よ。正規の方法では会えないと思うわよ?」
やはりそのあたりは厳しいか。しかし聖女がその日その場所を指定したということはなにか理由があるのだろう。
「その手紙にはなにか他には無いんですか?会う方法とか」
「えーっと⋯」
また何やら色々と書き始めた。難しい暗号にしてるものだ。検閲対策だろうか。
「書きながらでいいんですが、なぜそのような暗号を?」
「おねえちゃんがものをそとにもちだすときは、きびしいけんさがあるっていってたのです」
なるほど。なぜ聖女の持ち物を確認しているのかは分からないが、検閲に近いものがあるということだ。
「だから、しぐまへのてがみだとばれないようにこういうあんごうをつかうようになったのです」
「その暗号はお姉ちゃんが考えたんですか?」
「ううん。ちがうのです。これをかんがえたのはあるふぁ?ってよばれてたひとらしいのです」
「アルファ⋯」
ギリシャ数字の一番目。つまり帝国最初の実験台か。だが年数を考えれば今の聖女とは面識はないと思うが⋯
「となると始まりは先代聖女かしら。いまの聖女になったのは五年前だからシグマちゃんの年齢を考えるとそうなると思うのだけど」
つまり先代の時代からこの帝国の実験体と聖女は繋がりがあったわけだ。あの聖女もシグマたちの存在を先代から知ったのだろうか。
「おわったのです。せわやくとしてきてくださいってかいてあるのです。ひるのあいさつがおわったあとよるまではじかんがあるって」
「なるほど。その手なら伯母も言いくるめれますかね」
「言いくるめるって⋯セセリアもつけて三人で行けばいいわ。仕事はセセリアに任せてあなたたちはフリをしておけばいけるでしょ」
それが一番だろう。私はともかくシグマに侍女として働くのは無理だからな。
「私は早速明日義姉さんに掛け合ってみるわ。多分行けるとは思うのだけれど⋯」
「私はセセリアに話しておきます。シグマさんは髪留め作り、がんばってくださいね」
「はいなのです!」
自室に戻った後、控えていたセセリアにそのことを話し、了承を得たところでその日は眠ることにした。
お久しぶりです。更新頻度を上げたいと思いながらまた日が空いてしまいました。なかなか筆が進まず……
時間もなかなか確保できずといった感じです。
今月中にもう一本投稿できたらいいなと思っております。
それでは次話で




