22 交渉
当主の居る部屋に向かう途中、マーシャが言った。
「正直私も嫌ですのよ?」
「分かってますよ」
マーシャは父親である当主と、同じ学園に居る兄のことを心底嫌っている。母親の方はそうでもないそうだがお互い不干渉といったところだ。
「シグマさんにとってはあまり気分がいいものにはならないかもしれませんわね」
「でしたら私一人とバーラントだけで行きますから、マーシャさんはシグマの面倒を見ていてもらってもいいですか?」
「いいんですの?私そのご提案に飛びつきますわよ?」
「いいですよ。面倒な代物を引き取ると言っているのに断られる理由も分かりませんからね」
ちっぽけなプライドを優先するか、今後の憂いを優先するか。
優秀な貴族ならば答えは一つだ。ならば交渉も何も無い。
「⋯いきますわよ」
声掛けでもあり自分への鼓舞をしながら、マーシャがドアをノックする。
「⋯誰だ」
「私です。お父様にお会いしたいという方が」
「私に?誰だそれは」
「メアリ・ハル・ネーデル様ですわ」
私の名をマーシャが言った時、少し物音が聞こえた。
そしてすぐ後に中から声が聞こえた。
「入ってくれ」
「失礼します」
全くの時間を開けずに部屋の中に入る。
「お会いするのはあのパーティー以来でしょうか」
「⋯わざわざなぜここに?」
「単刀直入に申し上げましょう。ミレーヌ家の家宝でしたあの剣。取り扱いに困っているのではありませんか?」
剣のことを口に出した時、一瞬動揺が走ったようだが、さすがは侯爵家の当主。すぐに元に戻った。
「どこでその話を聞いたのかは知らないが⋯それがなんだと言うのかね」
「私の方で引き取らせてもらおうかと思いまして。そちらに不利益は無いと思いますよ」
「それでそちらになんのメリットがある。何が目的だ」
はぁ面倒くさい。損得勘定などどうでもいい。
「なんの目的もありませんよ。ただ私がああいう物に興味があるというだけです」
「⋯⋯⋯」
最大限とも言える警戒をされている。面倒な人だ。
「あの剣のことを随分と知っているようだな⋯?」
「当たり前でしょう。誰があの剣を止めたと思ってるんですか?」
「なっ⋯」
大層驚いた顔をする。そんなに驚くものでもないだろう。まさか眉唾だとでも思っていたのか?
「もし認めてくださらなくても持っていくつもりですよ。私はあの剣を暴走させることもできますからね。やりようはあります」
出来ないこともないが今のあの剣では無理だろう。なのでハッタリだ。
「⋯分かった。持っていけ。あんな物騒なものあの娘にですら持っていてほしくないからな。だがこのことは内密に頼む」
「えぇ。私から言いふらすことはありませんよ。面倒ですから」
私はそう言い捨て、踵を返す。
部屋を出ると、侍女が一人立っていた。
「お嬢様はこちらに。ついてきてください」
お辞儀をすると、そう言って歩き始めた。
私も言われるがまま後ろについていく。
彼女が立ち止まったのは先程の応接間だった。
何も言わないので私は応接間のドアを開ける。
「終わりましたの?意外に早かったですわね」
「少し脅してやりましたので」
「そ、そうですか」
応接間ではマーシャとシグマがお茶会、否。シグマへの餌付けが行われていた。
お菓子を口いっぱいに入れてリスみたいになっている。
「セセリアに怒られますよ⋯」
「ここはミレーヌ家ですから、よくてよ」
そんなことを言ってシグマに餌付けしていたのだろう。
「メアリさんもいかが?」
「いただきましょうかね⋯」
先程の侍女がすぐに紅茶を出してきた。恐ろしい手際だ。
「美味しいですねこれ」
「メアリ様はストレートでよくお飲みになられると聞いておりましたので、ストレートティーでの評判が高い茶葉を」
リサーチ力が怖いな。まぁ美味しい紅茶が飲めるならいいか。
「このおかしおいしいのです!」
「⋯⋯あとであれ包んでもらえますか」
「ふふっ。メアリさんもシグマさんには甘いんですのね」
「まぁ⋯あの子のことは私はより知っているので」
帝国領でもシグマのことは調べたのだ。大したことは分からなかったが、ろくな扱いを受けていなかったのは間違いないことだ。
あの聖女の願いを代わりに少しばかり叶えてやることぐらい大したことではない。
「私も殿下から手紙で知っていますが、それ以上になにかあるということですわね⋯」
「一目で分かるものはありますよ。シグマさん、ちょっと背中向けてもらってもいいですか?」
「はいなのです」
素直に背中を向けてくるシグマ。私はシグマの服をたくし上げる。
「⋯⋯⋯」
「こういうことです。まぁこれがほとんどの答えですかね」
絶句するマーシャに私はそう言う。後ろに控えていたマーシャの侍女も言葉が無いといった表情をしている。
「⋯シグマさんは、痛いとかありませんの?」
「いたくないのです」
「⋯そうですか」
シグマのなんでもない返答に更に言葉が無いようだ。
「少し⋯想像を超えていましたわ⋯」
「私もセセリアが珍しく取り乱してて、初めて知りましたからね」
報告を受けた時、あまりのショックでしどろもどろになっていたセセリアを思い出す。
「これでもマシだと思いますよ。完全無処置というわけでもないので」
「そうなんですの?」
「聖女と交友があったみたいで、その聖女が治せる限りは治していたみたいです」
そのおかげで傷が悪化したり病気にならなかったようだ。
だが逆に言えば病気にならないからあそこまでされたとも言える。
皮肉なものだ。それを聖女に言うつもりはないが。
「やけに詳しいですわね⋯まさか⋯」
「少し」
「絶対少しじゃありませんわ⋯無茶苦茶ですわ⋯」
「おかげで少し眠いです」
「でしょうね」
帝国領ぐらいまでと思ってるかもしれないが実際は聖教国の中枢まで行っている。言わないが。
「そういえば学園はどうなるんですか?」
「再建に少しばかり時間がかかるのと、あの襲撃がトラウマになった方が多く⋯貴族家の間で不信感が漂っていますわ。公にはなっていませんが初等部は全課程を取りやめる方向になっているそうですわ」
つまりこれから高等部に入るまでの約三年、暇になるというわけか。
「これに伴って、初等部に入学している貴族も含め全員が高等部入学試験を受けなくてはならなくなるそうですわ」
「筆記と実技でしたか?全く問題ありませんが⋯」
「私たちはそうですわね。定期的に復習しておけば問題はありませんわね」
しかし三年間、何をしようか。シグマが聖女と会えるように色々と動くのもひとつか。
「しかし身体が鈍りますわね⋯訓練場こそ使って良いそうですが⋯」
「放課後なら私の名でいつでも使えるじゃないですか」
「あなた抜きで使おうとは思いませんわよ⋯」
マーシャはこういうところは律儀だ。私としては構わないのだが。
「あなたはどうしますの?まさか訓練し続けるとか言いませんわよね?」
「しないわけではありませんが⋯シグマのことを調べようかと思っています」
「私にできることがあったら言ってください。協力しますわよ」
「ありがとうございます」
といっても基本は聖女との接触で進めるつもりだから、マーシャができることなんて無いのだが。
そんなことを考えているとバーラントが私にだけ話しかけてきた。
『メアリ、でよいだろうか。少し頼みたいことがあるのだ』
どう呼んでくれても構わないが⋯それでなんだろうか。
『主神マーラカルトと話がしたいのだが⋯一度神殿に連れて行ってくれないだろうか。今の我ではメアリの力を借りねば話すことすら叶わないのだ』
それぐらいお安い御用だ。今日の夜にでも連れて行くとしよう。
そう頭の中で返してやると、シグマの横にいたバーラントが小さく鳴いた。
「⋯シグマさん、そんなお菓子を食べていたらお昼ご飯を食べれなくなりますよ?」
「うっ⋯」
「そうですわ。お菓子はメアリさんに渡しておきますからそのぐらいにしておくといいですわ」
「はいなのです⋯」
シグマがしゅんとする。ちょっと意地悪だったか。だがセセリアに怒られる方が怖いだろう。
「あぁそうでした。マーシャさん、これを」
私はそう言いながら異空間収納から剣を取り出す。
「これは⋯剣ですか?私に?」
「はい。私が特注で調整してもらっています。基本的な材質は同じですが、重さやバランスはマーシャさんに合わせています」
「まぁ⋯」
私の特注ということもあり、マーシャはうっとりとした顔で剣を見つめている。
「⋯⋯ん?特注⋯?」
何か気づいたようだ。まぁ私が剣を特注したのなんてあの時だけなのだから分かるだろう。
「これ、おやっさんが打った剣ですの?」
「そうですよ。まぁデザインから材料の指定、バランスも私が全て行っていますが⋯」
「こんな良い剣打てますのね⋯あの人⋯」
意外そうな顔をしている。
「それは私からのプレゼントです。どうせ持っていないでしょう?そういう剣」
「当然、持っていませんわ。適当に用意しようと思っていたのですが⋯ありがとうございますわ」
割と喜んでくれているようで、私も嬉しい。
「では要件も済みましたしこれでお暇させていただきましょうか」
「また来てください⋯とは言いにくいですがこの王都の屋敷であればいつでも来てくれて構いませんわ」
「えぇ。また来ることもあるかもしれませんね」
─────────────────────────────────
「おなかすいたのです」
屋敷に戻ってきてすぐシグマがそう言った。
あんなにお菓子を食べていたのに、お腹いっぱいどころか空いているだと⋯
「お昼ご飯まで少しですから我慢できますか?」
「できるのです」
ふーむ。どうも新陳代謝が異常に早いようだが⋯
『おそらく主の特性によるものだろう。メアリはなにか主のことで不思議に思ったことはないだろうか』
「そうですね⋯回復自体はしているはずなのに魔力がすっからかんなことですかね」
『それも特性のせいだろう。主は魔力が使えない。だがその代わり、神力を使うことができるようだ。その代償として活動に必要なエネルギー量が異常なまでに多いといったところだろう』
食費にどうのこうの言うわけではないが、食べる量によってはなにか策を考えるべきか。
それに神力か⋯この世界ではかなり特異的だ。
それにもしその神力が聖女や司祭が祈りの際に出すああいうものと同一であれば面倒事は避けられない。
これは神力の研究と制御を考えたほうが良いかもしれない。
なにはともあれ、これからの方針は決まった。
初等部の学園生活ができないのは惜しいが、この時間は大切にしていこう。
本当にお久しぶりです。
なかなかモチベが湧かず4ヶ月近く放置してしまいました。
この話を書いたのは昨年12月なので自分ですら内容を覚えておりません。
誤字、脱字等ありましたらご報告をお願いします。




