2.フラワーパークでの出来事
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2話目です。よろしくお願いいたします。
次の日予定通り佑真さん、裕之さんと色とりどりの季節の花が咲き誇るフラワーパークへ行った。家から少し離れた場所にあるので、2人が私の自宅まで迎えに来てくれることになった。インターネットで事前にフラワーパークについて下調べしたところ、パーク内は飲食店もあるが、飲食物の持ち込みが可能なことが分かり、思い切ってお弁当を持参することにした。
数年ではあるが1人暮らしをしていると料理の腕も上達してきたと実感する。せっかくの機会だと2人には内緒で少し早起きして準備したので正直なところ少々眠い。自宅で待っていると呼び鈴が鳴り、裕之さんが迎えに来てくれた。実は裕之さんと先日会う予定だったのだけれど、私が体調を崩してしまい、断りの連絡を入れたのだが、お見舞いに行きたいと言われて、部屋番号を教えたのだ。あのときは本当に助かった。
玄関のドアを開けると、驚いた顔をした裕之さんが目に飛び込んできた。おそらく私が大きめのカバンを持って出て来たからだ。
「その荷物どうしたの」
「あっえっとその……フラワーパークが飲食物持ち込み可になっていたので、お弁当作ってみました」
「マジで! 嬉しい」
「本当は2人を驚かせようとしたんですけど、こんな荷物持ってたらバレちゃいますよね」
えへへと笑ってごまかす。
「いやかわいいかよ」
裕之さんは何やらブツブツと言っていたが、聞き取れなかった。
「ねぇ……と言うことは兄さんもさなちゃんがお弁当作ってくること知らないんだよね」
「あっはい!」
「じゃあこれは、お菓子買いすぎたことにしよ」
そうは言ってもそんなごまかしが通用するのかと疑問に思った。しかし裕之さんには考えがあるようだ。フラワーパークには裕之さんの都合で、朝から夕方までいるつもりだ。なんでも時間帯によって太陽の向きが変わるので、それによって花の見え方も変わるためその様子を見たいと言う理由で滞在時間は長いのだ。それを利用して適当にごまかすこととなった。
『買いすぎたにしては多いな』などと突っ込まれたら困ると身構えたけれど、特に問題なかった。逆に『小森さんは用意が良いんだな』と変に褒められてしまった。良いんだか悪いんだか分からない。
それから私たちはフラワーパークに着くとチケットを買ってパーク内に入った。そしてお花の鑑賞を始めた。この時期はチューリップや椿がキレイに咲いている。さすがフラワーパークと言うだけあって、聞いたことのない名前が沢山咲いていた。家に帰ると名前なんて覚えてないだろうけど、白や黄色のコントラストがとても絵になるなと感じた。所々立ち止まりながら写真を撮る裕之さんの姿を見ながら、時々見せる無邪気な笑顔に少年の面影を感じた。日が高くなり太陽が照りつける正午を迎えてお腹もすき始めたころ誰かのお腹がなった。
「アハハ! 腹減ったなぁ」
そのお腹の虫の正体は裕之さんだった。
「そうだな」
「空きましたね」
「昼飯にするか! 誰かさんのお腹もなったようだし。どうする? 何か買って来るかそれともレストランにするか、小森さんはどっちが良い」
「あっえっと……私もっ」
「もっ?」
「あーさなちゃんほらついでにお菓子取りに行こう! うん! だから兄さん僕らで買って来るからちょっと待ってて」
私は裕之さんに引きずられるようにこの場を後にした。その様子を見て1人啞然とする佑真さんを残して……。
「もうさなちゃん! 持ってきたって言いそうになったでしょ。兄さんを驚かせるんだから駄目だよ」
「ごめんなさいぃぃ」
私たちは飲み物を買いつつロッカーに預けているお弁当を取り出した。佑真さんには、近くの屋根付きのベンチで待機してもらっている。しかし佑真さんがいるところに向かっている途中で、3人組の女性に囲まれている佑真さんの姿が目についた。
「ねぇねぇお兄さん1人? 私たちとこれからご飯でも行かない?」
逆ナンである。しかも私よりも可愛くて似合ってると思ってしまった。幸い佑真さんはこちらに気づいていないようで、私は思わず後ずさった。女性に囲まれる佑真さんを見て私なんかと一緒にいていいんだろうかと時々思う。
(『ズキッ』えっ? どうして胸が痛いの)
気づかないうちに不安そうな顔が表情に出ていたようだ。
「もしかしてさなちゃん……兄さんのこと好き?」
「えっ?」
「だってさ、僕が女の子にナンパされててもそんな悲しそうな表情しないから……」
裕之さんからの問いかけに私は目を見開いた。そんなことはないと思うものの、振り返ってみると思い当たる節がある。
「そっかー自覚なかったんだね! 僕もさなちゃんのこと良いなぁと思ってたんだよね! でも兄さんが相手じゃかなわないな〜潔く諦めるよ! でも友達はやめないでね! 待ってて女の子たち追い払ってくる」
裕之さんはそう告げると、佑真さんの元へ颯爽と行ってしまった。1人残された私は訳が分からず混乱中だ。
(えっ……今サラッと裕之さんに告白された!? しかも私が佑真さんを好き……?)
裕之さんが佑真さんの元へたどりつくと、女の子たちと話しをしていた。離れた場所に来ていたので少し遠くて話し声は聞こえないけど、なんかとても楽しそうに話しているように見える。そんな姿を目の当たりにしてしまい、つくづく私とは均衡がとれていない気がしてならない。お弁当は裕之さんが持って行ってしまったし、私は呆然と立ち尽くしていた。
そこに見ず知らずの男性が声をかけてきた。
「か~のじょ! 彼氏行っちゃったね~もしかして振られちゃった? なら、俺らと遊ぼうよ」
2人組の男性が目の前に立ちはだかり、私は初めての出来事にどのような対応をして良いのか分からない。
「大丈夫です」
「それってOKってことかな」
「ちっ違います」
勝手に話が進み、周りに助けを求めることも出来ずに怖くなった。
「まぁまぁそう言わずに、俺らと遊んだほうが楽しいよ~あんな他の女の子たちと仲良くする彼氏なんてほっといてさ」
そしていよいよ手をつかまれて連れ去られそうになるも、私は渾身の抵抗で声をあげた。
「離してください!!」
「うわっイテテテテ」
すると同時に男性の手を誰かがひねり上げていた。とっさの出来事に私はよろけた。
「わっきゃっ」
そして誰かに抱き留められた。いわゆるバックハグと言うやつだ。
「俺の連れに何か用か」
後ろから少し怒りをはらんだ声が聞こえる。顔は見えないが声で分かった。助けに来てくれたのは佑真さんだと瞬時に思った。
「ちっ連れがまだいたのかよ」
舌打ちしながら男性たちが去っていくのが見えて、ホッとした。
「小森さん大丈夫か」
「はい……大丈夫です」
予想通り佑真さんだった。何故か心臓がドキドキする。裕之さんが変なこと言うからだ。この鼓動が佑真さんに聞こえやしないかとひやひやした。
「はぁ……焦った」
恥ずかしくなった私はすぐさま佑真さんから離れた。
「ありがとうございました。おかげで助かりました!」
「ケガはないか?」
「はいちょっと怖かったけど、ケガはないです。佑真さんわりとすぐ来てくれたので」
「ならいい。だが、裕之も何故小森さんを1人にしてこっちに来たんだか」
私のためとは言えずに笑ってごまかす。そして目線を横にずらすと裕之さんが手を振っている姿が視界に入ったのでこれ幸いと動き出す。
「あははっどうしてですかね。あっ裕之さん待てるみたいなので行きましょう」
どうやって女性たちを追い払ったのか気になるところではあるが、私も男性に絡まれるとは予想してなかった。こんな私にどうして声をかけてきたのか、不思議でならない。
裕之さんと合流すると早速お弁当を披露することになった。佑真さんは裕之さんに小言を言っていたので、申し訳ない気持ちになり話しを遮ることにした。
「あの! 実は私……お弁当作って来たんです。お口に合うかどうか分かりませんが」
お菓子だとごまかしていた包みを取り除いて重箱を出した。少し緊張しながらふたを開けるも、何も反応がなかった。おそるおそる2人の様子をうかがうと、重箱を凝視しながら固まっていた。裕之さんにはお弁当作ってきたことを伝えてあるのに、何も言ってもらえないのが悲しい。手作り弁当は失敗だったんだと思い始めていた……。あまり嬉しくなかったんだなと落ち込んでいたら、はっとしたように裕之さんが我に返った。
「さなちゃんありがとう。作るの大変だったでしょ! どれも美味しそうだね」
その言葉に今度は佑真さんが反応を示した。
「これ、小森さんの手作りなのか?」
「あっはい! でも全てじゃないですよ。中には手作り以外もあります。さすがにレタスやトマトは作れないですし、鮭も焼いただけなので……」
「うん? うん手作り弁当にレタスやトマトは除外していいと思うけど、それにしてもさなちゃん料理上手なんだね! じゃあさっそくいただきますか」
「あっ大変です! お箸持ってくるの忘れました」
確認したはずだったのに、うっかりお箸を忘れたことに気づいた。
「じゃあ僕売店かどこかでお箸調達してくる」
そう言って裕之さんはこの場を離れ、佑真さんと2人きりになってしまった。裕之さんとの先程のやり取りで佑真さんのことが好きだと自覚してしまったせいか、緊張しながらも今まで普通に話せてたはずが、途端に言葉に詰まる。
(どうしよう……佑真さんの顔がまともに見れない。裕之さんが変なこと言うから、意識しちゃうよ。裕之さん早く戻ってこないかな)
「小森さん……お弁当作るの大変だっただろ3人分作るとなると、相当早起きしたんじゃないか」
「仕事のときより少し早いぐらいでしたし、それに私が好きでしたことなので」
不意に佑真さんの手が頭に触れた。驚いて肩がびくっとなり佑真さんを見ると目が合った。
「悪い――頭に花びらがついてたから」
「あっありがとうございます」
私はとっさに目をそらしてしまった。
「はぁ……」
佑真さんは深いため息をはいた。ちょうどそのとき裕之さんが箸を購入して戻ってきた。
「お待たせ~せっかくだからお土産屋さんでお揃いの箸買って来たよ! ってあれさなちゃん耳まで真っ赤にしてどうかした?」
「は?」
裕之さんの言葉に佑真さんは私の顔を見た。裕之さんは何が起こったか知らないので、ただ疑問を口にしただけなのだが、私は恥ずかしさのあまり立ち上がった。
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
一目散に逃げるも同然の行動だった。
お手洗いへ駆け込むと、周りからの目線を気にすることもなくトイレの個室に入り、ほてった頬を両手で覆いしゃがみこんだ。高鳴った鼓動を落ち着かせるように何度か深呼吸を繰り返す。そうしているうちに落ち着きを取り戻してきた。するとトイレの個室をノックする音とともに声が聞こえた。
「あの~大丈夫ですか」
「はっはい! すいません大丈夫です。今出ますんで」
私はその声に返事をすると、トイレの個室から出た。ドアを開けて外に出ると、40代ぐらいの女性がいた。明らかにほっとしたような表情をしている。
「あぁ良かったです! うちの娘がお姉さんがトイレに駆け込んだっきり出てこないなんて言い出すものですから、何かあったのかしらと心配になりまして」
何故トイレに駆け込んだのが私だと分かったのだろうと辺りを見渡すと、他の個室は開いていた。
「すいません! ご迷惑をおかけしまして、ちょっと色々あって心を落ち着かせてました」
「あらそうだったんですね! どなたかと一緒に来られたんですか?」
「あっはい」
「では早く戻った方が良さそうですね。きっと心配されてると思いますので」
「そうですよねすいません! ありがとうございました」
女性と別れて佑真さん、裕之さんがいるところまで慌てて戻る。
「良かったぁさなちゃん戻って来た。また何かあったのかと思って心配したよ」
男性に絡まれたあとだったので、軽率な行動だった。
「そうだな――俺は小森さんの頭に勝手に触れたことが相当嫌だったのかと思ってた」
「そんなことないです! ちょっとびっくりしてしまってあんなことされたのは初めてだったので」
確かに誤解されるような行動だ。冷静さが欠けていると反省した方が良い。
「あーはいはい分かった! とにかくさなちゃんが作ってくれたお弁当早く食べよう! はいお箸」
裕之さんは花柄の可愛らしいお箸を配ってくれた。
「可愛い」
「でしょ! これね3人でお揃いなんだよ」
『ありがとう』とお箸を受け取ると、手首に少し痛みが走った。
「さなちゃんその手どうしたの」
少し赤くなってしまった手首を、裕之さんに目ざとく見つかってしまった。
「いや~それはその……」
「もしかしてさっきの男か」
佑真さんは腹立たし気に言い放った。
「あははっそうみたいですね! 思ったより強く引っ張られたみたいで! でも本当に大丈夫なので、お弁当食べましょう」
佑真さんは何か言いたげだったが、気にせずお弁当を食べ始めた。
「「「いただきます!」」」
私は内心ドキドキしていた。涼子さんとはお弁当のおかずを交換し合ったことがあるが、男性に手料理をふるまうのは初めてだったからだ。もちろん家族は除いて……。
「うん! 美味しい」
「美味いな」
2人が美味しいと言ってくれたことに嬉しくなった。そして私も食べようと箸を持つが、思いのほか手首が痛くなってきた。
「もしかしてさなちゃん、箸持ちにくい?」
「えぇとまぁそんな感じみたいです。でも」
『大丈夫です』と言う言葉を遮って、裕之さんが目の前におかずを差し出した。
「そっかーじゃあ……はいあーん」
『えっ?』と戸惑う私の横から佑真さんが顔を乗り出し、裕之さんが食べさせてくれようとしたおかずを食べた。
「うん。美味い」
2人してきょとんとしていると、先に我に返った裕之さんが口を出した。
「ちょっと兄さん横取りしないでよ! 僕がさなちゃんに食べさせてあげようとしたのに」
「裕之。残念だがそれは俺の役目だ! 隣にいる俺のほうが食べさせやすいだろ」
「な!?」
私は2人の会話についていけずに、ただ呆然と聞いていた。
「小森さん、どれが食べたい?」
「ふぇっ!?」
頭が追いついていないが何とか答える。
「自分で食べるので大丈夫です」
「でも痛いんだよね……手首」
確かに痛いが我慢出来る程度である。しかし佑真さんの有無を言わせぬ笑顔の圧に負けた。
「うっじゃあ唐揚げを……」
「分かった。唐揚げな! はいあーん」
私は観念したが恥ずかしくて目をつぶったまま口を開ける。しかしいつまでたっても口の中に唐揚げが入ってこない。不信に思って薄目を開けると、佑真さんが何やら呟いていた。
「想像以上にやばいな」
その後すぐ我に返ったようで、ようやく唐揚げが口の中に入ってきた。我ながら美味しい。佑真さんは『次は何が食べたい』と口の中に食べ物がなくなる度に聞いてきて、せっせと口に運ぶ姿が、まるでひな鳥になった気分だった。私ばかり食べていたので、佑真さんに『食べてください』と言ったら、不満そうにしながらも代わる代わる食べた。何故不満そうにしているのか、まったく意味が分からない。
『僕は何を見せられているのかな』と裕之さんは、苦笑いしながらぼやいていた。確かにはたから見ると異様な光景だったと思う。
お弁当を食べ終わると、パーク内の散策を再開した。途中芝生広場で寝転がってお昼寝をした。手首のことを気遣ってくれた佑真さんが『マッサージしたら良くなるかも』と、手をもみほぐしてくれたのだが、マッサージの一環だからと言い、いわゆる恋人つなぎと呼ばれるものを体験した。かなり恥ずかしかった。『小森さんの手あったかいな』と言いながら佑真さんはしばらく手を握ったままだった。顔が火照るのを感じながら、なるようになれとされるがままだった。
とても自然を満喫したなと思った。写真撮影のことを忘れるくらい普通に楽しんだ。裕之さんは当初の目的を忘れていなかったけれど、良い写真が撮れたと喜んでいた。少し見せてもらったその中には、寝顔やら寝顔やら寝顔やらって、やたらと寝顔ばかりが映っていて思わず『ちょっと何でこんなのばかりなの⁉』と突っ込んでしまった。裕之さんはいたずらが成功したような笑みを浮かべていた。そして後日改めて写真を見せる約束をして、私を自宅へ送り届けると2人は帰って行った。
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