最終日(1)
7日目。
俺は朝から、ラオに乗って軽く小屋の周りを一周してみた。
ふむ、問題なさそうだ。
勇み足にしてみたが、全く問題はない。
完全に回復したのを感じる。
「ジル!もうすっかり、元気ですね」
馬上の俺を見上げてアマンダがにっこりした。
馬の上から見下ろすアマンダはいつもより小さく見えて、無性に手に入れたい衝動が突き上げる。
俺は一旦アマンダから距離を取った後に、ラオをアマンダ目掛けて早駆けさせると、身を低く乗り出して、片手でその腰を抱え一気に彼女を拐った。
「ひゃああっっ!」
アマンダが目を白黒させて驚く。
サクラ色の髪が風になびいて美しい。
「ははっ、油断してたな」
「いや、油断とかの問題ではないですよう」
俺は鞍の前の部分を空けてアマンダを横向きで座らせ、怖くないように、ぎゅっと腕を回した。
「馬は平気か?高くて怖い?」
耳元でそう聞くと、さすがにアマンダも顔を赤くする。
可愛い。この反応、嫌われてはないと思う。
「平気ですう」
何やら、むすっとするアマンダ。
むすっとはしてるが、「降ろして」とは言わないから嫌ではないみたいだ。
衝動的にかっさらってしまった自覚はあるので、ほっとする。
「ならこのまま、少し歩こう。ラオも足を慣らしておいた方がいいからな。俺に掴まってて」
「ジル、初対面から少し思っていたけど、さては、たらしですね。たくさんの女を泣かせてきましたね」
むすっとしながらもアマンダは俺に腕を回す。
「硬派か軟派かというと、軟派なんだろうな。でも、ここまでは、誰にでもはしない」
女の子と近付きになるのは、得意な方だとは思う。でも深入りしないようにしているから、泣かせたりはしてない。
「へー」
アマンダは俺をじとっと見上げると、「やっぱり、たらしだわ」とぶつぶつ言う。
ぶつぶつ言いながらも、ちゃんとしっかり俺に掴まる。そこに照れはない。
馬に乗せてもらう事には慣れているようだ。リンド王太子に乗せてもらっていたのかもしれない。何か嫌だな。
アマンダは兄と慕っていたようだが、それでもだな……………………ん?ところで、俺、お兄ちゃん枠じゃないよな?
違うよな、俺はアマンダより4つ上なだけだし、違うよな。
「アマンダ」
「はい、何ですか?」
「俺は21才だ」
「あ、へー、そうなんですか」
「ああ」
「4つ上かあ、あんまり年上見えませんね。末っ子ですか?」
「末っ子じゃない、妹がいるからな」
お兄ちゃん枠ではなかったようだが、何だその末っ子疑惑。
「そういえば、妹さんからラオをもらったと言ってましたね。ふうむ、お兄ちゃんですね」
いかん、お兄ちゃん枠にはまるじゃないか。
「ところで!どこか、行きたい所はあるか?」
俺は慌てて提案する。
「行きたい所?」
「せっかくだし、少し遠出が出来るぞ」
本音としては、このまま城へ拐ってしまいたい所だ。そんな事、しないけど。
「ふむ、なら、村とは反対の方向に道を進むと湖面がコバルトブルーの小さな湖があるらしいんです、とても綺麗だと村長さんが言ってました。行った事ないんです」
「じゃあ、行ってみよう」
俺はすぐに、ラオを村とは反対の方向へと向かわせた。
小半時程、馬で進むと木々の間から確かにコバルトブルーの湖が見えてきた。
湖面が青く光り、水中からは立ち枯れた木々が何本か突き出ていて、幻想的な眺めだ。
「わあっ」とアマンダが歓声を上げる。
「ジル!すごい、綺麗」
俺に捕まる腕に力が込もって、うさ耳がぴょこぴょこ揺れる。
「本当にコバルトブルーですね。うわあ、うわあ」
「降りてみるか?」
「はい!降ろしてほしいですう」
あー、ダメだ、ぎゅっとしたい。
落ち着け、俺。
早まるな、俺。
また、たらしだと思われるからな。
俺はぐっと堪えて、まず自分がラオから降りると、アマンダをそっと抱えて降ろしてやった。
降ろすとすぐにアマンダは湖に駆け寄った。
駆け寄って、岸辺にしゃがみこむ。
「近付くと、コバルトブルーじゃなくなる。何でだろ?」
しゃがみこみながら、ぶつぶつ言っている。
湖面を手でかき混ぜて揺らし、水の味を確認し出した。
景色に感嘆したのは一瞬で、すぐにどうしてコバルトブルーなのかの理由の方が気になりだしたようだ。
スカートのポケットをごそごそすると、小さなガラスの瓶を取り出して、湖の水を採取もしている。
ガラスの小瓶はもう一本出てきて、それには湖の底の土を入れていた。
俺が腕を伸ばして少し深い所の土をとってやると、嬉しそうにまたガラスの小瓶を出してくる。
「そのポケットには一体何本の小瓶が入ってるんだ?」
「4本ですう」
得意そうにアマンダは言う。
4本目の小瓶には、岸辺の土を入れてすっかり満足したアマンダをまたラオに乗せて、俺は小屋へと戻った。
湖から戻り、ラオを小屋の裏に繋いで水をやるために井戸へと向かう。
アタンダが水汲みを手伝うつもりのようで、付いてきた。
切り出すなら今かな、と俺は思う。
俺の身分と、兄の事について、アマンダにきちんと話しておくべきだ。
俺は緊張しながら、口を開く。
「アマンダ、兄の治療の事なんだが、まずは引き受けてくれてありがとう」
俺はまずお礼を言った。
一番上の兄が今度こそ、助かるかもしれないという事は、素直に嬉しい。
子供の頃から何度か瀕死の状態に陥り、それでも奇跡的に今まで行き長らえてきた兄だ。
第一王子である兄は、幼い頃より機知に富み、判断力、決断力にも優れていて、性格は穏やか、弟達にも臣下にも国民にも優しく皆から慕われている、という完璧な王太子候補だ。
ただ、その才能の1つでもある過剰な魔力が常に身体を蝕んでいて、病の完治は王家はもちろん国民の悲願だった。
「まだ、私の薬が効くと決まった訳ではありませんよ」
アマンダが釘をさす。
「ああ、分かっている。希望の光が見えただけでも嬉しいんだ」
俺は気を引き締める。
「絶対に君に過度な期待や不安がかからないようにするから、安心してくれ」
そうだ、全ての圧力から彼女を守らなければいけない。浮かれている場合ではない。
「大袈裟ですねえ」
アマンダはのんきに言うが、大袈裟ではない、治療相手は第一王子で、その治癒は国民の悲願だ。
いよいよ、ちゃんと伝えなくてはと思い、俺はもうひとつの案件も切り出す事にする。
「何度も言うが、俺に君を保護させてくれないか?これでも、それなりに地位も金もあるんだ」
この申し出には、アマンダはぴくりと眉を動かした。
「ええー」
嫌そうに言う。そしてこう付け足す
「そういうのは遠慮しますう。高貴な方のお世話になるのはこりごりです」
「しかし、君は俺の恩人だし、兄の恩人になるかもしれない。兄の恩人ともなると、いろいろ面倒な事になると思う。こんな森の中に放っておく訳にはいかない、危険だ。俺が言うのも何だが、いつ、誰が来るかも分からないだろう?心配なんだ」
「だから、その心配は無用ですよう」
俺は、アマンダの続きの言葉がすぐに予想出来た。
「私には、これがありますから」
もちろん、指差されるうさ耳。
そうだろうな。
そうだろうよ。
俺は長い長いため息を吐く。
「アマンダ、前も言ったがその耳だけでウサギにはならない」
「むー」
「アマンダ、いいか、俺はだな、」
アマンダが頬を膨らませて抗議しようとするのを遮って説目しようとした時だった。
「殿下!!!」
聞き覚えのある声が森から聞こえた。