最終日(2)
木立に目を向けると、騎士が1人血相を変えて俺とアマンダ目掛けて走って来る。
馴染みの顔だ。俺の護衛騎士、フェスだった。
フェスの顔は蒼白だ。
全速力だし、よっぽど俺に怒っているようだ。
「殿下!!すぐに離れてください!」
フェスは走りながら抜刀した。
抜刀?
おいおい、そこまで怒るか?
馴染みの護衛騎士の尋常じゃない怒り方に戸惑っていると、フェスはその間合いで止まり、剣の切っ先をアマンダへと向けた。
「!?」
俺は驚いてすぐに彼女を背後に庇う。
「フェス!見知らぬ者とはいえ、明らかに無害なレディに剣を向けるなど、それでも騎士か!?」
「殿下!お気を確かに持ってください!」
俺の叱責にも臆さず、フェスの顔は真剣だ。
背後のアマンダは「デンカ?」と呟いている。
「フェス!落ち着け、心配をかけたのは悪かった。剣をしまえ。彼女は恩人なんだ」
「殿下!!!!」
フェスが悲愴な顔をする。
そして俺の背後のアマンダを睨みつけた。
「おのれ、魔物め、どのような拐かしの呪いを殿下にかけたのだ?」
「フェス!待て!俺は拐かされていない」
魔物に拐かし?
どういう事だ?
「殿下!シルビオ殿下!しっかりして下さい!そのような邪悪な目をした巨大なピンクのウサギを庇うなぞ、正気ではございません!!」
「…………え?」
フェスの言葉に俺は心底驚いてアマンダを振り返る。
そこに居るのは、どこからどう見ても、うさ耳を付けただけの可愛い女だ。
そしてアマンダは、殺気を剥き出しにするフェスを見て、にっこりしている。
驚く俺と目が合うと、「これが本来の反応です。ちょっと過剰ですが」と満足そうだ。
まさか…………。
俺は無言で、アマンダのうさ耳カチューシャを取った。
「あっ、ちょっと!」
「なっっ、女?え?どういう」
アマンダが怒り、フェスが呆然とする。
俺はうさ耳カチューシャを自分に付けてみた。
「そんな!!殿下?殿下???女っ、殿下に何をしたあっ」
フェスが動転する。
俺はすぐにうさ耳を取った。
「殿下!!!!!」
「フェス、落ち着いてくれ、この通り俺は正気だ。そして彼女は俺の恩人で、兄上を救えるかもしれない希望だ。すぐに剣をしまえ」
「はっ、え?」
「剣をしまえ」
「はっ」
フェスの剣が引っ込められる。
はあああぁ、と俺はまた長い息を吐く。
なんか、頭痛い。
「アマンダ、これを付けた君は、本当にウサギだったようだ」
「何度も言いましたよう」
「そうだな、いや、しかし……そうだなあ」
俺はしげしげと手の中の、うさ耳カチューシャを見る。
「これ、何なんだ?」
「幻覚を見せる、トウヘンボクの樹にいろいろ細工したものです。知り合いの魔法使いにも協力してもらってます」
「なぜ俺に効かない?」
「こっちが知りたいですう。何か加護付きの物でも持ってますか?それか生まれ持っての祝福?」
「いや、俺に祝福などありはしない。加護?…………あー、母上がくれた御守りならあるが」
俺はごそごそと首にかけた御守りを取り出す。
「おっと、その玉は、シンジツノメ、ですよ。それのせいです。それで怯えなかったんだあ、変だと思ってたんですよ」
御守りにきつく結わえられた紺碧の玉を見て、アマンダが納得する。
「シンジツノメ?」
「ええ、それを身に付けていると、拐かしや幻覚が効かないんです。とても貴重な玉ですよ」
「知らなかった」
母はこれをすごい軽いノリでくれたのだ。
「ところで、ジル?」
アマンダがにっこりした。
凄みのある笑顔だ。こんな顔も出来るんだな。
俺はそんな場合じゃないのに、少しドキドキする。
「デンカ、とは?」
「俺の本名だ」
まずは、惚けてみた。
「そんな訳ないでしょう、殿下なんですね?聞いてないですよ」
「当初は言う訳にはいかなかったし、その後は、言えば君が構えると思った。そして、今、まさに打ち明けようとはしてたんだ」
「人の正体を暴いておいて、ひどいですよう」
「すまない。スプリング国の第三王子、シルビオだ」
名乗るとアマンダはもちろん嫌そうな顔をした。
「げえ、おうじ…………。何で王子が1人で森をうろついてるんですか」
「俺は第三王子だ、第三なんて、そんなものだ」
「いや、第三でも単独行動は控えましょう?王子なんですからね。
はあ、まあいいや。もう王子と関わるのは、こりごりなんです。さ、回復もしてるし、お迎えの方もいらっしゃってます。お帰りくださいね」
しっしっと猫を払うようにアマンダは手を振ると、スタスタと小屋へと向かう。
その背中には、付いてくるな、と書いてある。少し傷付いてるようにも見えるのは気のせいだろうか。
「待て!兄上の薬はどうなる?」
アマンダが渋々振り返る。
「ほんとだ、約束しちゃってますね。分かりました。それは頑張ります。あ、やだなあ、王子の兄って事は、お兄さんも王子なんですよね?ええー、会うの?でも会わないで薬を作る訳には…………うーむ」
「兄は第一王子だ。でも大丈夫だ、君に関わるのは俺だけだ。他のどの王子にも、他の誰にも関わらせない」
「殿下?」
俺のセリフに籠る熱に気付いたフェスが、そっと呼び掛けてくるが無視する。
「なんか、重たいですう」
「アマンダ、さっきも言ったが、君の身を保護したいんだ、君を俺に預からせてくれないか?」
「ん?アマンダ?薬?…………って、まさか!」
フェスが1人で閃いているが、無視だ。
「嫌ですう」
「なんでだ!?王子だぞ?大体の望みを叶えてやる」
「私は王子に望みを叶えて貰えなかったんですよ?王子にはしがらみや責任が多いんですよう。結構いろんな事がままならない、それが王子です。近くで見てきた私には分かります。そんな王子だけは、もう嫌です。しつこいとお兄さんの薬、作りませんよう」
「それは、困る、しかし王子にもいろいろあるだろう!」
「むう、お迎えの方とお帰りくださいよう。お兄さんの治療については後日、使者でも立ててくださいね」
アマンダはまた、スタスタと小屋へと向かう。
「アマンダ!」
「何ですか」
アマンダはもう振り返ってくれなかった。
「騙すような事になってしまって、すまない」
「……怒ってはないですう、麻痺してる状態で王子なんて言えなかったのはよく分かります。ジルと話すのは楽しかったです。灰汁取りも教えてもらえたし、水汲みも助かりました」
振り返らないままそう言うと、アマンダは、今度は小走りで小屋へと入っていった。
「…………殿下、何か、すみません」
フェスがぽつりと謝った。
***
その後、アマンダは王宮にて、兄と対面し病状を一通り聞いて状態を確認した後、自分の名前を出さない事と、自分を元の森の小屋に帰す事を条件に、あっという間に治療薬を作った。
兄は3日間全身の激痛にのたうち回ったが、その1週間後に病は完治して、城中と国中が喜びに沸き返った。
アマンダは兄の回復を見届けるまでは王宮に滞在していたので、兄の回復後、両親と兄と俺とでアマンダを引き止めたのだが、アマンダは、「私は王宮には向きませんよう」と言って、首を縦には振ってくれなかった。
そして、アマンダは森へと帰っていった。
アマンダが去った後、兄は王太子となる。
そして、俺は兄が王太子になったタイミングで王位継承権を放棄した。
第三王子であった俺は元々、放棄するつもりであったものなので、未練はない。
俺は公爵位を賜り、臣下へと下る。
領地としては、とある森を含む辺境の地を望んだ。その森に住む、もはや我が国に取って逃す事は出来ない重要人物の保護の為にもと、父である国王は喜んで俺に望みの領地をくれた。
我が国の重要人物、もちろんアマンダだ。
俺の領地となる辺境の、とある森、もちろん、アマンダの住む森だ。
アマンダが森へ帰ったその日より、彼女の住む森には、彼女の安全の為に、騎士達が頻繁に巡回している。
騎士達にはもちろん、ピンクの巨大で邪悪そうなウサギは俺の大切な人だと言い含めてあるし、近隣の狩人や樵には、森でピンクの巨大なウサギに出会った場合は、決して傷付けてはならないし、話し掛けてもならない、と御触れを出している。
公爵となった俺の屋敷は、その森のすぐ近くに構える予定で、森の一部(もちろんその一部にはアマンダの小屋を含む)は俺の私有地となる予定だ。
先日、屋敷の建設予定地に仮の住まいが建ったとの報告が入り、俺は明日にでも領地へ発つ。
森ごと俺の物にしてしまうのは反則な気はするが、こうでもしないと逃げられそうだし、仕方ない。
アマンダの元いた森へ帰してくれ、という約束は破ってない。
うん、破ってはいない。
俺は治療を必要としていない、病気の兄の治療薬も求めていない、1人の男として、森に住む変なうさ耳付きの女に会いに行く。
逃がさないぞ、俺のウサギ。
俺は心の中で宣戦布告した。
お読みいただきありがとうございました!
GWに短編でも書こう、と書きだしたものの、予定より長くなり、話を分けた方が読みやすそうだったので、連載ものにしました。
お楽しみいただけていれば、幸いです。




