第二王女⑤【引きこもり王女を見守る目】「あの子、必死だな…」
夕方の食堂は、昼の喧騒が嘘のように落ち着き、柔らかい橙色の光が木のテーブルを静かに照らしていた。
セレスティアは、慣れない手つきで皿を運び、客の注文を聞き、時折失敗しては女将に軽く叱られながらも、必死に笑顔を作っていた。
(……迷惑をかけないようにしないと……っ)
その一心で、ぎこちないながらも丁寧に、懸命に働いていたのだ。
———
「あの子、必死だな……」
クリスはいつもの席に座り、注文した料理を待ちながら、ふとティアの動きを目で追っていた。
重い皿を落としそうになって慌てる姿。
客に道を譲るときの、体に染み付いた上品な会釈。
女将に褒められたときの、胸の奥から滲み出るような安堵の微笑み。
どれも“貴族の所作”が抜けきらないまま、庶民の泥臭い仕事を必死にこなそうとしている。
そのアンバランスな健気さが、不思議なほどクリスの胸を揺らした。
(……あんなに必死に生きてる子、久しぶりに見たな)
クリスは自分でも理由が分からないまま、彼女から視線を離せなくなっていた。
「クリス! あんた、あの子が気になるのかい?」
料理を運んできた女将が、ニヤッと意地悪く笑いかけてくる。
「別に……そういうんじゃ……」
「嘘おっしゃい。あんたの目、さっきからあの子ばっかり追ってるよ」
クリスは言葉に詰まった。
否定しようとしても、胸の奥の静かなざわめきがそれを許さなかった。
女将はニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。
「ティアはね、昨日ここに来たばかりで右も左も分からないのに、誰よりも必死に働いてるよ。……ああいう子は、放っておけないだろ?」
クリスは、その言葉に静かに頷いた。
(……ああ。放っておけない)
自分でも驚くほど自然に、その感情が胸いっぱいに溢れてきた。
———
「ありがとう……ございました……!」
店から出て行く客に声をかけながら、ティアがクリスの席へと料理を運んできた。
トレイを持つ手がわずかに震えている。長旅の疲れと慣れない労働で、体はとうに限界近いはずだった。
「お待たせいたしました……!」
その声は必死に明るさを保とうとしていて、けれどどこか儚く、弱々しかった。
クリスは思わず、包み込むような優しい声をかけた。
「ありがとう。……すごく、頑張ってるんだね」
ティアは一瞬、驚いたように大きな目を見開いた。
そして——初めて大人に褒められた子供のように、少し照れたような、誇らしげな…はにかんだ小さな笑顔を浮かべた。
「……はい! 頑張ります……!」
その不器用で、どこまでも澄み切った笑顔が、クリスの胸を強く締めつけた。
(……守りたい)
理由なんて分からない。
ただその瞬間…その小さな笑顔が消えてしまうのは嫌だと、そう思ったのだった。




