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第13話/通算第63話「部長で妻で親かもしれない私を、選んでくれる?」

第6部『夫婦の時間は、誰のものですか?』








前書き








「私、決めた。大型プロジェクトに参加する」








妻がそう宣言した翌日。








俺との時間が、妻の予定表から消え始めた。








会議、打ち合わせ、資料確認。








共有カレンダーは仕事の予定で埋め尽くされ、夫婦の時間は次の日曜日の《デート》だけになっていた。








しかも、その約束さえ仕事に奪われるかもしれない。








「……日曜日以外、俺との予定がありません」








「私、仕事を選んじゃいけなかったのかなって……」








45歳のバツイチ医師・小鳥遊優。








42歳の食品メーカー企画部長・小鳥遊喜咲。








婚活アプリで出会い、恋をして、再婚した二人。








第5部で喜咲は、悩み抜いた末に、自分の人生を生きるため仕事を続ける決断をした。








優も、その挑戦を応援すると約束した。








けれど、現実は甘くなかった。








妻の夢を応援するほど、夫婦の時間が失われていく。








寂しいと言えば、妻の決断を否定してしまうかもしれない。








何も言わなければ、自分だけが我慢し続けることになる。








そんな二人に、やがて想像もしていなかった人生の転機が訪れる。








それは、仕事の予定や夫婦の約束だけでは答えを出せない出来事だった。








結婚したのに、どうしてこんなに難しいんだろう。








仕事を選ぶこと。








愛する人を選ぶこと。








そして、予想もしなかった未来と向き合うこと。








どちらか一方が我慢するだけでは、夫婦は続かない。








では、二人は何を選べばいいのか。








笑って、喧嘩して、悩んで、それでも互いの手を離さない。








大人の婚活・結婚ラブコメ。








第6部『夫婦の時間は、誰のものですか?』開幕。








夫婦でいることは、同じ予定表を共有することではない。








予定どおりにいかない人生を、それでも二人で選び直すことなのかもしれない。


本文

「仕事も、結婚も、この子のことも。全部大事にしたい私を……優は、本当に選んでくれる?」


妻の質問に、俺はすぐ答えられなかった。


隣に座る喜咲の手は、俺の手を握ったままだ。さっきまで冗談を言い合っていたリビングで、時計の秒針だけが妙にはっきり聞こえる。


選ぶ、と口にするのは簡単だ。だが喜咲が聞いているのは、今日の彼女を好きかどうかだけではない。


仕事を諦めたくない妻も。妊娠を喜びながら怖がる妻も。この先、俺と違う答えを選ぶかもしれない妻も。


そのすべてと、向き合えるのか。


「……優?」


喜咲の指が少し緩んだ。俺は、その手を握り直した。


「選びます」


「即答じゃなかったね」


「何を約束するのか、間違えたくなかったので」


「条件つき?」


「いいえ。条件をつけないためです」


喜咲が首をかしげる。


「部長を続けられるからでも、家事をちゃんとできるからでも、親になる準備ができているからでもありません。俺が選んだのは、喜咲です」


彼女はしばらく黙っていた。


「……ずるい。今の、ちょっといい答え」


「ちょっとですか」


「残りはこれからの行動で採点します」


「結婚してから、ずっと査定が続いていませんか」


「終身雇用を保証した覚えはありません」


笑いが戻った。それでも、喜咲はまだ俺の手を離さなかった。


「ねえ、優。『選ぶ』って、ずっと同じ答えを言い続けることじゃないよね」


「……どういう意味ですか」


「私たち、結婚してから何度も意見が違ったでしょ。なのに、今日も一緒にいる」


たしかにそうだ。名字をどうするか、仕事をどうするか。互いのことを思って言った言葉で、かえって傷つけた日もある。


「じゃあ、意見が違っても逃げないって、約束して」


今夜の返事より、これから何度も繰り返す行動を、妻は求めている。


「はい。逃げずに話します」


「よろしい」


変わったこと、変わらないこと


「私ね、仕事が好きなの」


「知っています」


「大きなプロジェクトも途中だし、部長って肩書きも、ただの飾りじゃない。何年も積み上げてきたものだから」


喜咲はテーブルに伏せた仕事用のスマートフォンを見た。画面は暗いままだ。


「でも、妊娠が分かってから、それを大事にしている自分に、ちょっと後ろめたさを感じるようになった」


「……はい」


「赤ちゃんのことを考えるなら、仕事なんて二の次にしなきゃいけないのかなって。逆に、仕事を頑張りたいって言ったら、この子を大事にしていないと思われるのかなって」


俺は、医師らしい言葉を探しかけた。


だが、病院からの帰り道で喜咲は言った。医者の説明ではなく、夫の考えを聞きたい、と。


「俺は、心配です」


喜咲のまつげが上がる。


「喜咲が無理をして、つらいことまで一人で抱えるんじゃないかと。でも、心配だからといって、俺が喜咲の仕事を辞めさせていいわけじゃない」


「……うん」


「前に優が『仕事を辞めてもいい』って言ったとき、私、怒ったよね」


「覚えています」


「別に、辞める人の選択が悪いってことじゃない。私にとって仕事が大切な理由を、優が聞く前に決めたのが嫌だった」


「……そのとおりです」


「でも今は、心配してるって言ってくれた。私も、その気持ちは聞きたい」


喜咲の言葉で、俺の中の何かがほどけた。『休んでほしい』と願うことと、『休むべきだ』と決めつけることは違う。俺がずっと混同していたのは、そこだったのだ。


「俺の望みも隠しません。喜咲の望みも聞きます。違ったら、面倒でも話したいです」


「面倒なのは認めるんだ」


「経験上、否定できません」


「そこは否定してよ」


喜咲は笑ってから、声を落とした。


「私、欲張りかな。部長で、妻で、これから先は親かもしれない。全部大事にしたいなんて」


「どれか一つに減らすことを、今ここで決める必要はありません」


「でも、いつか選ばなきゃいけなくなったら?」


「その日になったら、俺も自分の希望を言います。喜咲にだけ選ばせて、後から『本当はこうしてほしかった』とは言わないようにします」


以前の俺なら、相手を尊重するつもりで『喜咲の好きにしていい』と答えただろう。


だが、それでは妻に決断の重さを全部渡してしまう。


「言い合いになるかもしれません」


「なると思う」


「……早いですね」


「優は理屈っぽいし、私は頑固だし」


「そこは少し否定してもらえませんか」


「でもね、言い合っても、次の日に話せるならいい」


喜咲は俺の肩に頭を預けた。


「全部を守る方法が分からなくても、私の人生を勝手に一つに減らさないでほしい」


「はい。約束します」


その返事をしたとき、ようやく自分が何を約束したのか、はっきり分かった。


喜咲の希望をすべてかなえることではない。喜咲が希望を口にできる相手でいることだ。


夫婦の時間は予約診療ではありません


「ところで、さっきの続き」


「何でしょう」


「二人で休む日。結局いつにするの?」


共有カレンダーを開くと、喜咲の仕事と俺の診療、産科受診の予定が並んでいた。以前の俺なら、空白を探してから妻に相談したはずだ。


俺は画面のひと枠を指で押した。


「まず、ここを仮予約しませんか」


「……夫婦の時間まで予約診療?」


「時間を先に確保しようと思いまして」


「診察券は必要?」


「不要です」


「受付で名前を呼ばれる?」


「お呼びしますか。東海林さん」


「仕事中みたいだから却下。家では喜咲って呼んで」


「では、喜咲さん」


「敬語までいらないってば」


結婚しても、職場では東海林喜咲。家では小鳥遊喜咲。


どちらかが偽物なのではない。その両方が、俺の隣で笑う同じ人だ。


俺は予定名を入力した。


『優と喜咲の休日』


「ちょっと見せて」


喜咲が画面をのぞき込み、目を細めた。


「……そこは『夫婦の時間』じゃなくて、名前なの?」


「夫婦である前に、優と喜咲なので」


「本当に今日の優、どうしたの。誰かに恋愛相談でもした?」


「相談相手は、たいてい目の前にいます」


「自分の妻に恋愛相談する夫って、どうなの」


「評価はお任せします」


「また査定が増えた」


笑いながら、喜咲は予定に承認の印をつけた。


「ただし、その日は仕事と病院の話ばっかりしないこと」


「では何をしましょう」


「何もしないでもいいじゃない。二人でご飯を食べて、くだらない話をして」


「十年後の話とか?」


「そういうのはいい。でも、議事録は禁止」


「共有ノートにも?」


「書かない!」


俺はスマートフォンを伏せた。


予定が一つ増えただけなのに、空白だった場所に、ようやく俺たちの暮らしが戻ってきた気がした。


書かなかった予定


「ねえ、優」


妻が隣で膝を抱える。


「もしこの子が生まれたら、二人だけの休日って減るのかな」


「生活は変わるでしょうね」


「そうだよね。でも、私たち、親になる前に夫婦だったこと、忘れたくない」


俺はもう一度、カレンダーを見た。


『優と喜咲の休日』


その下に、いつか『三人の休日』と書き込む日が来るかもしれない。


指が入力欄に触れかける。


だが、何も書かなかった。


先のことを喜ばないわけではない。今の気持ちを、まだ決まっていない未来の予定に押し込めたくなかった。


「何か書くの?」


「いえ。今日はここまでにします」


「優が予定を増やさないなんて、珍しい」


「先の予定まで、俺一人で決めたくないので」


喜咲は少しだけ驚いたあと、うれしそうに笑った。


「じゃあ、いつか一緒に書こう」


「はい」


「どんな予定になるかは、まだ分からないけど」


「そうですね」


その言葉が、今夜は悲しく響かなかった。


出生前検査をどうするかも、これから先の妊娠の経過も、まだ分からない。仕事のことだって、話し合わなければならない日があるだろう。


分からないことを全部埋めてから、安心して暮らす。


そんな順番では、いつまでたっても二人の時間は始まらない。


「喜咲」


「ん?」


「一つだけ、もう決まっていることがあります」


「何?」


「今日も喜咲がいいので」


妻は一瞬、ぽかんとしてから、俺の腕を軽く叩いた。


「……それ、ずるい。もう一回言わせたくなるじゃない」


「何回でも言えます」


「じゃあ、十年後も聞くからね」


「覚えておきます」


「忘れたら?」


「喜咲が教えてください」


「そこは覚えてなさいよ!」


「では、覚えるためにメモを」


「禁止。そういう大事なことは、自分の言葉で言って」


「分かりました」


「……本当に?」


「言葉にする練習は、これからも必要みたいです」


「合格。満点じゃないけど」


俺たちは笑った。


完璧な親になれるかどうかは分からない。完璧な夫婦でいられるとも思わない。


それでも今日、互いのことをもう一度選ぶ。


あの婚活アプリで、条件から始まった二人が、ようやく手に入れた答えだった。


翌朝、リビングへ行くと、喜咲がスマートフォンを見つめていた。


「おはようございます。仕事ですか?」


「ううん。連絡先を見てた」


画面には、まだ誰も選ばれていない一覧が並んでいる。


「昨日、これからのことは一緒に考えようって言ってくれたでしょ」


「はい」


「だから、一つ相談したいの」


喜咲は画面を俺に向けた。


「妊娠のこと、最初は誰に知らせよう」


「……誰か、思い浮かぶ人はいるんですか」


「いるよ。でも」


妻の親指が、画面の上で止まった。


「知らせたいのに、知らせるのが怖い」


連絡先の名前は、まだ一つも開かれていない。


喜咲は俺を見た。


「ねえ、優。うれしい報告なのに、どうしてこんなに怖いんだろう」


第13話/通算第63話 完


次回予告


第14話/通算第64話「妊娠を誰に知らせる? 送信ボタンが押せない妻」


妊娠を知らせたい。でも、まだ知られたくない。誰に、いつ、どこまで話すのか。喜びと不安の間で、二人は新しい選択に向き合う。




この作品を第1話から読む


『婚活アプリのプロフィールに「夜の相性も大切です」と書いた女とマッチしました』第1話


https://note.com/momokun1/n/n91436e4030cb?magazine_key=mfe06874c3331




あなたなら、大切な人に「今日もあなたを選ぶ」と、どんな言葉で伝えますか。よければコメントで教えてください

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

Tales https://tales.note.com/momokun1

なろう https://mypage.syosetu.com/3115683/

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