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『白鷺の契約婚 ― 蒼き(難病を持つ)少年と冷徹医師の0日婚―』  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
 第1章:「0日婚という選択 ― 白鷺と蒼の出会い」
8/16

第8話「白鷺の提案(妊娠の提案・命を残す選択)」


病院の夜は、今日も変わらず静かだった。


だが静けさの中にあるものが、少しずつ変質している。


夜神蒼爽(20)の身体は、確実に“昨日の自分”とは違っていた。


わずかな動作の遅れ。

指先の微細な震え。

立ち上がるときの一瞬の間。


それらはまだ日常生活を壊すほどではない。


だが、確実に“未来を削っている兆候”だった。



その夜。


病室のカーテンが静かに開く。


白鷺帆乃香(30)。


白衣はない。


ただの一人の女性としてそこに立っていた。



「まだ起きてるのね」


「なんとなく、です」


蒼爽は小さく笑う。


その笑顔は、少しだけ弱くなっていた。



帆乃香は椅子に座る。


いつもの位置。


いつもの距離。


だが今日は、空気が違う。



沈黙が続く。


そして――帆乃香が先に口を開いた。



「提案がある」



蒼爽は少しだけ目を細める。


「提案……ですか」



帆乃香はまっすぐ彼を見る。


その視線は、医師のそれでも、妻のそれでもなかった。



「あなたの子供を残したい」



一瞬、病室の空気が止まった。



蒼爽は理解できなかった。


言葉の意味は分かる。


だが“状況”が追いつかない。



「……え?」



帆乃香は続ける。


声は揺れていない。



「あなたの病気は進行性」


「未来の選択肢は減っていく」


「だから、今のうちに“残せるもの”を残したい」



それは医療的な説明のようでいて。


どこか決定的に違っていた。



蒼爽はゆっくりと息を吐く。


「それって……子供を作るってことですか」



「そう」


即答だった。



沈黙。



蒼爽は視線を落とす。


「先生……それ、冗談じゃないですよね」



帆乃香は一切笑わない。


「冗談でこんな話はしない」



その瞬間。


蒼爽の中で何かが静かに揺れた。



(この人は、どこまで本気なんだ)



「なんでそこまで……」


蒼爽の声は少しだけ掠れていた。



帆乃香は一瞬だけ言葉を探す。


だが、やめる。


そして、静かに言った。



「あなたが消えてしまうから」



それは医師としての説明ではなかった。



もっと個人的で、もっと危険な言葉だった。



蒼爽は言葉を失う。



帆乃香は続ける。



「人は、記憶だけでは残らない」


「形が必要なの」



「だから、子供?」



蒼爽の問いに、帆乃香は少しだけ頷く。



「あなたが生きた証が必要」



その瞬間。


蒼爽は小さく笑った。



「それ、僕のためですか?」



帆乃香は答えない。



答えないことが、答えだった。



沈黙。



蒼爽は天井を見る。


そして、ゆっくり言う。



「先生って……本当に怖い人ですね」



帆乃香は目を伏せる。



「よく言われる」



その声は、少しだけ弱かった。



蒼爽は小さく息を吐く。



「でも」



視線を帆乃香に向ける。



「それでも、僕のことちゃんと見てるのは先生だけです」



その言葉に、帆乃香の表情がわずかに止まる。



医師としてではなく。


妻としてでもなく。



“誰かに必要とされている人間”として。



その瞬間だった。


帆乃香の中で、何かが決定的に崩れる。



(私はこの人を救っているのか?)


(それとも、この人を利用しているのか?)



答えは出ない。



ただ一つだけ確かなのは。



この提案はもう“医療行為”ではないということだった。



沈黙の後。


帆乃香は立ち上がる。



「すぐに答えなくていい」



そう言って背を向ける。



だが、扉の前で止まり。



「でも……考えてほしい」



その声は、初めて“迷い”を含んでいた。



病室に残された蒼爽は、しばらく動かなかった。



そして、小さく呟く。



「命って……そんなに簡単に増やしていいものなのかな」



一方、廊下。


帆乃香は壁に手をつく。



呼吸がわずかに乱れていた。



(私は今、何を提案した?)



医師としての自分は、それを“禁忌に近い領域”だと理解している。



それでも止められなかった。



理由は一つ。



この人が消えることを、想像できなくなったから。



そしてそれは――


医師として最も危険な感情だった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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