第1章「巣食う憎悪」
はじめまして、または今回も読んでくださりありがとうございます。凪海です。
今回からいよいよルカたちの冒険が本格的に始まります。破片は、世界と人々に何をもたらしたのか。
ぜひ、楽しんでお読みください。
天暦九一四年、ゲイテン王国近郊でゼロの破片が発見された。王国騎士団は、破片を王国へ持ち帰った。無敵の兵器を手にしたと思い、王国内はたちまち歓声で満ち溢れた。しかし、そんな喜びも束の間、破片が城内に持ち込まれて以降、王国では時間の流れが歪んだ。朝を迎えたはずの者が、その日のうちに帰らぬ人となることも珍しくはなかった。
そんな状況を憂いた国王は破片を孤高の洞窟に捨てるよう騎士団に命じた。それから王国は関所を閉ざし、城下町へ入ろうとする者を分け隔てなく拒んだ。
孤高の洞窟の周辺の地域は、破片の影響で次第に荒んでいった。
ルカたちは静寂の森を抜け、ノストス草原を歩いている。晴天の空に深緑の大地、絶好の旅立ち日和だった。ノストス草原は魔物もおらず、民家がポツポツと建っているのどかな場所だ。晴天の空の下で、農業を営む者もいた。
間もなくルカたちは、セントルス中央区に到着した。セントルス中央区は、草原とは違い活気を失っていた。ルカたちには、晴天の空が心做しか濁って見えたそうだ。ルカたちは事情を聞くため、セントルス中央区の町長の家へと向かった。町長の家へと続く道も手入れがされていないのか、落ち葉や空の木箱がそこかしらに転がっていた。連絡板は、古くなったものは剥がされず、そのまま新しいものが貼られている。一切人の手が加えられていないことが、一目でわかった。
ルカは町長の家をノックした。町長はゆっくりと扉を開けて一行を見つめる。町長は疲れきった顔をし、目の下にクマがあり睡眠不足や疲労が伺える。町長は吐息のような覇気のない声を絞り出し、ルカたちに聞いた。
「旅の者でしょうか?どういったご用件で?」
「僕はルカです。ここの様子がおかしくて、事情を聞きに寄りました」
「そうでございましたか。どうぞ、中へ」
ルカたちは家の中へ入る。室内は少し汚く、灯りも消えかかっていた。町長はお茶を入れてくれたが、カップにはヒビが入っており、お茶も冷めていた。自身のことは愚か、客人に気を配る余裕すらも失くしてしまっているようだ。ずっとソワソワしていたラトローはようやく口を開いた。
「こ、これ破片のせいだろ?……なんでなにもしねぇんだよ!」
「ラトロー、落ち着くんだ」
町長は何も言い返さない。いや、言い返せなかったのかもしれない。少しの間沈黙が続く。町長はヒビの入ったカップを置き、深めに息を吸った。
「何もしなかったのではありません。何も………できなかったんです………」
眉間に皺を寄せ、怒号を上げたラトローは何も言い返せなかった。むしろ、何か図星をつかれたかのような苦い表情を浮かべた。ルカとライゼンは静かに聞いていた。
「すみません。こんな話を……でも、どうかこれ以上深入りはしないでください。ここは、もう………では、気をつけて」
町長はそう言うと、ルカたちを外へと連れ出した。その発言をした時、町長の目から光はなくなっていた。これは私の解釈だが、町長は何もできなかったのではなく、できることが何も残っていなかったのではないだろうか。そんなことをふと考えてしまう。
改めて見る中央区はもはや町とは言えない。雰囲気が暗いだけじゃない。錆びて乱雑に置かれた農具。枯れてるのに何も触れられていない田畑。輝いた目ではなく曇天の目をした子供たち。何もかもが終わりを告げていた。
中央区から城下町へ続く関所は閉ざされており、ルカたちは今、身動きが取れない状況だ。次の動き等々考えるべく、一行は町の宿屋に泊まった。宿屋の店主も、やはり目に光がない。カウンターの横には、割引中と書かれた立て札があった。
「一泊三人で頼む」
「はいよ。三〇……いや、一〇メタだ」
「安いな」
「このご時世なんでね………」
店主にメタを払い、三人は部屋へと向かった。部屋へ続く廊下は一つも灯りがない。カウンターで渡された使い回しのロウソクが頼り。三人が入った部屋は比較的綺麗だった。誰も使わないから汚れることがないのだろう。
ルカたちは携帯食料を食べ、就寝の準備を始める。ラトローはバルコニーの柵に肘を掛け、町を眺めていた。夜の風が部屋を吹き抜けていく。町に灯る光は、片手で数える程しかない。
「………俺も、同じだ」
小さく呟いた声は誰にも届かなかった。
あの時も、町は同じ匂いをしていた。壊れた家、閉ざされた門。そして、散りゆく命。あの日、最後まで温かかった妹の手を、握り返すことしかできなかった。ルカはラトローの背中をただ見つめていた。
「………夜は静かになる」
ライゼンはそう一言残し眠りについた。
遠くで何かが唸る声が聞こえた。ラトローは無意識に、その方向へ視線を向けていた。視線の先にあるものは一つしかないと、ラトローは息を飲んだ。
「行こう」
ルカは一言。ラトローの肩を叩いた。
翌朝、三人は中央区を出て、唸り声が聞こえた方へと向かった。目的地に近づけば近づくほど、景色は荒れていく。枯れた木々を見つめ、ライゼンは杖を強く握りしめた。一行は洞窟へとたどり着いた。洞窟は先が暗く、何も見えない。ほとんどの洞窟がそうだろうが、この洞窟は異質だった。暗闇に吸い込まれるような感覚を覚えてしまうのだ。その時、ルカたちはそこにあるモノを完全に理解した。孤高の洞窟。後に聞いた話だが、そこに入った者が再び光を見ることはなかったそうだ。
「ここって………まさか」
「あぁ。ヤツが居る。ジェロキマだ」
洞窟の奥で待ち受けるのはジェロキマ。破片の魔物の一体と言われている。
ルカたちは孤高の洞窟へと足を踏み入れる。洞窟内部は光が届かない暗闇が広がり、風もなく、静かで、外界との繋がりが完全に断たれている。気温の低さが、悪い予感を思い立たせる。
その時、洞窟の奥から大きな唸り声が聞こえた。洞窟は震え、振動が伝わる。まるで地震だ。歪む視界の中、一行は洞窟の奥へと進む。洞窟の最奥地は、広く宝石の光で輝いていた。そこにいたモノは生物と言うには程と遠い見た目をしていた。人、動物、魔物、建造物。それらをごちゃまぜにした醜くも悲しい姿をしている。もしかすると、あの唸り声は威嚇ではなく、助けを求める悲鳴だったのではないだろうか。人々の心身を蝕んだジェロキマ。それを魔物と呼ぶのは、あまりにも容易すぎた。誰がどういう意図で『ジェロキマ』と名付けたのだろうか。真相は未だわからないままだ。
ラトローは素早く短剣を抜き、走り出した。彼の目には、眼前の醜い憎悪しか映っていない。三人の中で一番に飛び出したラトローは、勇敢でありながらも無謀だった。ジェロキマは、猛進してくるラトローを薙ぎ払おうと右腕を大きく振り上げる。大きな轟音と共に砂埃が舞い、視界が奪われる。
「よく見て動け!」
ラトローはライゼンの防御魔法により、ジェロキマの攻撃を免れていた。ラトローとライゼンの下へルカも駆けつける。
「あいつ思ってたより大きいよ。どうする?」
「私がヤツの気を引こう。ルカ、ラトローを援護するんだ。ラトロー、ヤツの胸に光るものが見えるか?恐らくあれが破片だ。それをラトローが取るんだ。いいな」
「任せてくれ........今度こそ......守る」
会話を終えると、すぐにルカとラトローは同時に駆け出す。ライゼンは魔法でジェロキマに攻撃をする。ジェロキマの大きくて鋭い腕が、洞窟内を抉っていく。直撃すれば、一溜りもないだろう。砂埃で視界が不安定な中、ルカはラトローの背中を支え続けた。ジェロキマの猛攻を掻い潜り、ラトローはジェロキマの腕に登った。様々な思いを乗せた足は鉛のように重かった。しかし、ラトローはそれらをものともせず、乱れる呼吸を整え、胸まで一直進。一歩踏み出した瞬間、岩肌のような皮膚に足を取られ、体が大きく揺れる。ラトローは、肩から胸まで飛び、短剣で胸についたものを抉り取った。その感触は、言葉にするにはあまりにも気味が悪かった。
すると、ジェロキマの攻撃が止まった。攻撃だけでなくジェロキマそのものが静止した。まるで時間を止めたかのように。緊張感が空気を伝う。瞬間、ジェロキマの体は塵となり崩れ始めた。
「よくやったラトロー」
「破片手に入れたよ!」
「あ、あぁ」
ラトローは膝から崩れ落ちた。緊張が解け、安心したのだろう。これで中央区も町長も破片に狂わされた人たちも元に戻る。ルカとラトローは、根拠のない希望を抱いた。しかし、現実は違った。
セントルス中央区に着いた一行が目にしたものは、昨日と何も変わらない荒んだ町だった。確かに破片が原因だ。でも、現状はその結果に過ぎない。原因を取り除いても傷は残る。今でも中央区にはその名残がある。
ルカたちは破片を封印魔法が施された袋に入れ、関所を目指す。彼らは、世界の影だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。次回からルカたちの冒険の舞台は海を越えた別の大陸です。ガドル大陸には存在しなかった種族や文化など、新しい要素が登場します。
不定期投稿ではありますが、今後ともよろしくお願いします。




