植物ハ記録スル(ラボ・電波暗室)
——静寂。 人の声も、外部信号も一切遮断された空間。 その中央に、“一鉢の盆栽”が置かれていた。
朽ちかけた針金。 小さな黒松。 根元には、土に滲んだ何かのシミ。
—
「これが……?」
玲が思わず尋ねると、湯川教授はうなずいた。
「——“東雲”。 盆栽師の森田氏が30年近く愛情をこめて育てた黒松だ。 最後の剪定の瞬間に倒れ、そのまま……心臓発作で亡くなられた。 彼の視線は、ずっとこの盆栽を見ていたそうだ」
—
芹沢がスペアナに接続する。
通常ならノイズしか映らない植物体から、奇妙な局所波形が発生した。
しかもそれは、“音”とは言えない—— 一種の“反応”、あるいは“共鳴反射”に近い波形。
玲が、その鉢に指先を近づけた瞬間だった。
—
ピッ
……スペアナが一瞬、強いピークを記録した。
そして——画面に走るノイズのような連続波形が、 まるで“誰かの視線”を模倣するように震え出した。
—
——やあ。
その“ノイズ”の中から、そんな言葉が聞こえた気がした。
画面が微かに変形し、 老いた男の穏やかな口元だけが、にじむように表示される。
目元は映らない。だが、“笑っている”とわかる不思議な映像。
そして——盆栽の先端の葉先が、まるで“剪定された瞬間”のように、 わずかに震えた。
—
玲(小声で) 「……これ……“ありがとう”って……言ってる」
—
しばしの沈黙。 スペアナはその後、一切の反応を示さなかった。
教授は静かに呟く。
「愛されたものには、記録される資格がある。 それはデータではなく、想いという波形だ」
「笑いながら逝けるなんて最高じゃないか」
—
芹沢が小さく笑って言う。
「マッドだなぁ、うちの研究室」
玲も、ふっと微笑んだ。
でも—— 彼女の目の奥では、何かがまたひとつ、記録されたようだった。




