前編
『お前の命は後3ヶ月だ』
ナディアが祭壇で夕べの祈りを捧げていると突如ステンドグラスから一筋の光が差し込み彼方から厳かな声が聞こえてきた。
ナディアがその汚れない美しい顔を上げるとまた声が聞こえた。
『お前がこの国を救った事は誉められるべきであるし、我々も感謝している。
しかし、お前の力は強大過ぎて、いつまでもこの世界に留めるわけにはいかなくなった』
ナディアは薄々こんな日が来ると覚悟していた。
強大な聖なる力でこの広大な国を一度に浄化した時から。
声はまだ続いた。
『しかしこの国の為に誠心誠意尽くしたお前をこのまま連れて行っては不憫だと言う声もあってな』
合議制なのね、とナディアは遠い目をして考えた。
『何か最後の願いがあればひとつだけきいてやろうと言う事になった。
ただし、お前の命を助けると言う願いは無しだ』
そうでしょうね、とナディアは頷いた。
『何か願いはあるか?』
そう言われてナディアは少し考えた。
ずっと願い続けたこの国の平和は成し遂げた。
魔物が大量発生し、瘴気に溢れたこの国を浄化したのだ。
ナディア自身については命が尽きるなら何の願いも無い。
寧ろあれだけの力を使ったら、何か弊害があるだろう事はわかっていた。
恐らく聖女の力が無くなるのではと予想していたが、存在そのものを抹消されるのかと、いささかだか驚いた。
さて、それでは何を願おうか。
暫し考えナディアは伝えた。
「それではわたしの最後の願いをお聞き届けください。
わたしの願いはお兄さまがずっと幸せである事です」
何の迷いも憂いも無く清々しくナディアは願った。
『お兄さまとはあの白銀の騎士か』
「その通りです」
流石に何でもご存知だとナディアは感心する。
お兄さまと呼んでいるが、血縁は無い。
ナディアは孤児だ。
生まれて間も無く教会の前に捨てられていた。
そこでナディアと名付けられ育てられた。
神父さまがおっしゃるには、ナディアの聖なる力が強すぎて、驚いた親が放棄したのではないかとの事だった。
幼い頃から聖なる力を持ったナディアを守ってくれていたのがお兄さまだ。
お兄さまはナディアより4つ年上でやはり教会で暮らしていた。
周りの人達がナディアの強すぎる力を恐れる中、お兄さまだけがナディアに優しく普通に接した。
ナディアがいつしか“お兄さま“と慕う頃には、ふたりは深い絆で結ばれていた。
お兄さまはやがて教会の騎士となり、かなりの腕前になった。
お兄さまにはかなりの魔力もあったので、魔法剣士としてあちこちから引き抜きが来ていたが、ナディアを守る為に教会に残ってくれたのだ。
あの浄化もナディアひとりの力では成し遂げられなかった。
お兄さまが補助魔法で助けてくれたから。
お兄さまが心を支えて励ましてくれたから。
「最早お兄さまの幸せ以外は何も望みません」
そう言ったナディアは気付いていた。
この国を救ったその訳を。
『………』
声は沈黙した。
ナディアは不安になった。
「まさかお兄さまに何か不幸が訪れる訳ではありませんよね?」
声は気まずそうに言った。
『…お前の加護がある限りは…』
歯切れが悪い。
ナディアは急に先程までの落ち着きを無くしいきりたつ。
「お兄さまが不幸になるならわたしはどんな事をしても阻止します!
たとえ貴方達と敵対したとしても!」
『!!』
声は困った事になったと思った。
これ程の力を持つ聖女を声と言えど無理矢理連れて行く事は難しい。
声はもうひとつの声にバトンを渡した。
つまり、問題を丸投げした。